11,5/15(日)晴れ
かたや、重いテーマだ。
生きるということ、働くということ、暮らすということ。
人々は海と向かい合っている。
人々の歴史も文化も地政学の中で醸成される。
「三陸沿岸の海は土地の人々のためにある」(吉村昭「三陸海岸大津波」 1970)
海はこはいなおおきいな三陸ワカメ招く手のあり
潮見、潮時、潮流。
神は海の向こうから来て、霊魂は海の彼方に去る。
眼の前の大海で黒潮と親潮がぶつかっている。
ヤドカリの海へと向かふ空晴れて家族からまし白浜すぎて
(日)晴れ
今日も二日続けて五月晴れである。
息子は昨日呑みすぎたのか、ゲロを吐いたとチャコちゃんは。
10時になるのにまだ布団の中でダウン。
TVコマーシャルでヤドカリの兄弟姉妹か、
3ッの形が透き通った海を目指してよちよち白砂を列を作って歩いていく。
ああいぃ、いいあぁ・・・
1年中胡瓜イチゴのダメと云ふ文明論者少し原発
季節もなく1年中イチゴも胡瓜もいただけるということの方が少しおかしいのであって・・・
とは云うものの。
文明論者はお気楽でいい。
鳩踏む地かたくすこやか聖五月
平畑静塔(せいとう)は京都帝国大学医学部で精神医学をおさめている。
しかし自身も創刊に関係した「京大俳句」は戦雲の迫るとともに思想弾圧の対象となる。
やがて静塔も厭戦俳句のかどで検挙されるのである。
静塔のことばでいうならば、
人間としての自由はある日突如、治安維持法という「鉄甲車輪」のごときものに蹂躙されたのである。
その後に応召して渡った大陸でも、この思想犯経歴をもつ軍医には昇官ということがなかった。
静塔は当時を回顧して述べている。
「前線から送られてくる心と身体を傷められてしまった人間をみとりながら、
私の自由は、中国の星をいただきながら読みつづけた
ヤスパースの横文字の世界に耽ることだけに存在していた」と。
(俳人・横澤放川)
「京大俳句事件」第1次
1940,2/14平畑静塔などが検挙される。
「京大俳句事件」第3次
1940,8/30西東三鬼など。
ヤスパースはドイツの精神病理学者であり、同時に哲学者として人間の実存問題を深く掘り下げた。
かたくすこやか───、であって欲しいものである。
「治安維持法」(1938施行)などというものはないけれど、
国家という枠組みが列島をして逼塞、閉塞感に陥れている状況は似ている。
聖母月、緑、土鳩の鳴きやまぬ
かたくすこやか、が崩れた。
緑よし葵の祭りしづしづと今年これから暑くなりさう
挿頭に緑、
通りは青葉も茂れる。
斎王の化粧けわい白く、眉黒く、笑咲えみわれてゆく。
湿り気を帯びた本来の日本。
被災地の八十八夜別れ霜(川勝洋子)
上州の空に山ある辛夷かな(小口泰與)
足乳ねの乳足り足らず福島に藁出す農夫別れて来たり
足乳ねの母の農夫の胸乳に辛夷の花の叫びてゆけり
切ないもんだ。
原発の灯りぽつぽち消へてゆき日本列島沈みゆくごと
浜岡原発で働いている人か
「さみしいですね、なんだが日本中が沈んでゆくみたいな気分がします」
限られた命、真摯な物語、溢れる詩情、「私を離さないで」───、
人間の威厳あふれる姿。運命を受け入れる。
■累積放射線量、飯館村もっとも高いところで40日間で=50㍉シーベルトとか。
「晴れた日に村去る人の胸の内胸に子を抱く母胸の内」
「飯館の帰りくる日はいつならむ長き村道萌え立つ緑」
「ありたけの布団車に積んで見る子を抱いてみる落ち着かぬまま」
「牛の眼の黒き瞳に映りぬるわが姿さへ朧なりゆき」
「人は生まれ育ったところに住む。自然だよ」
(マイナス70度にもなるというロシアシベリア、オイミャコン村の住人)
どうしてそんなところに、と聞かれても仕方がない、
母を選べないように人は棲むところを選べない。
故郷、それはへその緒のやうなものだ。
永遠にこだわり続け桎梏の合間合間愛し続けるしかないのだ。
将来世代への単なる国債の発行は許されない。
あるところにはある。
そしてないところにはない。
特にリテラシーの余裕もなく、それへのアクセスが完全に閉ざされている人口の膨大さ。
上位の数%がさらにこの危急の状態でも金融資産を膨らませている状況をばだ。
金融の根幹は、「あるところ」から「無いところ」へ、が要諦である。
金融は時に人さまの不幸さへも蜜の味とするところがある。
健全さとは何か。
A・スミスの道徳的感情とは何か。
現金で1000兆円弱が、極端にいえば塩漬けの国債に置き換わっている。
■REITばかりではない。
投信、ETF、その他もろもろでも、
如何に10年債が悲しいくらいに低位に張り付いたままになっているかが、
この国の問題なのである。
「増税を避けよ」という考えは、
人間の生活のベースが何かに目を向けない者の景気対策論者の謂いに過ぎない。
目の前に“藁をもつかむ”思いの人たちが居るのに、
「今」、をなぜ起動させないのだらう。
「復興債」に「復興増税」、というもの云いがいけない。
せめて「義捐金税」という表現にした方がいい。
取られるのではなく拠出する、のである。
年収300万未満の人たちが全人口の3分の2以上になってしまった。
その人たちでさへ、爪に火をともすやうな思いで、でも支援したがっている。
金融リテラシーからはるかに途絶された多くの人口、
政府のはたす役割は、
東北に回す予算を組むこと、
税を決めること、
税額ではなく、年収に従った税率、累進税にするしかないのではないか。
タイミングを失えば、
あの途方もない犠牲を無駄にすることになる。
「東北無情」(失われし桃源郷)
あそこではモノの世と人の世とが全開でせめぎ合っている。
人の世を全開にしても「それは不可能」といふやうなこともあるものなのか。
人の世を突き詰めてモノの世を去ればそこに桃源郷が表れる。
モノの世は突っ込めば突っ込むほどただ数値で帰って来る。
それはシーベルトやベクレルのようなもので
人の世の只事さなぞてんで歯牙にもかけない。
しかし、人の世の方はそれにあわただしさや悩ましさが加われば加わるほど、
相反することの中に紙一重で桃源郷が現れてくる。
飯館村で村長さんが挨拶をし、
牛は殺されることになって、
村人はどんどん村から去っていくことになったが、
変りにおびただしい静かな空白域に緑が萌え立ち、
緑はしたたり溢れてくるような気配になった。
羽化登仙の系譜とは地政学的共同体のことであった。
「桃源郷」今から約1600年前に書かれた陶淵明の散文詩「桃花源の記」を語源とする。
揚子江の中流、洞庭湖の西に広がる武陵という丘陵地帯である日、
一人の漁師が、見知らぬ渓谷をさかのぼり桃の花が咲き乱れる林に迷い込む。
小さな洞穴をくぐると目の前が開け、
そこだけ時間が止まったような美しい田園の里が広がっていた。
犬や鶏の鳴き声が聞こえ、
青壮年の男女が耕作にいそしみ、
老人と子供が楽しげに時を過ごしている――。
(宮川匡司・編集委員11,5/10日経)
陶淵明の詩文とその場面を描いた中国の桃源画は日本にも伝わり、
池大雅、与謝蕪村などを経て、
明治大正のたとへば小川芋銭うせんなどの場合、
かの「桃花源」では、
父と母、犬と遊ぶ子供、にこやかな老人の姿を自在な筆致で描き、
桃源の村里のおおらかな空気をみずみずしく伝えている。
「管理されない平和な農村共同体は、東アジアの多くの人が郷愁を覚える」
しかし今や飯館村は
「分け入っても分け入っても青い山」
の如くに人っ子ひとりいない風景に置き換わらうとしてゐる。
三陸はそれぞれの入江が桃花源であった。
船で行けばそれほどではないが、
歩いてゆくとなると路は上下し、岬を遠く迂回したり日がな一日の出来事にはなった。
一つ一つの村に伝説や言い伝え、伝承があり、
座敷わらしめいたコロボックルが道祖神近くにゐて、
「ここののことは云はないでね」
と外から訪ね来る人にはそう告げた。
村はちょっと前まではいつでもお互いに閉ざし合っていた。
ちょっとした谷川が深く間にあるだけで
姿形が見えないお互いの神々によって別な空域がしろしめされていたのである。
神、空にしろしめすということで、それは山も畑も海もであった。
ただ、大事なものはいつでも外から
それは災厄と同じやうに見分けがつかないほどにやって来て、
人々は慌てふためきただ祈り、膝まづき、
そしてあれこれしているうちに齢をとり、
霊魂は山の上の方にとか、
あるいは海近くの人たちの場合では海の彼方に去っていくということになった。
信じられないほどに山の頂近くにまで家が建った。
信じられないほどに海の近くまでに村落が群れをなした。
極寒から熱帯まで、住めばそこが故郷であり桃源郷であるとばかりに
人々は笑いさんざめきモノを分かち合い挨拶を交わし飲み食いもし、子供を生み、
そんな風にごく普通に家族を営んできたものだった。
ところがある日、海の向こうから巨大な津波が襲いかかって来た。
こうしてみると人の営む桃源郷というものはそもそもはかないものなのだ。
意図しない物事に対してはことのほか失われやすい。
果てしなく続いていく瓦礫の山、いまが永遠のような時間、
しかし、その喪失のリアルな感触ばかりが広げる両手の中に残っている。
失ったものが何であるか今では人々はひりひりするほどに内心に思い知っている。
未希さんが見つかった。
「3.11」から50日あまり、
先月見つかった遺体のDNA鑑定の結果その遺体は自分たちの娘、
遠藤未希であることが確認された。
父と母は───
浜に出て古きTVで未希を視る「高台、避難」まだ云っている
「明るい子でした。自分たちにはでき過ぎた子でした」
南三陸町役場。
津波に浚われて瓦礫が引っかかったままの赤い鉄骨ばかりが無惨である。
「ただいま津波がやってきます。
皆さんは至急高台に避難してください」
まだ云っている・・・
宮澤賢治
あなたの額は雨や日や
あらゆる辛苦の図式を刻み
あたなの瞳は洞よりうつろ
この野とそののあらゆる相は
あなたのなかに複本をもち
それらの変化の方向や
その作物への影響は
たとえば風の言葉のように
あなたののどにつぶやかれます・・・
「野の師父」(1927年か羅須地人時代)
・・・昭和恐慌が始まっていた。
東北の方の娘さんたちの身売り・・・
■こっちの方向は好ましくない。こっちの方向へはぜひ行くべきだ。
政府が指し示さなくてはならないメルクマーク「SPEEDI」・・・
11,5/16(月)晴れ
ご婦人をたしなむていふみやびなる言のたまひぬ漢のありて
井原くんは面白い。
対面に座ったのは太田政男大東文化大学学長と
滝沢正上智大学学長。
少しも照れるという風でもなくごくまじめににぎやかにかくのたまわった。
呑む、打つ、買うを現役にしなければ、と半ば大真面目に。
しかし、みずから理事長を務める実践女子大学の学食では
メニューをとる学生らと共にマッチング・ボランティアを始めた由。
一食のメニューに20~30円をプラスしてそれに自らのマネーを同額足し込んで
東北の被災者に寄付するという仕組みだ。
みんなやりますねぇ。
太田くんのお薦め、佐久市(旧望月町)の大澤酒造の明鏡止水、
善光寺秘蔵酒、大吉野、信濃のかたりべ とかや。
1549年、聖ザビエルが日本にやって来た。
「上智大学」の由来───
大学名にはギリシャ語で「最上の叡知」を意味するΣOØIA(SOPHIA)が採用され、
Sophia Universityすなわち上智大学という名称が付けられました。
単なる知識の習得を超えた新たな問題に対処しうる能力、
すなわち真の叡知を身に付けさせる教育が、設立当初より目指されていたのです。
本学における教育の根底には、
他人を思いやり、社会のために奉仕するキリスト教ヒューマニズムの精神があります。
これを本学では、
“Men and Women for Others,with Others”
他者のために、他者と共に生きる、という標語で示しています。
身近な所でも、また地球規模でも、
貧困、飢餓、環境、差別などの問題に積極的に取り組み、
貢献する人材を育てようとしています。
───それこそが、聖ザビエルが望まれていたことなのです。
(滝沢正学長11,6/10日経)
太田くんも、滝沢くんも、さうだ、猪瀬くんも栄えある私たちの同級生。
11,5/17(火)晴れ
「思ひつき」
政府が昨年改定したエネルギー基本計画でも、
大々的に「原子力発電の推進」をうたった。
そもそも、同計画自体、鳩山由紀夫前首相が2009年9月の国連総会で、
日本の温暖化ガスを20年までに
「1990年比で25%削減する」
と公約して喝采を浴びたことが背景になっている。
温暖化ガスを手っ取り早く減らすには原発を増やすしかない、
という暗黙の了解があった。
ただ、この時の「25%削減」も、「思いつき」の最たるものだった。
鳩山氏は「東日本大震災ですべてが変わった」と解説するかもしれない。
菅首相も福島の惨状を見て、浜岡の危険性を認識したのだというのだろう。
(大機小機11,5/13日経)
問題は、時の首相が原初的に不能なことを国際社会に約束したり、
古くから想定されていた危険を何の議論もないまま持ち出したりして、
国の基本政策を変えてしまうことである。
これを「政治主導」と呼ぶのだろうか――。
ポッポちゃん25%思ひつき菅さん停止これ思ひつき
人間に対する配慮は両方から考えなければならない。
ヒューマンという観点からは87%とと云うもっともらしい数値はその通りごもっともである。
5/14国会で首相は
「行政指導、政治判断でさせてもらった。
評価は歴史の中で判断してほしい」
と強調した。
しかしそれはそうとして
すでに中部地方という既成の雇用範囲と、
時間軸で計られる世界の原子力エネルギー関連のニュースの波及具合と
その実際の影響度のことである。
それをしかし民主党は平気で単一、単線でポロっとやってくれる。
小気味いいのかなにかしかし、
現実は周囲があたふた混乱するばかりである。
中電は大人的態度で結論を出したが、
民主党のやり方は一貫してのっけからブレーキとアクセルを同時に踏みだすやうなやり方で、
一向に首尾一貫していないのである。
集団の少年リンチ痛ましい市民の森の緑閉ざしぬ
千葉市若葉区の公園で同市立若松中2年の斎藤博樹君(14)が死亡していた事件で、
千葉県警は17日、傷害致死容疑で14~15歳の同じ中学の男子生徒4人を逮捕、
13歳の男子生徒1人を補導した。
逮捕容疑は、16日午後7時すぎ、同区の「小倉市民の森」で、
斎藤君の顔を殴ったり胸を蹴り上げたりして、同9時15分ごろ死亡させた疑い。
4人は容疑を認めている。
遺体には複数の打撲痕があり、左目の周囲にあざが残り、鼻血が出ていた。
緑の森は死を深く閉ざした。
11,5/18(水)晴れ
カフカ的状況=不条理コント。
「審判」の主人公はある日突然逮捕されてしまう。
原発事故は日に日にカフカ的状況に立ち入って来る。
安心のための言葉が怖い。
隠蔽と暗示がキーワードになる。
突然安全の基準の数値が引き上げられる。
「・・・ですが」の「が」に関わって来る多くの変数、
見えない何かにコントロールされているという思いが多くの人にあり、
情報は絶えず小出しにされる。
首相、大臣、役人、社長・・・現実が不条理化してくると、芝居もやりにくい。
シェークスピアの際立った言葉、
チェーホフの嘘、
カフカとは暗示であり、
「逮捕」されたということを誰も否定しないということだ。
(ケラリーノ・サンドロヴイッチ11,5/18日経)
われわれは、政府もひっくるめた扶助貍(たぬき)劇に入り込んでしまった。
一見、原因が分からないような結果ばかりがちりばめられてくる。
逝く人のありて若葉の繁るかな焼き串を喰ひワインで流す
碓井光明くんが花岡信昭くんの通夜の帰りにお店に。
日本酒3合に白ワインのデキャンタを一本。
早すぎる同級生の死だ。
花岡信昭、元産経新聞編集部長、政治評論家。
合掌。
11,6/20(金)晴れ
民意汲むだけなら政府要らないよ水汲む人のつらさ切なさ
枝野発言「債権放棄もあり得る」(新金融人)
民意を組んだ発言内容か・・・
水汲む人は2号機の建屋に入った。
東京電力は19日、福島第1原子力発電所2号機の内部を調べた詳細を発表した。
原子炉建屋内は温度と湿度が高く
「体力の面から15分以上の作業は困難」
と説明した。
放射線量も最大で毎時50ミリシーベルトだった。
新しい工程表では1~3号機の原子炉を「循環注水冷却」の新方式で冷やすとしたが、
作業が難航する可能性が出てきた。
安かろう悪かろうでは限界だトリミングする己が命を
防災は災害が起こらなければムダともいえる。
在庫やケイレツも無駄の効用がありそうだ。
政府の仕分け作業もさうだったのかもしれない。
0-111病原性大腸菌の背景にある経済風景。
「鮭は身よりも皮がすきです」と書き添へて命絶つ女性薄き仕合わせ
モノと言葉の関係で、忘れ得ないもの。
いけないわ水泳禁止屋外で蝉鳴きしぐれ放射能飛ぶ
5/20日、福島県で公立小中学校での屋外での夏の水泳が禁止になった。
夏休みは蝉しぐれ、積乱雲、かき氷・・・
智笑




