おーい、雲よ

と呼ぶほどのことではないが

空映す子の歓声す潮溜まり

海に泳ぎに行けなくなった子どもたちの多くが

プールに溢れた


「亭主の好きな赤烏帽子」

when we are orphant──

雲は、自由である

ひがな

それさへ、気がつかなかった

雲は、自由だ

いい雲がある

風を感じれば

雲は千変万化を競ふ

自由なキャンバスといふものが在って

自由な意思といふものが在った

プール一杯の水といふものが在って

存在を探れば

子供たちの歓声

水平に、騒ぎ、揺れれば

プール一杯の水は夏の暑さに溢れた


ブーメラン、ブーメラン

なんでも投げたものは帰って来い

夢中になって水と遊んでいると

鼻の奥がつんつん痛くなってくる

ブーメラン、ブーメラン

なんでも投げたものは還って来い

光の反射になって

子どもたちのいや増す歓声になって

プール一杯の水が

ここに、

ここかしこに

揺籃のやうになってゆれる

果てしなき深さだ

水は子供たちの歓声を水の上に空に

果てしなき深さには

見守る母たちにも気付かれずに「いろこのみや」

わだつみのいろこの宮ゆ


うしなはれしものの

ないしは、うしなはれつつあるものを

子供たちは真摯に聞いて

大人たち以上に大人たちに

礼儀正しく

健気に

しかしそれは「全的に努力します」とか

「前向きに」

ではなく

結局「悪いものだ」と云っているのではありません

「怖いものだ」

となんどでも──

その都度大人たちはしどろもどろになった


雲は自由である

水の上の

わだつみのいろこの宮ゆ

水の奥深く

ところで母親たちは

突如顔色も青ざめて

子供たちに水から上がるやうに叫んだ

わだつみのいろこの宮ゆ

海彦、山彦の古いお話なのに

そこに下りてゆかないと

分かることもわからない

でも若い母親たちは

とくに、神経質に

あはてふためいて

純粋に教師と山彦をなじる

プールの底から採った泥にはセシウムが含まれていた


お姫さまは若くて

きれいなベベを着て

ゆれる袖を手に

子供たちを不思議に手招きする

それ以上に潜ったら、鼻の奥がつんつんする

仲間たちの無数の脚が水中に

空に逆立てる

ゆれる

苦しい息の

競ひ合ふ息の心肺よりもれて

美しい泡の連なりになって水面へと立ち上ってゆく

水の上も

その上の空も

今では真っ青だ

母よりもやさしいお姫様の不思議な手招き

小さき子の

男の子も,女の子も

夢中になって

もう少しだ


雲は自由である

水面より顔を出すと

水をかけ合ひ

ふざけあって

母親さへたちもまんまと騙される

青ざめていた顔色も、なんとなく血の気が差し

しかし、真実は深く、苦いものだ

わだつみのいろこの宮ゆ

このころ when we are orphant──

「十五の心」は空に吸はれて

子供たちは

母親の心配もよそに

次から次へと大人に巣立った


プール一杯の水と、

白い雲と、

「空に吸はれし十五の心」と

雲は本当に自由である


倉石智證

盛岡城の二の丸には石川啄木の

「不来方こずかたの お城の草に寝転びて 空に吸われし十五の心」

という歌碑がある。

1901年の盛岡中学時代のころか。

15歳、早熟である。


青木繁の「わだつみのいろこの宮」は

1907年の作である。