1678年芭蕉は江戸は神田上水の改修工事に携わっていた。

俳号は桃青───

芭蕉は無名の青年時代、江戸市中に飲料水を供給する神田上水の改修工事に4年ほど従事し、

神田川の前の古寺に寝起きしていた。

芭蕉が神田上水の工事に携わったのは34歳の時からだ。

芭蕉の没後、弟子たちがその敷地内に芭蕉堂を建て、芭蕉像を安置した。

■芭蕉が愛した神田川の対岸に広がる「早稲田田んぼ」を琵琶湖に見立て、

弟子たちが彼の句

「五月雨にかくれぬものや瀬田の橋」

の真筆の短冊を遺骨の代わりにここに埋めたという。

青年芭蕉が

「かれ枝に烏のとまりけり秋の暮」

と詠んだ、お江戸は今、そんな秋の真っただ中である。


10,12/5(日)晴れ

先だって路地けんけんぱ紅葉搔き


しみじみと紅葉落つるを見る猫の


木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ(加藤楸邨)

なんてその韻律のすばらしいことよ。

もうまわりは紅葉だらけである。


焙烙で銀杏煎る娘は里帰り母と娘の背の厨事

娘は妻がこの間の嵐の新宿御苑にギンナンをひらったものを

是非食べたいということで今日、泊って行くことになった。

わたしの年賀状も作成してくれた。

午後のほとんどの時間をそれにかかった。

今日も一日中あったかいいい天気になった。


三島由紀夫がどういうわけか惚れ込んだといふ笠木シヅ子。

「わてほんまによういわんわ」(笠木シヅ子)

1950年(昭和25年)発売の笠置シヅ子の歌。

作詞 ・作曲は服部良一。

たまの日曜サンデーというのに

何が因果というものか

こんなに沢山買物たのまれ

人のめいわく考えず

あるものないもの手あたりしだいに

人の気持ちも知らないで

わてほんまによういわんわ

わてほんまによういわんわ


何はともあれ買物初めに

魚屋さんへと飛び込んだ

たいに ひらめに かつおに

まぐろに ぶりにさば 魚はとりたて

とびきり上等買いなはれ

おっさん買うのとちがいます

さしみにしたならおいしかろと思うだけ

わてほんまによういわんわ

わてほんまによういわんわ


朝鮮戦争がこの年に始まった。

日本は朝鮮特需が始まる前からすでに高度経済成長の坂に登りかかっていたのである。

現在の36兆円とも40兆円ともいわれている総需要不足が信じられない貪食ぶりだ。

1950年、朝鮮戦争のころの売上高最大の日本企業は

1位鐘淵紡績。2位は東洋紡績で、

上位には大日本紡績(現ユニチカ)など繊維企業が並んだ。

1970年ころの日米の沖縄返還交渉では裏のテーマは繊維輸出の抑制だった。

そんなかつての中核産業もめっきり衰退した。

旧10大紡績も日経平均株価算出の採用企業に残るのは

東洋紡、日清紡HD、ユニチカなど4社だけ。

ユニチカは今や時価総額300億円余。

採用銘柄では3番目に小さい。


誘いおきまた突き放すよういわんわ五星紅旗のさてもの苛立ち

「どこに道理があるのか。武器を使う国が正当化され(黄海での米韓演習)、

武器を使わない中国が批判されている───と。(12/2)


NHK日曜俳壇

季題「クリスマス」

オープンをまた覗く子やクリスマス(平岩佐智子)

白檜曾に星の零るる聖夜かな(若林正人)

卓袱台で聖菓八つに切しころ(高梨シヅ)

子に未来移民に過去やクリスマス(間島正典)


「クリスマス」でエクササイズ

X'masサンタ寒さを喜べり

メサイアを胸に結べり聖夜かな

ポインセチア赤くなりゆくその日まで

薪爆ぜる子は指数ふX'mas

サンダースおじさんチキン七面鳥

マッチ擦る束の間人の暗き河少女佇む聖夜近づく

越すに越されぬ深き河あり。

一本のマッチの束の間股ぐらにさす仄灯り。

さういう時代もあったということだ。


裏町の泥かがやけりクリスマス(桂信子)

ポインセチア愛の一語の虚実かな(角川源義)

少年の額かがやけりシクラメン(石田波郷)


性愛から幸福へ

(加藤三七子)の場合───

逢ふことのためらひすこし冬薔薇

糸ざくら散りつつ夜々のもつれかな

水中花妊りしこといつ告げん

コスモスにのりいれ吾子の乳母車

お母さんになった。

(稲垣きくの)の場合───

忽然とくづる牡丹であるために

「秋袷激しき性は死ぬ日まで」

昭和初期に映画俳優でもあったこのひと。


センリョウや身の置きところなく赤くなり途方に暮れる年の瀬迫

厳しいと云えば厳しい。

夏の猛暑ばかりではなく、年の瀬・・・

切り花、千両の出荷がもう始まった。


ラッセラー跳ね子で迎ふ陸奥に新幹線の滑り込みゆく

明治24(1891)年、東京─青森間の鉄道が開通した。

12/4日、3時半新幹線開業。


バスを待つ十人十色の白き息ペダル

アーサー・ビナードさんは詩人。

俳号はペダル。

青森、1月、バス停で。

蒸気機関車のように激しい子供たちの息と、ばあさまの小さい白い息と、

バス停にそれぞれの息は虹色に白く交叉する。


淋しさはつみ木あそびにつもる雪万太郎

初夏開く郵便切手ほどの窓有馬朗人

虹二重二重のまぶた妻も持つ有馬朗人


川上弘美

会ふときは柔らかき服鳥曇(1995年)

終点より歩いて十歩冬の海(2008年)

はつきりしない人ね茄子投げるわよ

秋風や男と歩く錦糸町

「亭主の好きな赤烏帽子」
■初の句集「機嫌のいい犬」

「柔らかき服」でいへば───

ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜(桂信子)

というのもある。

こちらは云わずと知れた和泉式部を意識している。


この女のあっけらかんと冬の晴れ

素敵な女性だ。

あっけらかんだ。

冬の空だ。


日経日曜俳壇

混濁を経てマツコルリ澄める秋(金利恵)

かまきりは鎌を納めて祷るかな縋りし茎を風がゆさぶる(三井次郎)

年の手帳を選ぶ来る年にどんな恐怖が待っていようと(滝口由美子)

この方のより、

「初暦知らぬ月日の美しく」(吉屋よしや信子)「き」ではなく「く」である───

はあまりに親炙している。


藤沢周平(1927~97)

「日本人の原風景と詩情」

和辻哲郎が『風土』で指摘したように、人間と自然や風土はつながっています。

「子供のころは、来る日も来る日も遊んでいたように思う」(「村の遊び」)


谷口ジロー「はるかな街へ」

山口義憲くんよりプレゼント(12,4)

この新しいときでさえ、

人の生や死に関わる出来事には何者も手を触れることはできないように思われる。

「これはまずいじる可からず生も死も遥かなるもの季節ときのまにまに」

ツンときて、読後感爽やかな詩情を残す漫画であった。


智笑