ブルージュ、

口に出すだけでは足りない

食べてみなければ

チィヨコレイト、ワッフル

ブルージュ、

口の端にあげるだけでは足りない

飲んでみなければ

このビールの

苦き人生にも少し甘い


死を語るのはたやすい

北のヴェネツィア

古都の舟にのってゆけば

おのずと愛を語る

暮らすとは霧のごときもの

大方はすべてを隠す

ペレアスとメリザンド

まさか大仰な死を語るとは

幻想は片ときといへどやむことはなく

霧は流れて

舟のゆくへを閉ざす

それこそが運命の、また望むところだ


ケルトはますます生命の湿りをまし

逃れ難く

もはや古い老女の物語のやうに

執拗にあとを追いかけて

巧妙な綴れの織に

ついぞ膝をついて首を垂れるしかないといふ

しかし、晴れて見ればベルギー

チぃヨコレイトにワッフル

空は晴れて水面に

舟の水尾みををたててなめらかに

ビールの泡を鼻の頭に吹けば

幸せは意外とちかく

メーテルリンク、ちるちるとみちる

青い鳥はすぐにそこに


「亭主の好きな赤烏帽子」

倉石智證

ベルギー───、

ロダンバックという作家が『死の都ブルージュ』を書いて、

憂愁の沈黙にあふれた古都を染めあげた。

詩人・劇作家として出発したメーテルリンクは、

『ペレアスとメリザンド』(1892年)で死と霊魂を語った。

象徴をあつかう芸術家にとって、

実体のぬくもりよりは、シンボルの透徹性のほうが、はるかに現実的だったらしい。

メーテルリンクは、ひたすらに神秘と悲劇を主題としつづけた。

いくらかペシミズム調を脱するのは、戯曲『青い鳥』(1908年)からであった。

見失った幸福の小鳥を追いもとめて森のなかをさまようチルチルとミチル。

それでも幼児の姿をとって、メーテルリンクは慕いもとめる夢幻のよりどころをさぐりだす。

「幸せの小鳥は、わたしたちのすぐそばにいたのね」

それは、けっして凡庸な教訓ではなく、

象徴的な夢の遍在を限りなく追求する兄妹の可能性にかける言葉だった。

(樺山紘一・西洋史家11,8/28日経)