11,4/28(木)晴れ
鐘鳴らす石の棺に陰陰と25歳とせの鐘の数ほど
(4/26日)、チェルノブイリのあの日から25周年になった。
世界から主だった人たちが集まり、胸に手をあて、深く考えた。
その人たちの上にも韻陰と追悼というのか、平和への願いとでもいうのか
25回の鐘の音が打ち鳴らされた。
ロシアの大統領のメドベージェフは原発維持の考えを明示している。
陸前に桜が咲いて悔やみゆく合同葬儀49日の
お寺に入りきれない人たちが1000人ほども境内で。
区切りは付けられないですね。
でも忘れてはならないことです。
NHKニュース
○☐△似てゐるODA少し削って東を助すく
「情けは人のためならず」とはいうものの背に腹は代えられないのではないですか。
ODAの文字の形と○☐△は似ていると思ったのだが、
とかく人生は○☐△ばかりかその間に×も入って来る。
人間関係も世界との関係もしょっちゅうそのようである。
しかし、貧であっては何事もできない。
まずいくらかでも豊かになってまたODAにせっせと協力すればいいではないか。
リアルを知らない学者さんの云うことは今さらながら埒もない。
まずは同胞の「東」を助けるべきが先行だ。
その弊に学ぶのならばいまだしも襟正し今石割桜
陸奥の石割桜は石を割ってその通りに花を咲かせるのださうだ。
岩手山には雪がキラキラ輝いている。
あの少女もっこを担ぎ姉妹てふ田老の坂に神話生まるゝ
結構な坂の上に鎮座する神社のほとんどは健在した。
生き残った年寄りは神社に集まり、ささやかな供物をお供えして二礼二拍手、幸はう事を祈った。
中学生と小学生の姉妹は年寄りのためにお弁当や何やかや下の集積所から上に配達して回る。
好きだから、この村も人もみな好きだからと云ふ。
1㌦に群がる人のNY(郊外など)ファミリーダラー消費ストレス
消費者は最高にストレスを感じはじめた。
ガソリンをはじめ物価が上がり始めたのだ。
バーナンキ政策は富裕者には資産価格を押し上げることで効いているが、
低所得層には恩恵はまったく及んでいない。
NY版“100縁ショップ”。
みんなが等しくかけがえのない一回性を生きているからこそ、
同時にそれが等しく無価値にもなることもある。
「わたし」というものはほとんど無限に存在している。
無限に存在してきた人間のなかの一例でしかないわけで、
圧倒的なその感触を踏まえるところからでしか、
「わたし」の唯一性は立ちあがってこない。
なんであれ、自分の行動を裏付けている動機を常に疑うこと。
スキップして陸奥に行く愛よりも親切がいい春に汗ばむ
ボランティアにあまりの渋滞も重なり御断りが出るところもあるらしい。
ボランティアの治癒のタイムは終わって、いよいよ雇用の季節に入ったというわけだ。
愛だけというわけにはいかない。
長谷川櫂・俳人
僕は東京・有楽町駅のホームで地震に遭った。
間もなく東北地方に巨大な津波が押し寄せ、すさまじい被害をもたらしていることも知った。
その日の夜から短歌を作り出した。
作ろうと思って作ったわけではない。
自分の中からわいてきたのが短歌だった。
紀貫之は古今和歌集の序文に、
この世のありとあらゆるものを言葉にするのが歌だということを書いている。
僕は彼の考えを信奉する。
必ずしも風流事ではない。
余生の慰み事でもない。
軽みとは枯れ切ったるというこの上なく重いものをさへ歌事にしてしまう作業。
(俳人 長谷川櫂11,4/28日経)
詩歌言葉を鍛錬覚悟しておく必要が感じられる。
つまり只事ならぬ俳句観、短歌観ということだろうか。
日本人の心の底で眠っていたものが今、揺り起こされているともいえる。
櫂さんのその日の有楽町を思い起こして───
あいませう有楽町で待ち合わせ地震の揺れにわたしあたふた
てっ辺の頭の呪文ゆすられて南無阿弥陀仏墨染にゆく
天空に棲む誰が棲む人が住む登りてみれば蕨生え初む
青梅の奥の日野のさらに山奥の、これ以上ないという山のてっぺん近くに、
人が住んでいる。
地下の穴倉に古いワインを寝かせ、
風渡るなかをそれこそ仙人のやうになって棲んでいる。
こっちも天辺である。
すべての被災地も含めて、人はどうしてそこに住むやうになったのだらうか。
ある種の選択性を奪われたところに故郷が生まれる。
そして、それは血肉のやうに欠けてはならないものになる。
11,4/29(金)晴れ
「昭和の日」大安祝日である。
農鳥が鳥海山に浮かみゆく春告げ笛の黒川辺り
舞ひゆかな父祖三代の能舞台手に桜持ち足踏み鳴らす
困難に立ち向かえる勇気を持てますように。
時間がゆっくりとぐるりと回ってゆく。
なんだか思わず泣いてしまいましたね、
とその踊り手の28歳の1児の父親になったばかりの若者は。
父祖の時代のずっと前から黒川の地には古いお能が伝えられている。
季節はそのやうにして鳥海山の麓の村にゆっくりと廻っていく。
英国に花嫁が立ち馬車に乗り白馬の騎士に連れて行かれぬ
英国皇子の普通の女性との結婚式。
ウェストミンスター寺院で。馬車は4頭立ての白馬に引かれてバッキンガム宮殿に入られた。
すべては古式にのって威厳にも満ちたもので、
古いお目かしの兵士たちは武ばって馬の騎乗に背筋を伸ばしてゆく。
エリザベス女王のゆったりとした齢老けた笑顔、
女王を馬車の先で手を貸す王君ケンジントン公、
God bless you with people なのでありました。
楽天の杜の都に帰り来てマーくんが投げ星野監督
楽天の本拠地仙台。
星野監督も勝って思わず一安心の表情。
「いつもより勝つという気持ちが強かったです」マー君。
みんな、それぞれの仕事を。
失ひし桜見にくるぽっかりと空の青さに心とまどふ
北上に桜並木の笑みさして岩手の山の白くかぎろひ
花見して解雇忘れる落ち着かず
熊野からメールがありて歩きつる歩数を告げて酔ひのほのほの
そうこうしているうちに熊野からメールが届いた。
穂苅さんは中辺路から熊野古道に踏み出した。
天気よし、人もまだら、快適に飛ばして5時間ほどでどこぞまで走破したらしい。
宿からのメールである。
地のものをいただいてお酒も頂いて、こころまことにほのほのと、
結局3度ものメールのやりとりとなった。
「古今集」
つるかめもちとせのゝちはしらなくにあかぬこころにまかせはてゝむ
ぬねるよのゆめはなみにもあらなくにたちかへりても人のみるかな
ほとときす人まつやるになくなれば我もうちつけに恋まさるなり
なけきつる山と我身のなりぬればこころのみこそいとなかりけり
東北に復旧が進んだ。
まずは東北新幹線が5月の連休前に間に合った。
カモの嘴はし音無く駅に滑り込む緑したゝる陸奥になる
29日に東北新幹線の復興全線開通。
鯉のぼり瓦礫の街に上がります子供の声の素直に嬉し
遠くからの人たちに頂いたので嬉しいです。
鯉のぼりに負けないように頑張りたいと思います(29日)。
ミドルトン普通の女性ひとのシンデレラ魔法の杖に国舞い上がる
1981年のダイアナ妃の慶事以来のお盛り上がり。
NYタイムズスクエアーで、豪州で、宇宙STで祝福の歓声が上がった。
イギリスだけで100万人の人出だったとか(29日)。
さすがにけふは反政府デモも静かになった。
幸も不幸も、悲喜こもごもも、おそらくは善と悪ともないまざって世界は進行していく。
4/29
God bless you with people と英国皇太子とミドルトンさんのめでたい結婚式があって、
その前にアメリカでは竜巻が起こり、
アラバマに竜巻起こり瓦礫がりゃくする途方に暮れる空放心す
300人以上の死者が。
29日にオバマ大統領が夫人を伴って視察に、必ず復興すると。
世界のいたるところで必ず不幸が。
しかし、その一方で米国では重大な作戦が進められつつあったのだ。
4/29日にその「作戦」の実行を許可した。
オバマ大統領は
4/30日の夜はホワイトハウス担当記者との懇親の晩餐会に出てジョークを飛ばし、
5/1日はゴルフに出かけていた。
※人が殺される瞬間を見ている・・・不思議な光景である。
眼をそらすことなく人の死を待てり米国といふ国家オバマは
国家という巨大な決断。
ウサマ・ビンラディンの殺害許可、
シールズという特殊部隊がヘリコプターで隠れ家を急襲、ビンラディンを殺害した。
妻は盾になり脚を撃たれ、ビンラディンは頭部と胸を撃たれて即死の様子だった。
作戦室でオバマ大統領とクリントン国務長官はその作戦の映像の一部始終を見入っている。
眼も表情もひきつるが如く緊張にこわばっている。
(5/1日)息子20歳も殺された。粗末なベッドの周りに飛び散る血痕。
5/1日(日本時間5/2日)演説。
ビンラディンは「米国の作戦によって死亡した、
米国民と世界に報告する」
「偉大なアメリカ」(英キャメロン首相)
「すべての民主国の勝利」(仏外相)。
米政府はこの情報をパキスタンを含む関係国と共有せず、極秘で進めた。
グランド・ゼロに集まった人たちは
「長年待ち望んでいた日が来た。アメリカを誇りに思う」
かって9.11事件の直後「生死を問わず捕える」とブッシュ前大統領は宣言し、
「正義はなされた」とオバマ大統領は演説で述べた。
無差別殺人に手を染めたビィンラディンは犯罪者であって、革命家ではあり得なかった。
ビィンラディンは「アラブの春」に的確なメッセージを出せず、
イスラムの中でも置き去りにされた。
抵抗して(抵抗したとされる)撃たれ、自分の息子も道連れになった。
今日来るを固く信じて閉じこもる頭蓋撃たれてビンラディン死す
人殺す人殺される正義とはかくもむつかし水に流さる
死体はその日のうちにすぐに水葬に付された。
We got him.The justice has done,
しかし、わたしたちは引き続きパキスタンとの連携はmust continueしていかなければならない、
とクリントン国務長官は。
This ia the good day for America.正義はなされた。
アメリカにとってよいことは世界にとってもいいことなんだ・・・。
けふの日が確かに来ると祈ってたけふか明日かとアッラーの神よ
脚撃たれ妻はラディンに縋りしか貧しき家に人棲まふなり
周囲に比べたら高い家屋なのかも知れないが、
逼塞していたというのにふさわしい何にもないそっけないほどの家屋に見える。
365日、何年もこの家族たちはなにを日々よりどころにして暮していたのだろうか。
悪は悪でも、父親が犯罪者でも、家族は普遍的家族だ。
「9.11」からちょうど10年、
おりから日経新聞の「私の履歴書」に寄稿していたブッシュ前大統領の筆が4/30日で完結、
「大統領といえどもいつかは口を 閉ざし、静かな時を過ごすべきだ。
今、自分はそうした時の中にあると感じている」として、
「私が判断して決断してきたことは、トルーマンやほかの大統領の決断と同じく、
いつか、歴史が判断してくれるだろうと思う」
と述べて筆を擱いた。
同情や称賛がやがでその独断専行に対して世界からの批判の対象にかわり、
米国の一極から世界は経済も含めて多極化の時代に一気に踏み出した。
ベトナム戦争のときもそうだったが、米国に大きな財政赤字を残し、
リーマン・ショックもある意味ではブッシュ大統領の住宅減税主義の所為もあろうかと思われるが、
いまや青息吐息の債務残高に沈み込んでいる。
ベトナム戦争の時は通貨が金本位制から離脱、
戦後のブレトンウッズ体制はもろくも崩れ去り、その後、世界は変動相場制に向かった。
ブッシュ前大統領の時代はアフガンからイラクへ、
それから“ならずもの”北朝鮮をめぐる熾烈な外交での戦略、
その上グルジアのオセチア州の独立に軍事介入したプーチン首相との冷たいやりとり、
など、正義と民主主義を振りかざし、世界の警察官よろしく振舞ってきた。
なにひとつ世界史を作ることにかかわって来なかった日本の「9.11」以降の歴代の首相に比べ、
強大国米国の大統領としてよかったのか悪かったのかはともかく、
たしかに米国がここのところの世界史を形作って来たことは確かだ。
とまれ、アルカイダの首領ウサマ・ビンラディンは死んだ。
正義はなされた、とされる。
しかし、Quo Vadis 、世界は新たにまたどこへ向かおうとしているのだろうか。
倉石智證

