11,5/3(火)晴れ

さて、また震災から語りださなければならない。

語り継ぐといへば、

「電子書籍」───

89歳になんなんとなさる寂聴さんがとてもモダンな電子書籍で震災の方たちに、

寂聴さん電子書籍で語りかけ「一日一度笑ってください」


Ryuさんは故郷作りかへすてふ御輿も人も流されてけり

村上龍

「僕たちも、日本も少しも揺らいでいない」と。

しかし、これは文学ではない。

もはや、データーを届けるメディアだ。

陸前高田の海の船による勇壮な夏祭りや

あらゆる地域に伝わる祭りの映像や伝承を集めはじめた。


国が國としての形を保っていけるかという存続の瀬戸際、

今までの政府や東電のありようは想定外ではなく問題外。

原発に関しては政治的よりも原子力エネルギーに対しての客観的事実を、

つまり生物でもある人間の人類として生存するための原子力の正しいコストを、

政治的、イデオロギー的yes or noではなく、

接近かただの逃避ではなく、

そうした解が求められている。

これまでの選択肢ではあり得ない、

歴史に対して新しい選択とは何かを猛然と考えなくてはならない。

(高村薫TVで)


ソロー

「我々の目をくらます光は我々にとって闇である」

原子力による光は原爆のときもそうだったが

フクシマにおいてもおびただしい闇を地形と社会にもたらした。

綱を解き放たれた牛は田野に死に身を横たへ、

家屋に冷蔵庫から漂う腐敗の悪臭が充満する。

パンとサーカスとコンビには一見して光のようなものであるか。

便益は光となって社会生活を遍く照らし耀かせる。

光は米国のやうな消費社会とネオンや高速道路や

TVのギャグやショーとなってアメリカににあふれ出し、

一方、イスラムのある部位や地域は闇となって深く地球に取り残された。

深く沈みこんだ自らの闇は、

闇の中で自らの原理を増殖させ、憎悪と悪意となって自らの牙を研ぎ荒む。


「浄土ヶ浜」

松砂に砂は松にと白浜の神声寄する浜の浄土に

船陸に上がりて浜におびただし浄土ヶ浜にかまめ翔ぶ翔び

崖の上に位置するホテルは津波には無事だった。

多くの被災者を部屋に迎え入れた。

窓から見やると渦を巻いて押し寄せてくる津波の塊り。

小さな子供たちの肩を抱いてやり「大丈夫」だと励ました。

海に負けない、景色に負けない接客ができていったらいいですね、

と接客マネージャーの川端さんは淡々と仰った。


弘前や花満開に色づきぬ鳥啼く声の津々浦々に

満開になった。

弘前は桜祭りを自粛せず、北へと人々を誘った。


どんたくは色賑やかに掛け声も道いっぱいに繰り出しにけり

博多どんたく、今日から。

みんな5/3日の日本の出来事であった。


かの喬き欅をわたり来し風かのぼりの鯉の彩りを揉む田谷鋭


11,5/4(水)晴れ

ご愛顧の1200貫寿司食いねへ宮城塩竃粋な店主の

すし屋の店主が日ごろのご愛顧に感謝して

1200貫のお寿司を浦戸諸島の皆さんに振舞った。

4/20日のことだった。5/4朝日新聞。

「うめえって食ってくれ」星裕司42歳店主


Speediの遅れることのはなはだし今さらながら地元飯館

3/16日の段階で情報セットは出来上がっていた様子。

気象、地勢状況、などとともにコンピュータに入れれば拡散情報は図面化され、

15分後には國や対策本部にその放射能拡散地図が届けられていたというのだ。

「本来役立てなければならない情報を」

と細野豪士原発対策統合本部長は。


never die

我々はいけますよ。

おいしいものを、日本食は世界中から望まれています。

高木慎一郎シェフ。

あらゆる風評に対して闘う。

「日本人はどんな状態でも高い水準なものを出してきます」高木シェフ。

「こういう時こそ寄り添いたい」食事中のお客様。

シンガポールレストランで。


耳石器に三半規管加わって船酔ひに似た地震惑はす

下船病というのだ。

船から下りてもまだ揺られているような気分になる。

耳石器は平衡、三半規管は回転に対しての感覚処理。


蝌蚪の水農夫斜めに代田うち

5/8(日)晴れ

田舎物語は5/3日から。

お百姓やらお見舞いやら田舎では間断なく仕事が次へと湧いてくる。

初ツバメが舞い翔び、代田掻きが始まっている。


11,5/9(月)晴れ

眼をそらすことなく人の死を待てり米国といふ国家オバマは

国家という巨大な決断。

ウサマ・ビンラディンの殺害許可、

シールズという特殊部隊がヘリコプターで隠れ家を急襲、

ビンラディンを殺害した。

妻は盾になり脚を撃たれ、ビンラディンは頭部と胸を撃たれて即死の様子だった。

作戦室でオバマ大統領とクリントン国務長官はその作戦の映像の一部始終を見入っている。

眼も表情もひきつるが如く緊張にこわばっている。

(5/1日)

息子20歳も殺された。

粗末なベッドの周りに飛び散る血痕。

まるで不思議な光景である。


回す度別の玉出る民主党おみくじじゃない中部原発

「民主党になってから突然結論だけが先にポロっと出てくる。

しかも、途中の思考形態が全くブラックボックスだ」

米倉経団連会長は不愉快そうに苦言を呈した。

放射能汚染水の海への放出であれ、先にポロっとである。

■首相は浜岡原発について

「大きな地震が起きる可能性が特別に高い」と強調する。

念のために止めるという考え方はわかる。

しかし原発の安全性の判断で大事なのは地震の発生確率よりも、

大地震や津波への対応力が十分あるかどうかだ。


客の一人に春泥の赤い靴(鈴木山聞)

返されし五反歩の溝浚ふとき泥鰌上がりて跳ねてふるさと(大森正道)

マシマロのやうな浮雲すぎゆけばたまゆら翳る春の三叉路(石塚令子)

夏もなお心はつきぬあじさゐのよひらの露に月も澄みけり藤原俊成

満開の桜に明日を疑はず黛まどか

ケーブルカー青葉がなかを下りおりて楽の終らむ如きかなしみ 高安国世


11,5/10(火)晴れ

ランチョンへ下駄を鳴らして坂下る

緑したゝる───

東京でもこれの季節に(火)晴れ曇りへ夕方少し雨


コロボックル、スクナヒコナがをりまして緑のかたにちょこっと留まる

『コロボックル』とは、アイヌ語で蕗の葉の下の人という意味を持つ、

アイヌに伝わる小人族の名前。


「書く」生と死と存在と無と

「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される」漱石

智というものは客観的に存在するもので動かない。

だが数字で追い込めば数字で手痛いしっぺ返しを喰らう。

これに対し情(人)は絶えず動く。

情に棹させば次第にとりとめもなくなっていく。

人々は87%の確率で、という事実や数値の披歴を望んでいるわけではない。

生活や雇用という持続性のある安心もまた望んでいる。

智でもなく冗談でなく情でなくこの内閣の恨めしきかな

私は頭の中のものでしかものを書かない。

曽野は取材を徹底してから物を書く(三浦朱門85歳、終戦時19歳。自分の妻のことを)

「あのころはみな死に物狂いでがんばった」

「死は平等だが、死の訪れ方は平等ではない。

だが死が来たら死ぬだけ、それだけのことだ」


「私がこの世を去ったときあらゆるものが一緒に死んでいく」

(北米ユーコン川のほとりに住んでいるカリブーの末裔と名乗る老人は)


それは地域一体を容赦なく飲み込み押し流し瓦礫と為して支配した。

その時わたしは新しく生まれた。

あるものは自らの起源からの根を断ち切られて風の中に置き去りにされた。

詩──自らを解放する言語を手に入れなければならない。

死と生命をその中に見出すのだ(倉石)。


「亭主の好きな赤烏帽子」

1946W・ユージン・スミス「楽園への歩み」西洋における桃源郷か

ところで少年の日に出会ったマジシャンは少年のブラッドベリに云った

「永遠に生きよ!」

その日から永遠の子ども――

これがレイ・ブラッドベリの枯渇を知らない想像力の源となったのである。

君子蘭すべて阿Qの花の色

ときに退行的であることと、自己愛。

迷走や、運命や、愚かしさ・・・ああ、またaporiaだ。

昔北京にはものすごい愚昧さと堕弱、怯懦や、哀切さがひしめいていた。

根底が無いとか根こそぎにされるとはそのやうなことなのだろうか。

1911、辛亥革命、

1921共産党成立。

「ボロを纏った阿Qは村にも町にもいるし、

ブランド物のスーツを着た阿Qは豪邸でよろしくやっている」

レイ・ブラッドベリと魯迅。

現代の魯迅は。


万城目学

大学3年の時、自転車に乗っていたら正面から風が吹いてきた。

「自分が透明になった気がして、この気持ちを書き留めなくてはならない」

と感じたのが作家を志したきっかけ。

書くという純粋な動機。

「偉大なる、しゅららぼん」学園青春小説の王道狙う。

出会い、別れ、恋愛、戦い、友情といった要素11,5,8


あらゆる断片は、深い森の一部である。

だが写真のフレームに収まりきれない風景が瓦礫となって途切れなく続いている。

決定的である、何かの狭間にあるモノに衝突しつづけるためには移動し続けるしかない。

そして道を踏み迷わないためには枝折が必要である。

「吉野山 去年の枝折の道かえて まだ見ぬかたの花をたずねん」

西行がうたったように枝を折ってつくる道しるべは、

同じ道へ導くだけでなく別の方を教えるサインにもなる。

(港千尋・写真家11,5/8日経を参考に)


エノケンの楽屋明るく花になり慈悲賢僧のそのままになり

1970,1/7日、65歳。

逆縁もあり、脱疽で右足の大腿部を付け根から切断。

しかし、寂聴が楽屋を訪れると慈悲深く笑みを浮かべるようで、

その様子はまるで賢僧に逢っているかの如くであった。

「冥利につきますねぇ」とエノケンは静かに微笑む。

(「奇縁まんだら」11,5/8日経)


夏を旨私の胸や母の胸恋人の胸夏を旨とす

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」(「徒然草」)

中部電力浜岡原発停止に。

暑い夏が来るぞ、おい・・・

電力不足の玉突き、東電に送れず。


智笑