ゆれる、ゆれる、ゆれる妻のお腹
とくに山に登るときの妻の
苦しいときも、つらいことも、大きい不幸も、そして何よりも嬉しいときも
みんなこのブナの樹に
ブナの幹に触れ
楢のごつごつした幹にも手を置く
そっと、静かに威厳に満ち
三国の山の伏流水に喉を潤せば
また完璧に立ち直れるほどで
さらに峠を目指して登る気にも
ゆれるゆれるゆれる妻のお腹
とくに山に登るときには妻の
三国の権現に手を合わせ
この峠を越えていった何人もの故人に思いを馳せる
坂上田村麻呂は大仰だが
でもさもありなむと
妻ならば良寛さんや与謝野晶子のやさしさを
河井継之助なども
峠を越え
生に還る人や、死に向かう人の
数限りない人たちの運命の列の
康成の煌々とした眼の
アブが羽音を激しく震はせて鳥居を翔んでいった
ゆれるゆれるゆれる妻のお腹
とくに山に登るときには妻の
しかし、シャジン艸は風に吹かれていかにも涼しげで
紫色はすでに秋のとば口を告げる
山肌や木の緑陰に蝶々が翔ぶ
中腹のお花畑に出れば
蝉の声のいよいよ喧しく
虫の声もそれに合わせて命の合唱を
つらいことも、苦しいことも、大きな不幸も、とりわけ嬉しいこともいっぱいに
とりわけて
妻のお腹に
しかし、汗びっしょりになって
青空をあおいでペットボトルの水を口にすれば
たちまちにすべてを忘れて
幸せになれる
ゆれるゆれるゆれる妻のお腹
とくに山に登るときには妻の
木琴ロードに滴る汗の
気持ちがいいほどの後悔の
なだりの端々に見える白いヤマハハコの戦そよぎが
今は心をこの上もなく慰める
こんな上にまで来るんですって
こんなお山の天辺にまで蝶々が翔んでくるものなのだ
緑色の捕虫網をもった小父さんが
木琴ロードできょろきょろする
風が吹いて緑の捕虫網は風をいっぱい孕んだ
キベリタテハはそれほどまでに山の上の貴婦人のやうで
山の上には好ましい
お山の天辺でカリヨンを打ち鳴らす
幸せのカリヨンと記されていた
妻と娘とわたしと
かわるがわるに打ち鳴らす
たれか聞いてよこの調べの幸せの調子を
お山の天辺に着いて鐘を打ち鳴らす
ゆれるゆれるゆれる妻のお腹
とくに山に登るときには妻の
しかし、こんなにも花々に囲まれて
こんなにも青い空のもと
盛んなる虫虫の声に励まされもし
汗びっしょりになって息もたえだえになって
でも
ゆれなば、ゆれる、お腹の
ものを食へは全的に幸せになれる
妻の
大いなる威厳の
花も、虫も、わたしたちも
すべてを従えて山に登れば
それは最良のことのやうにわたしたちを解放させる
ゆれるゆれる・・・妻のお腹
倉石智證
8/13(土)晴れ
8:45登頂開始、
12:00に駐車場に下山。