11,5/3(火)晴れ
実家の山梨に向かう前に、震災や原発の遅滞、鬱々のかたはら、
こんな事件も沸き起こった。
痩せた背広姿の男性が地べたに座り、両手をついて謝っている。
生肉の花に見立てて黄味を置くまさかユッケで人死なむとは
病原性大腸菌O-111
子供二人、大人が1人死亡。
「取り返しのないことをしました。まことにほんとうに申し訳ございません」
牛と馬のレバーや馬刺しは今のところ解禁になっている。
ところで原発の現場で働いている人たちに云はせれば、
ユッケがこはくてフクシマの作業ができるか、
と云ふほどに日々の緊張の連続にテンパッテゐる。
アンパンの前で悩める少女かな
季語なし・・・
スーパー岡島で、アンパンやお菓子の売り場の前で悩める少女。
すこし小太りで可愛らしい。
あんまりにもその真剣な態度、まなざしに。
僕はビールの棚の前で悩んだ。
お買い物をして実家へ。
東北に行って来たのと妻いへば「罰当たりメ」とただの一声
じ様にはじ様のちゃんとした普段からの決まりごとがある。
ただの一声である。
「足がちゃんとてへらに歩けなくなっていたのにね、このごろちゃんと歩けるようになってきた」
とば様は妻やじ様の受け応えとは別の話をしている。
何かしなければいけない、
こんなことをしてはいられない、
とばかりに4/2日から東北に入ったが、
あの足元から腰まで上がって来る寒い気候から、
いま山梨では一年で一番美しい季節になった。
じ様の言下の「罰あたりメ」も、ば様の「てへら」も両方とも美しい響きを持った。
「までいに飯食わねえどバチあだっで」
「までい」は真面目にちゃんとで、福島の方言である。
こんな時だからこそ、日本列島津々浦々まで全員が「までい」になんなくてはいけない。
11,5/4(水)晴れ
松の芽掻きをする。
5月の連休の私のお仕事である。
天気は晴朗にして、虫のほんの羽音まで聞こえるほどに清明、
脚立の大小を二つ、土蔵の方から持って来た。
松芽かき土鳩の声の鳴き急ぐ
デーデーポポーと直に啼けば、とほくの土鳩も直にそれに鳴き交わす。
それはさらにとほいところの一羽にも届いてやがてそれぞれに鳴き声を交わすのだった。
松芽掻き松天辺の二十四時
下枝の方から、上の方まで順繰りに松芽を掻いてゆく。
小指から人さし指ほどに育ったまだやはらかい松の芽である。
松のてっぺんの方は脚立が間に合わなくなる。
木の幹をたどり、てっぺんによじ登り顔を青空に突き出す。
お山の大将になった気分。
鳥の声、虫の羽音、この24時がわたしの誰にも侵されない天下の24時となった。
松葉散る松の緑の伸びにけり(子規)
これは正岡子規の句である。
白躑躅天女のまさに降りむとす
真っ白な花片の中に、その蘂の辺りに、
清楚な白のたたずまいにさらに白なる天女の如きが馥郁と舞い降りてくる。
今まさに天女降り立つ白ツツジ。
この庭といへどもすべて驚嘆させるものばかりだ。
藤房の揺れて配達夫の来たり
バイクに乗って門から庭に郵便配達夫が入って来て、郵便受けに郵便を入れた。
玄関わきの藤の房がおおきく揺れた。
アイリスも牡丹も紙の薄きまで
つくづくとよくできている。
アイリスはジャーマンアイリス。
少し大きめで風情はいまいちだが。
アイリスや牡丹の扁ひらに蝶の扁片ひら
牡丹咲ゐてみーんな家を出はらいぬ
これはニュースで見た福島の原発の避難区域のお宅の庭先で。
牡丹咲ゐてe⁻時間の始まりぬ
e⁻は電子、原子が自由電子や放射線を出して崩壊してゆくさま。
原発に関しては人類はこれから地質学的時間と対峙しなければならなくなった。
新嫁の植ゑし牡丹といふまゝに
孝枝さんがお嫁に来たとき植えたのだという。
きれいなものだ。
きれいに散りかかっている。
草笛やカラスノエンドウ兎の眼
除草機を回しに出かけたブドウ畑の脇に、
カラスノエンドウがびっしりと咲いていた。
花はうさぎの眼のように中が赤紫に、花が終わったものは次々と緑色した莢を付ける。
ば様と妻と私は縁石に腰をおろし、おやつの時間とする。
妻が草笛を鳴らし、ば様も草笛を鳴らす。
吹きかはす草笛の野にあまりあり
集落は畑や野のかなたにある。
縁石に腰を掛け、私らは脚を子供のやうにぶらぶらさせる。
彳てき亍ちょくと虫愛めずる鳥逃げもせで
除草機は激しく土を回転させ振り撒く。
除草機は熱くダイナモをうならせ、音は激しくうるさい。
すぐ傍らに鳥たちが舞い降り、ついばみ、尻を振り、彳亍する。
一向に逃げるそぶりも見せないのである。
夕燕軒を掠めて塒へと
そんな時間になると、農夫は鍬などの農具を水端で洗い、
土蔵や、母屋や、家の外の村道などにツバメが低く、あるいは掠めるやうに飛び交してゆく。
「口」
故郷の地に降り立ちて回り視る復興委員口さがなきを
口さがないのはどちらだ。
地域はみな自分のエゴを露わにしてきている。
復興会議議長の五百旗頭さん、他に安藤忠雄さん、玄侑さんなどのお顔が見える。
みな神妙そうに地域の人たちの話を聞いている。
大義もそれについての行動も、それぞれの国、地方地域のローカルな状況と論理で動いている。
今はひたすら聞いて回る時期に当たる。
復興会議は資金や法理まで強力に手立てすることができるのか。
「親鸞は父母の孝養のためとて,
一返にても念仏申したること、いまださうらはず」
弥陀の本願がすでにさうだからということのみにあらず、
親鸞のひとへに平等主義に基づいた公の概念が遍く知ることができる言葉でもある。
今さらながら「公」と「私」が合いせめぎ合っている。
「有事即応に対し、政府の権限を拡大し、国民の人権を制限する」
現憲法の限界も見極めなければならない。
最低の文化的生活や、居住権や、財産権、自由で幸せを求める権利など、
全員や全体が幸せで持続可能な社会のためには、
またそれらを実行するためには措置法も含めて新たな法律の制定が必要となる。
11,5/5(木)晴れ
この「口」は別の口になる。
妻のおかあさまのお兄様は脳梗塞で手足が不自由に、車いすに、
口もきけなくなってしまった。
介護施設にお見舞いに行った。
故郷は口なきひとの頭つむ抱けば温かきもの胸にしみ出る
1階がデイサービス、2階、3階が介護施設になっている。
3階に正孝さんは入院なさっていて、
脳梗塞の発症の後、口がきけなくなり、
お顔色はずいぶんと良くなられたが、すっかり言葉は失われてしまった。
ばさまは車椅子に乗ったままの正孝兄さんの髪も薄くなった白髪頭を胸に掻き抱き
「元気だった、元気だった」
と喜び頭を撫で回すやうにする。
こちらが話しかける言葉はあらかた理解できる様子だが、
口から話すことができない。
ウェルニッケは機能しているがブローカー言語野が立ち上がらないのだ。
頭をかき抱くと胸に湯の如き温かきものが涌きい出てくる。
栄養失調で顔や体が浮腫んで、口がきけなくなったと思うともう翌朝には死んでいた。
兄さんの周りにはいっぺ死んだ人がいるんだ。
寒さもあった。
小用なんかする端から凍っちまう。
シベリア抑留で過酷な2年半。
周囲の仲間も朝起きるたんびにぽろぽと亡くなっている。
口をきけなくなったらおしめへなんだ。
正孝兄さんのまわりを二人の幼ながようやく使い始めた言葉で飛び跳ねている。
だから口をきけなくなった正孝兄さんにもう文字の自由を与える。
文字は二人の小さきひ孫に与へられ、
文字はますます記号に近くなってそこで意味を失った。
だが正孝兄さんの労働により節くれだった手は
車いすに乗った自身の丁度腰骨の上あたりで頑固に硬直して
エネルギッシュに凝り固まっている。
そこで、突然自由になった文字はひ孫の二人に渡された。
自由になった文字を得た双子の兄妹はベッドの上でとび跳ねたり、
意味不明の会話をしたり、
床に降りて近くのキャビネの引き出しを開けたりしていた。
正孝兄さんの眼はそれらの二人のひ孫の一部始終を追い、
如何にも満足そうであり、
体が不自由とは云へ、ここまで生きながらえたことさへ奇跡のようなことであるから、
妻から手渡された今朝揚げたばかりの蕗の薹の天ぷらをさも待ち遠しかったとでもいうやうに、
もどかしげに不自由な指でつまんで口に放り込んだ。
全くそれも二つもである。
もう車の運転もおっかなくてだめだな。
前を向いての運転は何とかだが、
横を向いたりすると隣の車がなんだかがしゃがしゃしてとっても駄目になる。
対向車が来たりするともう車を止めて待っているしかない。
お見舞いの帰路、ば様が車の中で「がしゃがしゃ」と云った。
「くちさが」、よりもこちらの方言の方がよっぽど面白い。
柏餅二つ目を食べ聖五月
じ様の口は幼児の如きになった。
我慢も何も二つ目をぺろりと食べてしまった。
ば様は少し心配する。
こちらは食べる「口」。
パーキンソンかかる夕べに現はれて口が痺れるグラスを置きぬ
喋っていたのに体の中からパーキンソンがぬっと現われた。
口が少し歪むようで大きく開けられない。
唾が足りないようで乾いた唇は土偶のように中が空洞にみえる。
薬が切れたみてえだ、と飲みかけていたビールのグラスを炬燵の上の飯台に置いた。
背もたれに背をのせて、両膝を胸に引き寄せるようにする。
利恵子さん、水をくれますか。
手の平にカプセルの薬を2錠出した。
一つはパーキンソンの薬で、もう1錠はその薬の効きを持続させるための薬だということだった。
喋るのがやっとでそれも億劫な感じになった。
近所の久さんは久しぶりだからと夕食にお呼ばれに来たのに、
薬が切れてきたみたいで突然途中から不思議なマリオネットのやうに、
身体が少しくこわばって来た。
ひどい時になると、寝ていても、枕元の薬にも手が届かなくなると云ふのだ。
自転車のペダルを早く漕げ少女夕陽が落ちる一本道を
少女が一本道を一生懸命家路をさして自転車をこいで行く。
背中に夕陽が差し掛かり、少女は一人ぽっちで見ている私の方が焦ってくる。
藤房にまつわる風の色々に
藤房に鐘が鳴りゆく夕茜
揺れるたび韻陰と鐘の音が錚々と漏れ出るやうだった。
夕暮れが迫っていた。
パレスチナファタハ、ハマスの和解せり中東の春ここに萌せり
武倒派ハマスと穏健正統派のファタハの和解。
イスラエルの打撃
「和平の強大な打撃だ」(ネタニエフ、イスラエル首相4日)
いまはエジプトにも責められ、
トルコからも責められて、四面楚歌の様子に。
11,5/6(金)晴れ
お百姓さんの続き。
ビンラディン2号の形なりで現はれて李すももの摘果てっかすると云ふなり
義兄さんはそんな冗談を云いながらお茶をいただいた。
じゃあこちらさんはラディンの2号さんか1号さんか、
などと妻はふざけて自分の姉のことをからかう。
義兄さんの帽子からは南方の兵隊さんが被る帽子のやうに
後頭部から両の耳の辺りを覆うようにベールの布切れが下がっている。
じ様は健康チェアに背もたれて柏餅を一つ食べた。
けふのは白餡だった。
陸奥に青葉繁れる大学に挑戦の日々遅れ馳せなむ
東北大学の入学式が遅れ馳せて今日になった。
総長の祝辞にこれから日本は日々挑戦の日が続く。
それぞれの分野で日々研鑽して皆さんには問題解決のリーダーになってくれることを期待する。
天皇皇后陛下が岩手釜石などに慰霊に。
夕暮れに神に満たされて身を屈め(パウル・クレー)葡萄の棚の下ゆく農夫
義兄さんは陽が落ちかかって夕暮れ近く、
薄く灰色がった真実の中で、
出かかったばかりの葡萄の房の摘果や新芽の誘因を行っていた。
葡萄の蔓の行方はもはや文字では表せ得ない。
文字、意味よりも造形に引かれたりする。
我々が叡知の星々にたどり着けるかどうか(「パウル・クレー」11,5/1日経)である。
搗きかへすと平らな味噌になる。
圧力鍋だと汁を煮零さないように注意して。
山に分ける。
みんな味噌とおこうこうで大きくなった。
出征は氏神さんで式をし送り出した。
何ちゅうことずらか、あれ、出かけちまった。
七人目の女が生まれちまったか。
正昭の時は「太郎さんが生まれたか」
いよいよ皇太子が生まれたと喜んでた。
お産婆さんも「はぁー、安気した」と云った。
正昭か、そりゃー大きいわがままさ」
──────
みんなば様の独り言である。
ひ孫見せに老ひたる人にgemmation
弥生ちゃんはじ様ば様にひ孫にあたる大晟くんを見せに行った。
ようやく3カ月といったところか。
葡萄の蔓の誘因が忙しくなってきた。
芽吹き、芽生えの季節になった。
隆正とちゃこちゃんも夜中過ぎに車で出発。
やれやれである。
娘が高知への仕事から戻って来た。
高級鰹節を土産に。
遅ればせながらまた母の日を祝った。
Gemmationは渡辺貞夫さんの新曲、
「芽吹き」という意味合いで東北の震災地に向けて未来への希望を語った。
蝌蚪かとの水農夫斜めに代田うち
田植えの季節がやって来て、代田の水面がアメンボウに光った。
智笑