あそこでは何があったの?

災厄が山のやうな大波となって襲って来た。

神は大いなる魚を遣わして

犠牲、

溺死、

捧ぐ───

そしてすべてが嵐のやうに去って行ったあとで

静かに海辺に膝まづいて、

深い後悔とともにアーメンを云ふ。

神は大いなる魚を遣わしてヨナを飲み込ませた。

神話が蘇る


神の作った戒律があまりにも厳しいので、

ヨナは人間の作った船に乗り神の居ない国へ行こうとしたが、

海はたちまちに荒れ、

積荷を降ろしてヨナは叫びました、

天地を作りたもうたのは神、

ヨナは自分の身を海に差し出し、

身を投げ、

その身体は白い鉄格子のような鯨の口の中に吸い込まれました。

鯨の腹の中でしかしヨナは、泣き言ではなく、

この罰は当然だと思えたのです。

すると冷たい海から浮き上がった鯨はヨナを吐き出し、

ヨナは全身を身震いさせ、

口を開いた

他人に説教するものに災いあれ、


この世の神と神の支配者たちよ、

不可解で理性あるものが仮面を作っている

有史以来人間が切り刻んできたものだ

頑固一徹に生きるものたちよ、永遠に幸いなるかな。

傷だらけの理性、

しかし、

火を掴むなんて無理だ

油のやうに凪いだ大洋

宙天に微動だにしない太陽

火を手に掴むなんて───


漕げ、漕げ、もたもたするな

腕がへし折れるまで、

そのやうにして理性は

宙に浮かぶ金貨を、

純粋理性批判を、

火をたぐりよせようと、少しでも、前へと

漕げ、漕げ、もたもたするな

腕がへし折れるまで、

悪魔か、神であるか、

しかし、

山のやうな真っ白な災厄が

大波とともに覆いかぶさって来た


この潮は草木を知っているよ

故郷の懐かしい草木を、青々として懐かしい匂いの

潮に乗って帰るのだ

三陸のあの懐かしい美しい村々へ

グレイト スノウ マウンテン

エイハブはただ一人突っ込んでいく

少しでもと、

自らあの火を捕まえようとして、

白い鉄格子のような鯨の口の

目が不気味に嘲笑っているやうな、

楽しんでゐるやうにさへ


有史以来、

人間が切り刻んで来たものだ

エイハブ、エイハブ

私は誰なのか

それをさせるのは誰なのか

この潮は草木を知っているよ

故郷の懐かしい草木を、青々として懐かしい匂いの

潮に乗って帰るのだ

もっと近くに来て人間らしい眼を見せてくれ。

空や海を見るよりも

おまへの顔だ。

だが、エイハブは死ぬ。

でもすぐ生き返って手招きする。

この潮が知っているのに、

故郷へ帰る途を、

青々とした懐かしい匂いのする美しい村々の


なんと穏やかな火なのか。

結局、お前はワシからは離れられん。

それはこの海が生まれる前から決まっていたことだ。

災厄のやうな大波が襲って来て、

すべてを木っ端みじんに打ち砕いた。

伏して神に言う。

われらの命は御手にある。

海はまた何事もなかったかのやうに

大海原は青々としずまりかへった


倉石智證

『白鯨』原題: Moby Dick

1956年に 製作されたアメリカ映画。

19世紀の作家、ハーマン・メルヴィルの冒険小説『白鯨』を 原作としている。

ジョン・ヒューストン監督、グレゴリー・ペック、オーソン・ウェルズ、主演