ふと啼いてふと啼きやみぬ土鳩かな

11,6/18(土)のぶだうの蔓の下で───


緑雨降ればすべての葉っぱに緑の雨が盛り、

滴り雫く。

百姓は合羽を色とりどりに着こんで、

ぶだうの棚下に入る。

あをいあをい雨が幾条も滴り落ちる。

その棚下に入りこんで

百姓は百姓の仕事を大急ぎでしなければならない。

ぶだうの青々とした未だ、未だに硬い粒の、

その房々に傘をかけなければならない。

梅雨時にはこの鬱陶しく地面に積もり敷き、

一向に逃げやらない湿気が

ベト病を誘発する。


SSが朝靄の中を村道を走り、

葡萄畑に急ぐ。

ボルドー液は青い青い液だ。

幾たびも胸のつっかへを、ボルドーを飲み干し、

その鬱屈を死とともにはらした百姓もゐるが、

いまこの緑雨の中で、

義兄さんのSSの噴霧したしたボルドーはおびただしく流された


見れば、お隣の棚下にも、

そのすぐ隣の棚下にも、

みな色とりどりの合羽を着こんで

ぶだうの笠掛けにいそぐ百姓がゐる。

雨はしんしんと降り、

笠掛けをする百姓の頤やあぎと、

とりわけ手首から腕筋に雨の雫が滴り入り込む。

胸の辺りまですぐに冷たくなり、

しかし、だからといって

傘掛けの手を止めるわけにはいかない。

この季節に傘を掛ける。

雨の直接の雫を避ける。

好きにはなれない変なカビが

ぶだうの粒に取り掛かるのをいくらかでも避けるためだ。

カビ菌はまたたくまにその隣、

その隣、隣に伝染して、

ぶだうたちは悲鳴をあげる。

ボルドーも、そしてこの季節のぶだうの葉も、

未だ硬い硬いぶだうの房の粒もみな、

なんと青い青い色のままなんだらう。


翌日は空が晴れた。

ぶだうの蔓はてんから直情で、

好き勝手にそれこそ放題に色々な方向に蔓先を伸ばし始めた。

神が望むなら、

ではなく、

神があらかた選び取ったわけだが、

その古代に、まず麦とワインと、・・・

そのしたたかな蔓の強靭さを指先に感じれば、

まぎれもなくこれは、

たしかに神が歓び、

その豊穣さを麦とともに選び取ったものだ。

両の手指で一回りもするほどのぶだうの樹さへも、

幾畳もの広さの蔓の繁茂を棚に寛大にし、

その我が儘な生への希求は

今日の空の青さの天を

思い思いに千の、

いや、億万の意思で貫くものだ。

みんながそれぞれの緑の蔓を

青い空へとはためき伸ばした。


妻とば様は一升壜のジベの液を持って、

ぶだうの棚下に下りた。

今日こそはぶだう房の植生を活発にしなければならない。

まだ眠っている房のさまざまを活発にしてその上、

ぶだうの種さへもなくしてしまう。

死者がのおのの門前にまゐるそのころの、

その暑い市中のにぎはひの街や村の多くの要請にしたがって、

だから、

それよりもまへにぶだうの黒い、

あるいは重く紅い房々を市場に出さなければならないのだが、

人々に喜ばれるということよりも、

もっと、

深く自分たちの普段では現われない欲望のようなものについつい従って・・・。

妻とば様は例の一升壜を持って棚下に下りた。


見た目には甘いシロップのやうな少し赤みを帯びた色合いの、

その一升瓶の液を、

手の平にゆふに余るほどの簡易コップに入れて、

そして、

そのコップの液にゆっくりとぶだうの青い房々を浸し込んでゆく。

小さい房もあれば、

程よいもの、

あるいは余程に大き目のものもあって、

妻はその都度褒めそやしたり、

黙ってやり過ごしたり、

痛罵、罵詈雑言を吐き散らしたりする。

まったく、おお、それぞれのオーキシンよ、

という具合であった。

だが、これさえしておけば、

お百姓の間では“ジベ処理”といふが、

お盆のまへに出荷できることは間違いないということだった。

高い売上は簡単に人々を幸せにすることができた。


葱切れば葱のにほひに厨かな

屋敷の畑からねぎを引き抜いて来て

台所で妻は葱を切り刻む。

たちまち、台所中が朝採りの葱のにほひでいっぱいになった。


倉石智證

(以下web)

ボルドー液はカビの病気だけでなく、細菌性の病気にも有効である。

調整時に防除対象の作物を考えて銅・石灰比率を加減しなければならない。

硫酸銅 は毒性的には劇物 で魚毒性はC類である。

したがってボルドーの液は青い青い色をしている。

散布してから8時間以上は雨が降らないことを望む。


オーキシン(英語 auxin)とは、

主に植物の成長(伸長成長)を促す作用を持つ植物 ホルモンのひとつ。


「ジベ処理」

ジベレリンは農薬として浸漬や噴霧散布等をし、

種無しブドウの生産、果実の落下防止、 成長促進などに用いられることが多い。

こうした操作をジベレリン処理という。