11,4/2(土)、花巻温泉に入り、

JCの東北ブロック会長の高宮さんの案内と、

JCの伊藤さんの運転で、東京から運んで来た少々の野菜を積んで陸全高田に向かった。


(倉石智證wrote)


高宮さま
伊藤さま
高橋さま
佐藤さま


東京では桜がもう満開になりそうです。
季節はまったく無頓着に流れてゆくようです。
それにしても避難所の寒さはなかったですね。
あれから釜石の方でもお世話になり、
つぶさにJCのパワーと組織力、
若者たちの再生への希望とエネルギー感じたものですが、
陸前高田に降り立つと、その巨大な無の前に一瞬たじろぎます。
膨大な空の広さが気になるばかりでした。
青空の、ときにふと雲間から降りかかる雪の風花のあはひに、
そこかしこに善なるものと邪悪なるものへと風化しつつあるものが
せめぎ合っている。
もはや、逃げるわけにはいかない。
博物館のまへで立ち止まりました。
モノはついには滅びて究極には無くなってしまうものかもしれませんが、
記憶、や思い出、さらに人々の語り継がれてきた思ひは、
それでも永遠に地上から消し去ることはできません。
ひろやかな記憶の場所を、
広やかな記憶を組織するモニュメントを、
子々孫々まで語り継ぐべき碑を、
地に深く打ちたてて、再生のよすがにするしかありません。


わたくしはあれから磐越道を通って新潟へ出てそれから越後湯沢に向かいました。

マンションで郡山から避難なさっているご家族と会うためです。

マンションのロビーには福島の原発から逃れておいでになったご家族が、
最初は全員マスクでお目にかかり、
ぎょっと驚かされた次第ですが、
奥さまは脊椎損傷の車いす、
小4年生のお子様をかかえ、その難儀は知るべきもありません。


車を走らせると、確かに列島はつながっている。
元気なところが再生の手助けができたらいいなという思いが、
列島中に溢れて来たようです。
三春町の玄侑和尚さんが、日本人の仏性が目覚めた、
と仰ってましたが、
おそらくそんなものなのでしょう。
それぞれが目のまえのことに頑張る。
余計なものがそがれて、心底生きるという原点に帰る。
ある意味ではありがたいことです。


五百樹どの、お付き合いありがとうございました。
高宮さま、リーダーシップ、声かけ、素晴らしかったです。
伊藤さま、すばらしい見守り、拝見しました。
高橋さま、無精ひげがますます精悍にたのもしく見えました。
the torch has been passed to a new generation(ケネディ)
陸前高田の次なる行政の旗頭になるべく頑張ってください。
佐藤さま、今こそまさしく産官学の連携が必要とされているようです。
各地域、自治体にサポートすべき“目利き”、強力な構想力者が必要なようです。


津波も自然の一部、押しとどめることができなかったように、
列島を北上していく桜前線も押しとどめることはかないません。
平泉から宮沢賢治まで、
固有の文化をいただく東北は不滅です。
みなさまには健康に留意して、無理をなさらない程度にがんばってくださいませ。
とにかく、ありがとうございました。
花なればまたひと歳を花咲かむ


(松藤あやこwrote4/8)

双葉町へ3年続けて演奏に行っていました。
町中が 埼玉へ移ったと聞き、携帯へ連絡しました。
電波は落ち着いたころでしたので、話すことができました。
その夫婦は娘さんの家が吉川にあり、息子さん家族と6人で
そこに避難しているとのこと、音楽仲間でしたので4日に
銀座タクトでのライブに声をかけてみました。


2日後 何かしたくても何も出来ない気がめいるばかりの毎日なので、

出かけてみますと連絡があり 当日お目にかかれました。

それはそれは 涙を流して私達のステージを観ていらっしゃいました。
かれらの自宅は原発から3キロ ダチョウ園をやっていまして

そこは原発から6キロ───

全て置いて もちろんダチョウさんたちも 

かわいそうなことになっていますね。
ステージから思わず お二人を紹介してしまいました。

会場中暖かい応援の励ましと拍手がありました。
こころアロハをおくりました。

次の曲はもちろんお二人のために


その後息子さん家族は熊谷の県営住宅に抽選であたり、

二人の学校も間に合ったようです。
日本の中には沢山の姉妹都市があります。

お互いに協力しあえると良いですね。
少しねじが緩んでいた日本 

今 全ての人が少しずつねじを締めなおして
一歩を踏みしめ 一歩を踏み出す。



(森本五百樹wrote4/9)元東芝勤務、昭和48年、福島原発1の3号機の設計に携わる。

松藤 様

音楽は一体感を作り出しますね。
こうして輪が広がるのが一番です。
今、もう一度原発の経緯を追いかけていますが、
わからないことだらけです。
どうしてこんなに対応が後手後手に回ったのか
新聞情報だけでは、さっぱりわかりません。

いずれにしても14日から16日の間に、
わけのわからないことが起こっている感じです。
止まった車の冷却に何度も失敗して、
そのうち、エンジンが壊れて、ガスが漏れ出し、
それがエンジンルームに充満し、
さらに運転席まで、漏れてきて、
最後は車の外まで出てしまった。
エンジンの中で収まるはずが、どうしてこうなっちゃたの?
というが率直な感想。


クラ殿
赤烏帽子にULしていますか。
私の方は、ぼちぼち始めることにしました。
森の通信
http://mori500.blog50.fc2.com/ です。


11,4/9(土)

今頃もすごい風が吹いて、
ときに砂埃も舞い上がる。


ああ、あれだ、あれだ。
“シンシア”だ。
松本どの。

(※大森の海外近くにある生活、医療ざっぱいなどの処理プラント・シンシアの常務)
あれはなんぼくらいする巨大システムなんですか。
ダイオキシンは、
石綿は、
塩害は…
あの積み上がって、からみついて、性懲りもなく、
どこから手を付けていいのか全く途方にくれそうになる巨大、膨大な瓦礫。
陸前高田のみならず、過剰にならない程度に三陸の3カ所くらいに、
まず、雇用を満たす意味でもあのような巨大プラントも中核の一つになるような気がします。
仮設住宅も、インフラもまずはケイジアン的な意味で必要かつ仕方がない。
でも、本当に必要とされるものは「売り上げが上がる」施設、ないしは構造だ。
シンシアでは内部だけで雇用は何人おられたのですか。
外部の物流搬入まで含めたら何人の雇用が生みだされるのでせうか。
ちなみに陸前高田の場合は現在生活人口はおよそ=2万4000人くらいと聞いています。
※またセメント会社が同じような内容を持っているとも聞きますが…


とにかく、片づけながら、でも、自律的に雇用が生み出される産業集積が急がれます。
構想力者と目利きが欲しいよなぁ。
三陸のそれぞれの地政学、歴史的風土、昔からの記憶、
すべてに基づくなんたらかんたら───
あらゆるシナリオに対しての専門委員会と、地方自治体と、それに政府保証。


広らかな記憶を組織する場所。
モニュメント、広範囲な失われてはならないアーカイブス、そして、“ツナミ”世界遺産へ。
東北こそ日本の失われた20年を晴らすべき起爆剤にするためにも、
あれだね、“シンシア”。
まず、あの素敵なプラントから始めたい、と。


NZに、同じやうな地震と津波の災厄に遭った地域があって、
しかし、その場所は今は“ネピア”と名前を変えて、素晴らしい観光地になっているそうです。
とりあえず、土地の集約、信託化と、
世界遺産にするなら少なくとも電信柱の地中化くらいはして欲しいものです。


(松本正重wrote4/9)元NEC勤務

倉石さん
 大震災のがれきは並や大抵の量ではないですね。
 約2500万トンと言われています。

 この中には車、船舶、汚泥は含まれていません。
 因みに、1年間に日本の家庭から出る廃棄物は約5000万トン。


 阪神神戸大震災の後、偶々厚生省廃棄物対策部に行った時、

 隣の打ち合わせコーナーで震災廃棄物処理の打ち合わせがされていました。
 自分達の打ち合わせはそっちのけで聞き耳を立ててしまいました。

 当時は野焼きを中心に処理して埋め立てられました。
 今回も量から見て、野焼きは避けられないでしょう。
 その後の法律制定、海水に浸かった事を考える、分別と水洗浄処理も必要でしょう。
 木くず等はセメント工場、製紙工場等で燃料として再利用もされるでしょう。
 当社のプラントは品川、横浜を併せて500トン/日の処理能力ですから、

 焼け石に水ですね。
 緊急時はダイナミックな対応は不可欠ですね。 

 

 当社でも発電をしていますが、今まで東電は嫌がらせの様に、

 電力の買い取りを拒んでいました。

 今は手のひらを返したように。殿様企業は駄目ですね。


森本さん
 原発は本当に訳が判らない状況になっていますね。
 初期段階で隠ぺいか説明が不十分だったのか?
 プラント運営に関わった技術者として疑問だらけ 
 又、じっくりと解析、解説をして下さい 


松藤さん
 音楽は人を癒してくれますね。
 双葉の方々を勇気付けてやれ、好かったですね。
 私は去年、北海道・東北の日本の歌を唄いました。今、渡辺健がTVで朗読している
 "雨ニモマケズ"など、現地で唄ってあげたいような気持になります。


(森本五百樹wrote4/9「悲しんでなんかいられない」)

とかく世の中妙なもので
「殺しは罪だが、戦争では、・・・・」
これにたとえるのはどうかと思うが、
そんなようなものが福島で汚染水を
海に捨ててしまったという問題。


ゴミは、一般廃棄物と産業廃棄物とに分けられ、
産業廃棄物は、これまた厳しく管理され、捨てる場合に
ああだの、こうだの、法律で決められていて、これに違反すると
つかまっちゃうんですね。
たとえば、工場で間違って油が海になんか流れ出すと
怒られちゃうわけ。


所がですよ、
なんと放射性物質の廃棄物になると、
どうも法律があいまいなんですね
(放射性物質は産業廃棄物ではありません)。

そんなわけで、東電さんは、隣近所に
挨拶もしないで、自宅の汚れたごみ?を
通りの溝に捨てちゃったんだけど
皆の顰蹙をかっても法律には、違反していないわけ。
すぐ、薄まるから、お魚さん、ごめんね。


(竹内整一wrote4/9)東大名誉教授・倫理学

今回の大震災について、いささかなりとも考えたことをニュース解説のかたちで
ネットで連載しています。ご関心ありましたら、ご笑覧いただければと存じます。
 J‐CASTニュース>社会>「震災と日本人」です。
http://www.j-cast.com/

あるいは、「J-CAST 竹内整一」でご検索頂ければと思います。
 とりいそぎ、お知らせまで。


11,4/9(土)

竹内整一どの(東大名誉教授・倫理学)へ


また揺れた。
こはいですね。
原発も、ゆれるのも相当にひつこい。
妻と私と五百樹くんと連れだって岩手三陸に行って来た。
悲しみの三陸の縁をへ廻って来た。
明るい天気に雲の切れ目からはらはらっと雪が舞い落ちる。
巨大な無、折り重なる悲傷、圧倒時な断絶…


ざっくりと鬼の掌がある手で攫さらふ洩れたる人の命よろこぶ
みんな紙一重、そこにどんなルールがあるのかさっぱり分からない。
ますますに無常ということ。

「二十歳になった私に」というお手紙をみんな書いた。
小学校6年生は辛うじて卒業式を迎えた。
歌を唄へはまた涙が新たになる。
くじけない私になる。
海は恐ろしいが、海はきれいで、豊かだ。
僕はお父さんと一緒に漁に出る。
さまざまな子供たちが二十歳の自分にメッセージを書いて、函に納めた。
土を被せて行く。
6年生のみんなの顔はもう子どものあの表情ではない。
みんな笑顔でそして輝いている。
岩手県、山田町の小学校。


虚を突かれた。
いい子でいたのに───、
は通用しない。
悪い子も普通の子も皆一挙に攫われていった。
定例は無いのだ。
心の問題を説いて、個々の幸せや不幸をどうのこうのというレベルは外れた。
宗教が木っ端みじんに海の藻屑と消え、
同時に宗教も喪失したかのようだった。
盗んじゃいけない、
嘘をついてはいけない、
ご先祖様をうやまへ、等々で助かった人ばかりではない。
定型はないのだ。
しかし、あはれである。
人間はかくなる状況でこそ健気である。
それでも未来が良くなりますように、亡くなったはらからが、
親兄弟、姻族がみな天国へいけますようにと、ふかく眼を瞑り、
かたく両の掌を結び合わせる。


倫理とはなんだらう。
助かることなのか、
自分の命を投げ打ってまでも人を一人でも多く助けることなのか。

「助かること」なのか

「助ける」ことなのか、
分からない…


(写真を添付した。おそらくは何億枚撮っても真実には至らないであらうが)

ありったけを送ります。


(倉石wrote4/10)

こころアロハ、
こころ「故郷」、
こころ「宮沢賢治」、


味噌と少しの野菜を食べ───
でしたね。
何を持っていったらいい、て尋ねたら、
野菜が足りない、
陸前高田中学校の避難所ではまだ800人もおられて、
おにぎり、パン、乾麺の類、
便秘になってしまうのだそうです。

お風呂は自衛隊の方が設営してくれた施設で、
でも1カ月に一人1度のペース。
こころアロハが必要なんです。
心が折れそうになっている。
歌が必要なんだと思います。


陸前高田幼稚園の園児が今日ようやく卒園式。
「あんなこと、こんなこと、あったでしょう・・・」
そして、幼稚園はしばらくの間休園になります。
親たちはみな子供のペースに合わせて生活を組み立てたり、
頑張ったりしていく。
別の小学校ではランドセルが大量に泥にまみれて置かれたままになっている。
親たちの時間子供も止まってる「行ってきます」のあの日のままに


倉石智證