どんなところにでも緑の葉っぱがあって

おい茂っていて

気配があって

いつの間にか花を咲かせている


富久交番の脇にはあじさゐの花がいまは見事だが

おまわりさんは警棒を持って直立不動

子どもたちはさっぱり驚かない

ここにはハーン先生のお住まいが昔在って

横顔の青白いハーン先生の片眼がときにぎょろりと光る

女の子供たちはさっぱり驚かない

あじさゐはいまは藍に紫に見事だが

ここしばらく雨が降らないので

いささか疲れ気味だ


しかし、どんなところにでも緑の葉っぱがあって

それは驚くべきことだが

気配が満ちてきて

いつのまにか花が咲いている

みんな知らぬ気にその下を通り

せはしく交番を過ぎるが

ここは青白い学問がいっぱいのハーン先生がお住まい

横顔のめん玉が語りかける

緑の葉が躑躅の蔭に繁り始めると

ほら、野生の力強い球根が育てた山百合が蕾を

うっすらと紅く口を開けはじめた花の穂先が

いくつも、

それはそれはいくつも土手を飾りはじめる


十薬の白い頼り気のない花が建物の縁石近くをずっと飾り立てる

気が付かなかったことだが

おまわりさんは警棒を持って生真面目に直立不動の姿勢で

緑の葉っぱは電信柱の下にも石垣の上にもあって

気配に満ちてきたなと思ったら

ああ、なんといふことだ

癌を得た人がけふの手術だ

白い皮膚の下に泡立った病巣が気配し

坂を登るたびこの湿気が背中や鳩尾みぞおちを不快に

この不快さに坂を登ると

梔子くちなしの花がこれでもかと咲いてゐて

花は腐くたしてつよひ匂ひだけが残った


倉石智證

小泉八雲ことラフカディオ・ハーンはこよなく古い伝承に富んだ豊かな日本を愛した。

東京帝国大学勤務の1896年から豊玉大久保に引っ越す1901年の5年間、

この富久交番のすぐ上のあたりに5年ほども住んでいた。

坂を上った瘤寺こと自證院がお散歩のコースだったようである。