11,6/19(日)雨
台風の先駆け雨のひっそりとあぢさゐ花の萼をうるほす
をんな好き脳は笑へる枇杷熟るゝ
妻肥へる腹をかかへる枇杷熟るゝ
鬼灯の市わけありの男女して
どんなところにも性はひそんでゐて、
それは止みがたいほどの衝動と衝迫をもって世界と、宇宙を揺り動かし続けている。
私が快適に暮らす断捨離は物達にとても失礼な気が(小沼常子)
11,6/22(水)晴れ
ラッキョウのにほひの鼻に来る朝は妻厨辺に白き皮剥き
江戸の粋花色々の菖蒲かな
紫に白の絞りや藤娘
花菖蒲花映りよき水の音
の明治神宮の菖蒲園。
明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする。
加藤清正の井が、滾々と水をあふれさせている。
米国もソフトパッチ(軟化)で梅雨の空債務上限根ギリシャ問題
QE2の功罪が問われている。
・価格経路では株価など(資産)、為替(ドル安→輸出企業)、
・物価には逆にインフレ気味に影響が。
ただ米国には原油国からの国債購入へのマネーが入って来る。
11,6/23(木)晴れ
沖縄戦が実質終わった日である。
島民の4人に一人が亡くなったという悲惨な戦い・・・
浦添市立仲西中学校2年、嘉味田朝香さん(13)自作の詩を朗読
「戦争なくせば幸せの1枚に」
「忘れてはいけない
この地には たくさんの笑顔が たくさんの夢が 眠っていることを」
「笑顔の裏側にあるつらさを私たちが忘れず、
戦争がなくなれば、あの写真が本当に『幸せの一枚』になる気がした」
写真───
「この子たちは誰?」と尋ねると、
祖母は
「おばあちゃんの大切な大切な生徒たち」
一人ひとりの顔をいとおしそうに指でなぞった
「みんなどうなったの?」
祖母はしばらく黙ったままだった。
pile of dead jap's積み上がる死者に銃撃つ死も嗤ふなり
ある戦場記録カメラマン。
1945,4/1日、8:30、上陸用舟艇で、18万人の読谷村への上陸作戦が始まった。
艦隊から弾幕ががこれでもかと空を汚し、
耳をつんざく砲弾の音に、すさまじい鋭光が幾重にも眼を眩ます。
6/25NHKTVグラント・WOLFKILLは現在88歳、
誰にも見せたことのない死者と写った写真を封印してきた茶封筒から出して見せた。
3人の日本兵士を出会いがしらに撃って殺した。
「この写真はわたしにとって恥です」
若い戦場カメラマンは死者といっしょに映り、
そしていくらかはにかんだような笑顔であるが、
明るい陽光の下で死者を腕に抱くやうにして笑っていた。
仲間の若い米兵の中に、
すでに死んで積み上がった日本兵に向かって、
立て続けにけん銃の弾を撃ち込むシーンがあった。
死者は驚いて撃たれるたびに飛び上がった。
死者の首ががくがくする。
「人は後世に対しては義務こそあれ権利はない」
(ぐるなび会長 滝久雄11,6/23日経)
つまり、高齢者や老人たちは自分自身が最大の抵抗勢力であることを認めて、
“フリーライド”な年金抑制に協力的になればいいことなのだが。
生まれてくる子供たちも含めてそれらの世代に対してよくあれかしとの「義務」はあるが、
ただ、年金という財産権を主張するばかりの権利はないということだ。
政府が悪いというのではなく、
実は本当に悪いのは高齢者たち自分自身のことである。
(※どんな世代でも無条件に、というわけにはいかないのは承知だが)
慰霊の日礎いしぢを巡る老ひ子供
そこに在る欠けたるものをまさぐりて文字を指にて安らぐ気持ち
蜜柑喰へ花に来てよと礎の日
まず野次を浴びてたじろぐへこたれぬヤマトンチュウの心意気かな
何事も解決が進まぬ民主党や、菅さんのことだ。
へこたれぬ、その心意気が停滞を生んでいる。
菅さんの何考へて居座るの暑苦しくてけふは夏日に
熊谷方面はどうやらはやばやと39度くらいまで行ってしまった様子だ。
庶民の暑苦しさはこの上もない。
挨拶が進む。
どうも、目が定まらぬ、宙をおどおど・・・
QE2輸出盛りて今一つ船の石油の航路悩ます
QE2で㌦が㌦の低下を促し輸出は伸びたが→石油の値段が上がり、
船の燃料費は急騰した。
すっきりとは喜べない。
バーナンキさんも。
QE2生命維持の装置にて企業怖れて足踏み出せず
QE2は今の経済の生命維持装置と───、
それが外され6月いっぱいで終わる見通し、
手元資金は2年前より4割多い=2兆㌦弱に達したが、
政治の混迷が経営心理の悪化に拍車をかけてゐる。
日本の上場企業の手元資金も60兆円を超え、
空前の規模に膨らんだが、踏み出すのに次の一手を待っている。
日本復興の行方だ。
「巨額の資金を持ち、投資の機会を待っている」(11,6,21日経)
11,6/24(金)曇り
湿舌の山突き崩す沢渡さわんどに上高地ゆく道あらなくに
上高地に通じる道に土砂や岩があふれた。
上高地沢渡の上土砂崩れ閉じ込められし人に道なく
上高地とをつなぐ道路の2カ所に。
土砂崩れの痕に山水が濁って激しく流れ落ちている。
11,6/25(土)晴れ曇り
にべもなくゲラは届いたパンツはくラッキョウを口に紫陽花を見に
午前中まで晴れ曇り寒
葱のにほひしてゐる雨よ膨れつつ大まひまひは渦ながら歩む(河野裕子)
11,6/26(日)曇り
逆事の禍事まがごとならむ満ち潮の潮時の夜の死とのまぐはひ
弥彦山雲の傘なるすぐに雨
北朝鮮に台風は上陸しそうだ。
長い低気圧が越後から東北地方に縦断している。
雨の間や黄金もなにも阿弥陀堂
1126年、皆金色、清衡による完成。
本尊は阿弥陀如来。
この世のあらゆる民を掬うそんな強い思いが。
毛越寺緑もふもふ静かなる池をめぐりて嬉しき便り
阿弥陀堂便り復興被災地に世界遺産に登録嬉し
がんばろう岩手ここから平泉励ます声に世界遺産の
一刻も早く報せたい、と
巴里にゐる平泉町長は眼鏡の奥にうっすらと涙をにじませて。
徳島の杉エコなのよ安らひで身をも心も仮設住宅
徳島県那賀川の杉が東北震災避難民の仮設住宅に供されている。
これからの梅雨時でも木は湿気を調節する。
身も心もダメージの大きかったでしょう皆さんが少しでも寛いで癒されることになれば、
と森林責任者の方はヘルメット姿で。
ナックルの何処へ落ちるかわからないわたしふらふら忙しくなる
老後は不意にやって来るナックルボールのやうなものだ。
クレマチスたれを待つやら蒼深く
木道に夏うくひすのしきりなり
山行きを思ひ出して。
夏深むご飯食べたか酒も呑め
土に降ろすゴーヤの苗の猛々し蔓奪ひ合ふ陽の若さゆへ
腰抜けの妻美しき炬燵かな(蕪村)
蕪村の抒情。
しかし、蕪村は妻に何をやらかしたのだ・・・
風の置く牡丹瓦礫の下の無辜(大船渡、桃心地)
放射能ゼロとはいへぬ繭の中(井上徳一郎)
ぼうたんに崩るるといふ見せどころ(大鹿正男)
濁み声の彼の金魚屋も来ずなりぬ(川辺鶯子)
神主と巫女の乗りゐる藻刈舟(船所信一)
マーガレットおのもおのもに陽に向ひ
庭に出づれば晴れ晴れとする(神郡 貢)
なによりも無垢であるために───
亡き人のためのパバーヌ
ラプソディーin、ブルーベリー
ルーマニアの北の
北辺の、羊飼いの
嫁ぐ嫁がれる若者たちの
忍びやかステップ
教室中をめぐる
すぐに若やかな深いチーズができた
パヴァーヌ(仏: pavane)は、16世紀のヨーロッパに普及した行列舞踏である。
パヴァーヌに使われたステップは、
現代においては、時おり結婚式場での「ためらいの足取りhesitation step 」
に見ることができる。
rhapsodyは狂詩曲。
11,6/27(月)晴れ
足早に歴史時間が動いていく国会議事堂これでいいのだ
もはやおとぎ話でもなんでもないリアルさで世界はものすごい勢いで動いていく。
世界は大きな転換点を迎えつつあるのに、日本ばかりが置いてけぼりに、
お構いなしの無情な時間が日本列島だけに遅々として渦巻いている。
バスに乗り被ばく検査へ緑雨
千葉県放射線医学研究所まで検査に。
ポールボディカウンターという検査機で。
ヨウ素や主にセシウム137から出るγ線の値を調べる。
賜杯また胸に抱けば梅雨霽るゝ
相撲番付表が配られた。
名古屋場所が普通に開催される。
ほっとした表情の白鵬関は
「力を出し切るばかりです。賜杯をまたこの胸に抱けたら皆さんにも満足していただけると」
指に軽く怪我をしているやうだ。
11,6/28(火)晴れ
きらひだと心寄り添ふばかりだと前向き歩く一歩のみだと
松本復興担当大臣は
「3.11から民主も自民も公明党もみんなきらいだ」と、
被災地の皆さんの心に寄り添って復興に向かって一歩一歩前へ進んでいくしかないと・・・
そんな大臣も居たっけなぁ・・・。
形見とて甲虫など補修する陸前高田茶色の小壜
博物館の学芸員ら5人が津波で行方不明に。
壊れかかった標本など、岩手県の他の学芸員らが補修にかかっている。
足が取れかかった甲虫なども丁寧に補修していく。
これは亡くなられた陸前高田の学芸員の皆さんが残していった形見なんです。
陸前高田の歴史博物館は、きれいな茶色の壁面をしている。
津波にも外観は耐へたが、
中身がごっそりとやられてしまった。
大切なものがいっぱい詰まっていた私たちの茶色の小瓶。
あそこらへん一体をしっかりとそのまま残して、
それこそ、1000年に一度の歴史遺産にすべきだと考えるのだが・・・
朝帰りして暑くなる梅雨晴れ間
久しぶりに晴れた。
息子はチャコちゃんちから朝帰り、というか昼過ぎに帰って来た。
ゴーヤの蔓がどんと伸びた。
かみさんはボランティアで飯田橋、漆間さんちに。
逃れ来て 身を奥山の柴の戸に 月と心をあはせてぞすむ
この歌は奈良・奥吉野の粗末な在所にあって
南朝再興を果たそうと努めていた悲劇の皇子、自天王の作とされる。
自天王は長禄元年(1457年)12月2日、
足利幕府が送り込んだ赤松氏の残党の手にかかり、18歳の若い命を落とした。
カツヲ来る海大漁の死がありて港生き生き活気が戻る
45トンのカツヲが気仙沼港に初揚げ。
いつもの2~3倍の高値で取引された。
ご祝儀相場である。
恫喝す院内総務菅さんの解散選挙エナジーのこと
次の選挙の争点は間違いなく来るべきエネルギー政策、
つまり「脱原発」が焦点になると。
今日は東電の株主総会があった。
肝炎にひたすら平身低頭す謝れば済む国ならなくに
後追いの国になった。
事前の予防、早期対応こそが必要なのに、
隠ぺい先送りが膨大な予算につながっていく。
3兆2000億円ともいう賠償額。
日本は今踏んだり蹴ったりの状況に。
なんでんかんでん政府に請求書を回す。
インゲンや大豆そろそろ育ってる特定避難何をいまさら
福島第1原子力発電所事故の影響で放射線量が局地的に高く
「特定避難勧奨地点」に指定される可能性がある
福島県南相馬市と伊達市の住民が不安な日々を過ごしている。
政府は住居単位での指定を検討中だが、
住民からは「地域がバラバラになる」と懸念する声が上がる。
具体的な補償内容も不明のままだ。
避難すべきか、とどまるべきか――。
「今ごろ避難した方がいいと言われても困る。畑の作付けを始めたばかりだ」
目前に広がる畑。
「ならなくに」
やまとうたあるじの守のよめりける、
「都いでゝ君に逢はむとこしものをこしかひもなく別れぬるかな」
となむありければ、かへる前の守のよめりける、
「しろたへの浪路を遠くゆきかひて我に似べきはたれならなくに」
ことひとびとのもありけれどさかしき(険しい)もなかるべし。
とかくいひて前の守も今のも諸共におりて、
今のあるじも前のも手取りかはして
ゑひごとに心よげなることして出でにけり。
「みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに みだれそめにし われならなくに」
東北の信夫地方の忍ぶ草、
その染め柄の乱れ模様にも似て、ひどく乱れ始めてしまった私の恋模様・・・
これはいったい誰のせい?・・・私のせいではないというのに・・・
「糸によるものならなくにわかれ路の心ぼそくもおもほゆるかな」
を解いては、別れ路のこゝろといふものは、
糸による片糸のやうなものぢやないけれど、心細いものであるわい、
といふやうなやりくちである。
徒然草を見ても、
この歌が、昔古今集の歌屑といはれて居つたことが見えて居るが、(折口信夫)
「万葉集」で───
霍公鳥ほととぎす飛幡とばたの浦にしく波のしばしば君を見むよしもがも
我妹子 を外よそのみや見む越の海の子難こかたの海の島ならなくに
波の間よ雲居に見ゆる
逢瀬の夜はゆたにあらましものを;
恋ひつつも 後に逢はむと思へこそおのが命を長く欲りすれ;
波の間よ雲居に見ゆる粟島の逢はぬものゆゑ吾あに寄する子ら
人見れば表衣うへを結びて人見ねば下紐開けて恋ふる日ぞ多き
人言の繁けき時に我 妹子し衣にありせば下に着ましを
西行
『聞書集(ききがきしゅう)』に収める西行の十三ある「たはぶれ歌」のうちの二つ、
「竹馬を杖にも今日はたのむかな童わらは遊びを思ひいでつつ」と
「昔せしかくれ遊びになりなばや片すみもとに寄りふせりつつ」
とを背景にして明治三十一年に正岡子規の詠んだもの。
昔せし童わらべ遊びをなつかしみこより花火に余念なしわれは(子規)
魁皇っていい人なのね大記録目前にしてあハハと笑ふ
あと1勝で千代の富士の1045勝に並ぶといふ。
若いころほどのけいこ量は無理だけれど、自分なりに精いっぱいと。
ハハハと口を開ければ味噌っ歯が目立つよけい人のよいお顔に。
11,6/29(水)晴れ
「紫陽花」
紫陽花に妹がかひなのしろきまま
紫陽花や毬むすびゆくとほり雨
紫陽花やたとへば妻の日記帳
ででむしに花を貸したる色もあり
紫陽花に日傘さしたる陽の木漏れ
木漏れ日や紫陽花寺にモネ夫人
乙で良し酒もへべれけ鮎の腸はら
傍らに放射能がある生き方とは?
誰にも明確な答えが出せない。
僕も書きながら考えるしかない。
そこに結果として何か真実が宿ればいい。
今の状況や気持ちを書いて残しておかないと、
明日には消滅してしまうのではないかという切迫感からだった。
福島県の浜通りは和合さんが教師として駆け出しの時代を過ごし、
詩を本格的に書きだした場所だった。
その大切なルーツも震災に見舞われた。
自然との一体感は失われてしまった。
あの日を境に僕がよってたつところは変わった。
今回刊行した3冊の本
(「詩の礫(つぶて)」「詩ノ黙礼」「詩の邂逅(かいこう)」)には
喪の意味と同時に、生きる力も込めたかった。
(詩人 和合亮一11,6/29日経)
激しい礫は去った
その黒い額縁に立って黙礼し
さて、その中へ一歩入ろうとすると
限りなく続く瓦礫が眼の中に眩しく光った
幾重にも反射を繰り返し足元を光りの泥の渦にする
足が一歩も動かないということはいつか別れがやって来ることを教えていた
(倉石智證)
月山につづく山裾に、どっしりした木組みの家が点在している。
のぼり下りの坂道にそって、たえず水が走っている。
しきりに蛙が鳴いている。
詩人丸山薫は戦争末期に知人の紹介で岩根沢へ疎開してきた。
小学校の代用教員をつとめ、終戦後もしばらく住んでいた。
詩篇が生まれた。
あれからときは経ち
「人目をよそに 春はいのちの花を飾り……」
孫のやうな子どもたちのコーラスが小鳥の歌のやうに、
「からだはこゝに住み
こゝろはけむりの中」
月山に続く山裾に、どっしりした木組みの家が点在し───
(ドイツ文学者・エッセイスト 池内紀11,6/29日経)
11,6/30(木)晴れ
物ハツル音に暑さの増しにけり(倉石妻作)
お隣のお隣の部屋の工事の音。
部屋の改装らしい。
ドリルのコンクリートをハツル音がやかましい。
午前中は晴れ。
息子の厳しい顔、
店は閑になった。
送り火や高田の松を薪にして名前を刻む魂を送りぬ
津波で流された岩手県陸前高田市の高田松原の松からつくった薪
(名前を書いた護摩木)が、
京都の8月の風物詩「五山送り火」の一つ「大文字」でたかれることになった。
薪には、被災者が犠牲者の供養や復興への祈りを込めて言葉や名前を記している。
これの薪は、後に放射能汚染の問題ですったもんだになるのだが・・・
美談と実際はむつかしい。
6月はここで終わりになる。
沖縄では、まだまだガマでは戦いが続けられていた。
倉石智證