メカスの日記
藁の匂ひのする子ども時代
土壁のにほひも
石の壁の冷たさも写し込む
カメラを持ったホメーロス
ジョン・メカスはユリシーズに語らせる
ユリシーズは難解で
そっくり永遠に続く文字だけになる
ページの中で文字だけが起き上がってきて
反芻し、語り出す
苦渋に満ちた
最も困難な時代
どうしてこんな酷い日々に耐えられるのだらう
これを何に託す
「メカスの難民日記」
それでもひそやかに
旺盛な日々だ
思い出すということの作業
壁を伝ふ陽の心地よい影の
水の輪のやうに
まるで水の日の輪の影が揺れ動きながら遊ぶ
ついに欧羅巴に別れを告げ
船はニューヨークに入港する
それでもわたしにとっては───
永遠に過去の記憶の淵で
どうしてこのやうな過酷なことがあったのかは謎で
出口なし
みんなこっちに背を向けて
日の名残りの永遠の彼方に歩み去ってゆくばかりの
I HAD NOWHERE TO GO
メカスの日記
といふことに
(以下港千尋さんが解説11,8/7日経)
本書はタイトルが示すように、
移民となる以前に若き詩人が送った難民時代の日記である。
ドイツ占領下で反ナチ活動に参加したことから祖国を脱出したメカスは、
弟とともに捕(とら)えられ、強制労働収容所へ送られる。
大戦終結後リトアニアはソ連領となり、
メカス兄弟はドイツ国内に難民としてとどまりながら、
収容所から収容所へと、明日をも知れぬ死と隣り合わせの日々がつづく。
全編のおよそ三分の二はこの難民生活の記録であり、
不安と飢えと別離の話がこれでもかというくらいに続く。
ジョン・メカス(1922年生まれ)
紀元前5世紀ホメーロス
伝承ではしばしばホメーロスは盲目であったとされ、
『イーリアス』と『オデュッセイア』の作者と考えられている。
また「ホメーロス」という語は「人質」、
もしくは「付き従うことを義務付けられた者」を意味する。
・・・カメラを持ったホメーロスということなのだ。
倉石智證
