11,3/28(月)

五百樹どの

放射能ってひつこいんだね。
ところでおらはちょっと東北へ行ってみようと思う。
この眼に直にやき付けたい。
かぁちゃんと出かける予定。
金曜日4/1日、午前中───
戻って来るのは月曜日。
貴兄のご予定は如何に、
よかったら請う、道案内。
千昌夫唄う春来い春よ来い北国の春辛夷花咲く
陸前高田市出身
忘れてた桜花咲く靖国に陸前高田今朝は霜を置く
7:25分ころ、震度5弱の地震が宮城県沖に、津波警報は50㌢と出された。


11,3/29(火)

えぐべえ、えぐべえ、
実のところおいらもなんしに行くのかわがんねけれど、
とにかくえぐべえ。
しかし、それにしても前線にへばりついて日々頑張っている人たちって、
えらいね。
東芝の人たちも100人くらい行ってるということらしいが、
花巻の人たちも、田老のひとたちも、みんなみんな、
そして前線の小さな基礎的地方自治の首長さんたちもえらいね。
ほんとになにしに行くのかわがんねけれど、
でも、行くべえ。
寄る辺なき人に出会へはその人も寄る辺が無くて春の雪降る
今日は国谷さんが東北の被災地に入ったドキュメントをニュースに


11,4/1(金)

涙もろくなっちまったね。
明日早くかみさんと、五百樹くんと連れだって、
陸奥に「無常ということ」を確認しに行ってまいります。
避難所の皆さんは野菜不足で便秘気味というので、
八百屋さんでたんと野菜を買いました。
花巻あたりでも野菜は手に入りにくいのだそうです。


では、
行ってまいります。


11,4/7(木)

高宮さま
伊藤さま
高橋さま
佐藤さま


東京では桜がもう満開になりそうです。
季節はまったく無頓着に流れてゆくようです。
それにしても避難所の寒さはなかったですね。
あれから釜石の方でもお世話になり、
つぶさにJCのパワーと組織力、
若者たちの再生への希望とエネルギー感じたものですが、
陸前高田に降り立つと、その巨大な無の前に一瞬たじろぎます。
膨大な空の広さが気になるばかりでした。
青空の、ときにふと雲間から降りかかる雪の風花のあはひに、
そこかしこに善なるものと邪悪なるものへと風化しつつあるものが
せめぎ合っている。
もはや、逃げるわけにはいかない。
博物館のまへで立ち止まりました。
モノはついには滅びて究極には無くなってしまうものかもしれませんが、
記憶、や思い出、さらに人々の語り継がれてきた思ひは、
それでも永遠に地上から消し去ることはできません。
ひろやかな記憶の場所を、
広やかな記憶を組織するモニュメントを、
子々孫々まで語り継ぐべき碑を、
地に深く打ちたてて、再生のよすがにするしかありません。


越後には福島の原発から逃れておいでになったご家族が、
最初は全員マスクでお目にかかり、
ぎょっと驚かされた次第ですが、
奥さまは脊椎損傷の車いす、
小4年生のお子様をかかえ、その難儀は知るべきもありません。


車を走らせると、確かに列島はつながっている。
元気なところが再生の手助けができたらいいなという思いが、
列島中に溢れて来たようです。
三春町の玄侑和尚さんが、日本人の仏性が目覚めた、
と仰ってましたが、
おそらくそんなものなのでしょう。
それぞれが目のまえのことに頑張る。
余計なものがそがれて、心底生きるという原点に帰る。
ある意味ではありがたいことです。


五百樹どの、お付き合いありがとうございました。
高宮さま、リーダーシップ、声かけ、素晴らしかったです。
伊藤さま、すばらしい見守り、拝見しました。
高橋さま、無精ひげがますます精悍にたのもしく見えました。
the torch has been passed to a new generation(ケネディ)
陸前高田の次なる行政の旗頭になるべく頑張ってください。
佐藤さま、今こそまさしく産官学の連携が必要とされているようです。
各地域、自治体にサポートすべき“目利き”、強力な構想力者が必要なようです。


津波も自然の一部、押しとどめることができなかったように、
列島を北上していく桜前線も押しとどめることはかないません。
平泉から宮沢賢治まで、
固有の文化をいただく東北は不滅です。
みなさまには健康に留意して、無理をなさらない程度にがんばってくださいませ。
とにかく、ありがとうございました。
花なればまたひと歳を花咲かむ


11,4/10(日)

こころアロハ、
こころ「故郷」、
こころ「宮沢賢治」、


味噌と少しの野菜を食べ───
でしたね。
何を持っていったらいい、て尋ねたら、
野菜が足りない、
陸前高田中学校の避難所ではまだ800人もおられて、
おにぎり、パン、乾麺の類、
便秘になってしまうのだそうです。

お風呂は自衛隊の方が設営してくれた施設で、
でも1カ月に一人1度のペース。

こころアロハが必要なんです。
心が折れそうになっている。
歌が必要なんだと思います。

陸前高田幼稚園の園児が今日ようやく卒園式。
「あんなこと、こんなこと、あったでしょう・・・」
そして、幼稚園はしばらくの間休園になります。
親たちはみな子供のペースに合わせて生活を組み立てたり、
頑張ったりしていく。
別の小学校ではランドセルが大量に泥にまみれて置かれたままになっている。
親たちの時間子供も止まってる「行ってきます」のあの日のままに


11,4/12(火)

花が咲いたというのに
ランドセルも真新しいのに、
なかなか落ち着かない日本列島だ。
いったい地面の下ではどんなおしくらまんじゅうをしているんだろう。
退避所の方たちは本当に大変だ。
もう、奇妙頂礼、
お祈りするしかないですね。
鯰さん、鯰さん、
どうかおとなしく治まってください、
おねがいします。


11,4/15(金)

「自粛せず」───


春や春、
ですね。
ほうやれ、ほー、
ですね。
じつに春は一年で一番美しい季節です。


今年も実行いたします。
縄文式焚火を魚野の河原で盛大に。
蛸を焼きます。
肉も頬張ります。
そして、夜は夜を専らにします。
蕗の薹の天ぷらの青緑を愛で、
舌に春の苦みを味わうのです。

今のところ、
東助先生、和田不老、五百樹くん、義憲くん、の参加が決まっています。

いかがでせうか、
御用とおいそぎでなかったら、
魚野川春のサミットにぜひごろうじろ下さいませ。
春や春佐保姫の裾霞たち


11,4/17(日)

原爆の時も、
「水ヲ下サイ」、
原発の時も、
「水を下さい」、
東京でも、一時、
「水を下さい」…
でした。


けふはどうもお疲れ様でございました。
かにかくに花に疲れ、
わたくしは机にちんまりと座り、
あるこほるといふ水を、
またたはひもなく呑んでしまふのでした。
しかし、こんなときに、
ただならぬ後悔とともに、
ああ、ほんとうに科学が欲しい、
と思うのでありました。

森本五百樹くんは東芝で昭和48年時、
福島原発の1F3の設計に携わったとかや。
酸化ジルコちゃんが水蒸気に触れるとどうも水素を発生して、
いたく傷ついてしまふとか。


全くさっぱり分かりもうしません。
ああ、こんなとき高校の時に、
おしべとめしべばかりではなく、
もっとしっかりとH2Oのことなどを勉強しておけばよかったな、
などと、
ほんとうにかへすがへすも残念なことでありました。
言とへば唇ぬくし花に風
北国に早く春よ来い、
といったところでせうか。


11,4/17(日)

夢はいつもかへっていった…
ですね。
今考えたら相当に古い学校で教室の机、
50人くらいの教室だからたいしたものだ。
席順はおもしろい。
それで思い出す人もいる。
山口利幸くんは1学年の時同じクラスだった。
白皙でお習字がうまかったなぁ。

お待ちしております。
今年は雪が多いから、獲物は蕗の薹くらいでしょうが、
まあ、せめて、さんざんに燃やしましょう。


11,4/19(火)

松島の牡蠣が生き残ったようですね。

よかった、

よかった。

松島のカキ種牡蠣の生き残る浦と海の子カキ生き残る


11,4/20(水)

えらいねへ。
がんばっている。
少しずつ、少しずつ、復活しているみたいだけれど、
陸前高田でまだ500人くらいが高田中学に避難。
桜は咲いてもまだまだ大変だ。
集団的、協同的最前線の現場。
市長さんは大丈夫か。
白砂、青松…7万本の松の1本が残った。
あそこの茶色の歴史資料館もあの辺り一帯も残してほしいよなぁ。
アーカイブスして陸前高田のポンペイにする。


とにかく2日の縄文式焚火には待ってます。
釣れない、釣竿も持参してね(笑)


11,4/21(木)

欠落す花は北へとabsent
決まりかけた就職のこと、
気仙沼旧本吉町では病院の医師までついに耐えきれずに居なくなってしまった。
三春には梅桃桜鳥花に
三春にも咲いたやうですね。
それが陸前高田にも、もう咲いたやうです。
人々は丘の上のお寺に上がり、
読経の声に街を、海を眺め祈り、
それから故郷を合唱したそうです。


「亭主の好きな赤烏帽子」

倉石智證