緊急といへば、すべてが緊急になる。

フクシマは政府は全く民間に任せきりに、

早朝から通勤時になると、続々と車の長い列がフクシマの原発の現場に向かって続く。

政府とは無関係にみんなそれぞれの事情や因縁をフクシマに抱え込んだ人たちばかりだ。

即応がない、

責任的態度がない、

したがってどうしても、というスピード感がどうしても欠けてしまうことに。

その上にかてて加えて暴君が亡国の采配をこれみよがしに振るっている。


緊急といへばすべてが緊急になる。


「亭主の好きな赤烏帽子」
■この国では政府は昔から失敗続きが多いやうだ。

ここ失われた20年間と今は、特に目を覆うばかりの悲惨さだ。

その中でも、企業は獅子奮迅の頑張りを見せ、

時には外務省など要らないのではないかという存在感を示している企業さへある。


洗いざらいを国内市場からもう一度おさらいすると、

・世代間不公平がおびただしく、

・所得の底辺が増えた。

・老人増えと、世帯人数が減少して、誰が面倒をみるのだということになると、

ますます政府に頼らざるを得ない具合になって来ている。
「亭主の好きな赤烏帽子」


■稼ぎ手が減って、ぶら下がっている人口が50%を越えた。

幼児・学童を含め高齢者など、稼ぎに属さないいわゆる従属人口が増えたわけだ。

「亭主の好きな赤烏帽子」


■世帯の稼ぎ具合はこんな具合になっていて、

稼ぐ力が減って、従って比例するやうに使う力も減ってしまった。

最近はあのアウトレットも、ユニクロも、吉野家、ワタミでさへも不況といふ。

真に低レベルの戦いになって、みんないのちの薄明かり、消耗戦を強いられている。

仏教でいへばそれこそ“作麼生”そもさん、ということになるのだらう。

「亭主の好きな赤烏帽子」

■見てよ、この不気味な“リンゴ型”、

所得の階層がすっかり下層へとずり落ちてしまった。
「亭主の好きな赤烏帽子」

■このイラストもさみしいが、実際はもっとシリアスに現実は進行していて、

老老介護どころではなく、お一人様ばかりが増えて、

姥捨て山へ行くどころか、そのまま戸山ハイツなど大団地で孤独死なんていうニュースもあって、

この国のメルトダウンの静かな災害がすぐそこに迫っていることさへ感じさせられる。
「亭主の好きな赤烏帽子」


■見てよ、成長をないがしろにして、分配のカラ手形ばかりを気前よく、

一家にあっては父ちゃんの稼ぎが一番の優先されるべき事柄なのに、

この国では子供の権利ばかりを優先させようとする天地順逆の不可解。
「亭主の好きな赤烏帽子」

■92兆円(借金の返済も含む)のうち27兆円が社会保障費に支出となる。


■社会保障関係費だけでおよそ100兆円

・年金関係だけで=約50兆円

・医療=34兆円以上

・介護=約10兆円を軽く超えつつ
「亭主の好きな赤烏帽子」

■収入と支出の乖離のことを“ワニの口”というらしい。

ワニの口が開いた───、

これも不気味を通り越してあきれるばかりのことであると云わざるを得ないのだが。

■何しろ、稼ぐ力が減って、使うどころではなくなって来ていることと、

下流では「称賛の経済」どころかお互いに足を引っ張る「嫉妬・羨望の経済」ということで、

日本は内需では次第に人間自身が感性などの前頭葉的経済から、

栄養も無関係、腹がいっぱいになりさへすればいいと云ふ、下半身的経済になってしまった。
「亭主の好きな赤烏帽子」

■“動物的ポストモダン”と云われて久しい。

考えるアシどころか、人々はすでにものごとを深く考えない。
過ぎていく一瞬のとらへどころのないものに熱狂して、すぐに覚め、

次へと感興を移し替えていく、お笑いやパンとサーカスの時代へと突入している。


「亭主の好きな赤烏帽子」


■バブル、だったとはいへ、60兆円くらいの税収の時代があったのだ。
「亭主の好きな赤烏帽子」

■国家とは何ぞや───

国家とは税収である。

税収はつまり何に依ってかというと、

税収は稼ぎ(「成長」)によるのである。

GDPは各階、各所層の人口のあらゆる人たちが頑張って差益を生み出し、

その足し合わせたものが=国民総生産となる。

そして現在GDP約500兆円弱かなりだとしても×8%=およそ40兆円くらいが税収の目安となる。

とにかく人の口(人口)が減っていく中でどのやうにしたらGDPを増やしていけるか、

ということなのである。


「供給側」=資本の伸び・労働人口伸びが減少に。 

国内総生産(GDP)成長率が個人消費や投資など「需要側」を示すのに対し、

「供給側」を示すのが潜在成長率だ。

この2つの差が「需給ギャップ」となる。

潜在成長率が高いとすると、実際の需要を増やすための金融・財政政策が意味を持つ。

一方、潜在成長率が低迷している場合は規制緩和など供給側の政策が欠かせない。

■民主党は需要サイドに重大な関心があるようだが、

かってバブルが崩壊したのち、遅れて来たケイジアンこと宮澤喜一さんは、

一生懸命民間の需要サイドにおカネを注ぎ続けた。

腐ったリンゴは取り除かない限り、どんなに真水をつぎ込んでも腐ったリンゴを増やすばかりになった。

その後の内閣も不良債権の処理(供給サイドであり信用システミックの問題)を先送りにし、

膨大な800兆円とかもっとという国民財産の喪失を現出させてしまったのである。

問題は供給サイドにあるのである。

■取りあへずの成長ないしは危機対応には───

・金融政策

・財政出動

・為替政策

・規制緩和

などである。

■GDP=

資本(設備)×労働力(人口、時間、教育など質的要素)×TFP(全要素生産性・ブランドや固有の組織力や)


■国家の支出の大半は公共投資というよりも生活消費(ただ消えていくものに近い)、

資本とはまったく異なるものに費やされているという現状である。
「亭主の好きな赤烏帽子」

■「貯める」(年金の類ひ)という発想はただの利息を頼りにするばかり、

「増やす」という概念はいかに資本を有効な資産に置き換えて剰余を文字通り増やす、

という大変な性質の異なったものである。

ところが民主党になってからはあからさまに「分配」(年金系)ばかりに注力して、

「増やす」(資本・企業系・成長)に背を向けて来た。

個人の財産権云々、という建前ばかりが省庁を横断しているが、

実際のところ、責任逃れのアリバイ作りばかりの、

それこそが民間にいたら首、左遷の厳しい人事にあうことは間違いない。

なぜならばダモクレスの剣の謂いは民間においてこそのガバナンスだからである。

何百億円という予算を使ってオリンピック招致が失敗に終わっても、

首も給料も飛ばない知事さんがいることさへ不思議なことである。


「亭主の好きな赤烏帽子」
■国という複雑系に思考停止にしてしまうからいけない。

一家においたら、当然、出るものを減らすことから始めるに決まっている。

単純な事柄をさも複雑に持っていこうとするのが政府という専有の所管らしい。

とにかくしかし、入るを増やすしかない。

稼ぎを増やすためには売れるものを(新興国で必要とされているもの)作るしかない。

売れなかったら、売れる場所に出ていくしかない。

それには何よりもみんなと仲良くして知り合いになって、

縦横無尽に「つながって」いくしかない。


そうして「つながる」ということでいへば───

1972日中国交回復、

1978日中友好条約と

鄧小平さんによる「改革・開放」が始まった。

外国資本の導入と、格差全廃から、儲けるところから儲けなさいねということになった。

1989天安門事件で少し躓いたが、

1992「南巡講話」、世界と密接に結びつきはじめ、

2001,12月、WTO加入によって中国の貿易額は飛躍的に増えてゆく。


中国GDP(1980年→2008年)

28年で=14倍(3093億㌦と日本の=3分の1以下→4兆4016億㌦と肉薄)。

元高へ(08年の名目GDPは元建てだと前年比=17%増➚だが、ドル建てだと=3割増➚になる)


人のうちの財布の中身などは知りたくもないが、


「亭主の好きな赤烏帽子」

■かくして儲かる、ということはなによりの正義になった。


「つながる」ということでいへば、

かって日本は“汽笛一斉新橋を”ではないが、

明治初頭のハブは横浜や神戸などにあり、

かたく門戸を閉ざした中国や韓国をしり目に、国内の第1次産業革命を成し遂げ、

1889明治憲法を発布、

日清戦争に勝って、東洋の盟主に駆け上がってしまった。

「広がる」「つながる」、がどのくらい大事であるかといへば、

サンフランシスコ条約とともに日米通商条約をはじめ英国との結びつきや、

世銀からのお世話や、8条国待遇への進展など、

戦後復興にとっても世界との、特にアメリカを中心としたブレトンウッズ体制に加入することが、

いかに大切なポイントであったか、それらから推し量ることができる。


■さて、上位数%の富裕層のマネーはこんなところにも大量に流れ込んでいる。

この人口の中には年金生活者のなけなしの財産も含まれていることは容易に想像はできるが。

「亭主の好きな赤烏帽子」

■65兆円という資産残高である。

ちなみに東北復興には20兆円から26兆円だとかや。


「亭主の好きな赤烏帽子」


「亭主の好きな赤烏帽子」

■いずこのアセットも随分と利回り良く稼いでいる。

僕が考えるのはこうしたマネーがどのやうにしたら喜んで東北復興に回るかどうか、

ウォール街のやうなスーパーエンジニアがいて、

たれか金融インフラを発明してくれないかどうか・・・


「亭主の好きな赤烏帽子」


「亭主の好きな赤烏帽子」

■しみじみとここまで眺めて、さてここから先はすこしやっかみも混ぜて、

(以下、中嶋経営科学研究所 所長  中嶋 隆)

日本人の金融資産は、

2006年6月で国民家計の金融資産は約1499兆2943億円となり、

1500兆円を割りました。

日本の国民家計の金融資産は、1499兆2943億円ですが、

野村総合研究所によれば、

国民家計の金融資産から借金である負債を引いた純国民金融資産は、

2005年に約4900万世帯で、約1153兆円です。

純金融資産の内容は、銀行預金株式投資信託債券などの金融資産の合計で、

野村総合研究所は、日本の国民家計の純資産を発表していますが、

・超富裕層(金融純資産5億円以上)が

国民世帯の約0.1%の約5万2000世帯で約46兆円の資産があり、

・富裕層(金融純資産1億円以上5億円未満)が

国民世帯の約1.6%の約81万3000世帯で167兆円の資産があります。

・準富裕層(金融純資産5000万円以上1億円未満)が

国民世帯の約5.7%の約280万4000世帯で約182兆円の資産があり、

・アッパーマスという上位大衆層(金融純資産3000万円以上5000万円未満)が

国民世帯の約14.3%の約701万9000万世帯で約246兆円の資産があり、

・その他の大衆層(金融純資産3000万円未満)が

約78.3%の約3831万5000世帯で約512兆円の資産がありました。

日本の超富裕層と大衆層との金融純資産の格差は約40倍にもなりました

<日本の純金融資産の世帯分布>
超富裕層(金融純資産5億円以上)                5万2000世帯
富裕層(金融純資産1億円以上5億円未満)         81万3000世帯
準富裕層(金融純資産5000万円以上1億円未満)    280万4000世帯
上位大衆層(金融純資産3000万円以上5000万円未満)701万9000世帯
大衆層(金融純資産3000万円未満)           3831万5000世帯


資産格差も広がっています。

資産増加率は超富裕層約33%ですが、

超富裕層以外の合計の世帯の資産増加率は約5%ですから、

資産格差は所得収入格差でさらに大きく拡大しています。

国民世帯の上位20%と下位20%の所得格差意は、

1990年代で10倍程度でしたが、

2005年には約168倍の所得格差に拡大しました。

フリーターと正社員の平均賃金格差は生涯賃金で約1億6000万円もの格差にまで拡大しています。

すでに、年収300万円以下の所得収入の労働者は労働者全体の約30%を超えました。

このままでは、20年後には年収300万円以下の労働者は労働者全体の50%を超える勢いです。


(倉石)

上の方は確かに秒速で動いている。

だが下位の方は悪い瘴癘地域にでもさ迷い込んだかのごとく、

空気はよどみ、ものごとがなかなか捗らないばかりか、

その内倦怠が覆い、おぼつかなさばかりが募ってくる。

上位は例えば信託に提供するものがあるとするならば、

下位のものは信託の存在そのものさえも知らず、

強いて信託するとすればそれは

自分の時間とか、

健康とか、

あまつさえ命そのものとなったりした。


■いずれ基金のことは時間を割いて書きたいと思うが、

国民のおよそ80%以上の方たちが資本リテラシーに無関係な存在として蚊帳の外におかれている。

GPIF(約100兆円弱を運用)など、あるいは郵貯・簡保などに置かれて、

そのまま2%にもはるかに届かない国債にそれらが置き換えられていて、

国民資源、資本として外に向かって有効に稼いでくれる存在になっていないこと自体、

政府の怠慢としか云いようがない。


ひとつの例として、
「亭主の好きな赤烏帽子」
■カルパースは1970年代初頭には数千億円に過ぎない年金ファンドだった。

それがいまや数兆円の規模の世界的な年金ファンドに成長している。

2011,6月までの1年間で21%の利回りを叩きだしているのだ。


倉石智證