10,10/16(土)
月明かき髪の毛すべて黒くなり
月が明るく照っていたのだ。
兎跳ねるはなに見てごじゃる湯の花加減見てごじゃる
(「鳥獣戯画」で)
月にうさぎさんが跳ねる・・・
柿挘もぎて空の深さに憩ひをり(馬場移公子いくこ)
深まりゆく秋の群青の空の深さにに弧身をゆだねた女性俳人。
秩父の俳人、金子兜太の父の金子伊昔紅(いせきこう)の俳誌に属する。
秩父音頭はもともとこの地方一帯にあった盆踊唄でそれを、
土地の医師だった金子伊昔紅が現在の曲節に仕立てたという。
「秋蚕あきごしもうて麦蒔きおえて秩父夜祭待つばかり」
秩父事件(明治17(1884)年10/31~11/9)もあった貧しい山峡の地に
養蚕は春夏のあとも晩秋にかけて、最後の秋蚕を育てる日々が待つ。
秩父はその生糸からつくる絹織物・銘仙の主産地だった。
だからまた音頭は
「主のためなら賃機ちんはた夜機よばた
たまにゃ寝酒も買うておく」
とも歌う。
根つめ仕事を歌って、ただののろけではない。
(横澤放川・俳人10,10/16日経)
いくたびも雪の深さを尋ねけり(子規)
をふと、思い出した。
10,10/17(日)晴れ
蘊蓄をさうかさうかと新蕎麦へ
長野県伊那で蕎麦の採り入れに。
新蕎麦の季節になって、
蕎麦好きは古い友人にまた久しぶりに会うかのやうに心落ち着かないのださうだ。
夕間暮れ眼を閉じて待つ金木犀
妻が先に気付いた。
私はそれを教えてもらった。
白露この水甁ささぐ鋸歯の山
白埴はにの瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり(長塚節)
を思い出した。
「茸」NHK日曜俳壇
裾分けの裾分けといふ茸飯(安藤美智代)
茸から沁み出してくる故郷かな(松下弘美)
縁側に笑いが絶えず茸分け(青山隆二)
茸獲る手付き籠より出すときも(小林中忠)
雨よけれ音なほよけれ茸山(作者不詳)
「茸」でエクササイズ
茸狩り道暗くなるまで深く
松茸を跨いで分かる匂いかな
笑い茸喰ひてみたし笑いごろ
茸狩りすぐそのとなり大蛞蝓
菌汁どの顔面も笑ひをり
ひっそりと茸の山に入りをり
きのこ山むかし賢治がをったとサ
ゆきあひの空へ茸の頭かな
凌霄花のほたほたほたりほたえ死(文挟夫佐恵)
達治忌や太郎次郎は常童とこわらべ(文挟夫佐恵)
昭和34年~5年間、三好達治に師事
大寒の一戸もかくれなき故郷(飯田龍太)
白梅のあと紅梅の深空あり(飯田龍太)
昭和28年、蛇笏死去。龍太が父蛇笏の出棺の折に詠んだ句である。
足神の小さき磐座いわくらちちろ鳴く(寺本ひで子)
敬老の日なり早寝の日なりけり(稲垣長)
舞へば背の神鈴が鳴る秋祭(加藤賢)
お旅立ちその飄々乎風のやう榊莫山くわぁんのんの夢
10/4日、ご逝去、84歳
新蕎麦や辛み大根といふ泪
信州は伊那で新蕎麦が収穫された。
さっそく新蕎麦にうたれた。
土地の辛み大根で頂く。
(外山滋比古・お茶の水女子大学名誉教授)
もともと日本語は、露骨、率直、バカ正直を喜ばない。
やわらかく婉曲に、それとなくわからせるのが、床しく上品であるとする。
俳句はあいまいな措辞によって卓立するのである。
「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」(久保田万太郎)
あいまいな措辞などありうるか。
その時々の絶対のことの葉で、ふっと成り立つのが俳句だ。
削いでそいでそがれたものこそが名句なのだ。
10,10/18(月)曇り
ロンドンで女王に渡す石ころのもらってうれしい花いちもんめ
「自分を除くすべての作業員の安全が確保されるまで最後まで残る」
MiSION CUMPLIDA──
6人の地上から降り立った精鋭たち。
仕事は完了した。
ルイス・ウルスアさん(54)
「われわれは永遠の友情を持つことになった」
(リーダーの条件とは、と聞かれて)
「正しいことを云うことだ」
チリのピニェラ大統領からサンホセ鉱山の石ころもらってもなぁ
・・・エリザベス女王。
10,10/20(水)曇り
豆腐売りの笛ものがなし秋曇り
街下のどこかからか「とーふぃー」という例の笛の音が微かに聞こえてくる。
妻は誘導のボランティアに出かけたが、
今日は朝から天気はじんわりと降り出しさうな曇り日である。
松茸やことのさもしさえら肥り
今年は大豊作の年なんださうだ。
透析の人これからと金木犀
なにやら寂しげな電話の声だ。
それにどこか緊張している声だった。
浜島さんは眼がご不自由である。
先生が子供の列に突っ込んだ車の傍に蕎麦の花咲く
20日午前7時50分ごろ、
宇都宮市下栗町の市立横川東小学校近くの市道で、
登校中の児童の列に乗用車が突っ込んだ。
車を運転していた同小の教諭、吉沢伸介容疑者(56)。
畑の中に突っ込んだ乗用車の脇には蕎麦の花が咲き乱れていた。
骨折した児童。
先生は出勤途中で、「考え事をしていた」と話しているという。
賢治読み「注文の多い料理店」秋は静かにまたふけりゆく
娘にボーナスが出た。
なんと35万円である。
12/28日をもって満1年。そろそろ充実してきた1年ということか。
社長直々に手渡されたということだ。
夜中を過ぎた。
娘は私に宮沢賢治の「注文の多い料理店」を読んでくれた。
森の林が「ゴトン、ゴトン」と鳴る、・・・
やはり賢治は突然であり、不思議な宇宙をお皿の上に並べて見せる。
缶ビール2本に、焼酎の水割りを2杯。
娘と妻はお蒲団にくるまってしばらく話をしていたが、
気がつくといつの間にか静かに眠りに落ちていた。
10,10/21(木)曇り
JAL、ANAの二つ並んで羽田かな国際線のけふ始まりぬ
なんにしろ、めでたいことだ。
成田のせいで日本はずいぶん世界に後れを取ってしまった。
4Fは江戸で迎へる羽田かな八ッつあんの住む墨田川辺へ
都内はやはり浅草が人気らしい。
秋霖やわだつみ苑のあはれなり老ひ先のない先を攫ひぬ
食堂に一気に背丈を超える水流があふれた。
テーブルごと一瞬に浮きあがった。
助かった人は窓のカーテンレールに掴まっていて助かった。
カーテンレールが外れてしまったご老人は掴まったまま亡くなった。
ズタズタにライフラインの切り裂かれ奄美空からただに青さの
電気、電話、道路がズタズタに。
犠牲者は80以上の老人に集中。
ヘリコプターの空から見る奄美は青々として豊かそうな島に見える。
力なく地に横たはるハイチでは立ち位置もなくコレラ流行りぬ(10/22ニュースで)
いまだ130万人以上のテント生活者が。コレラが流行り始めてきた。
せかいはちっとも真面目でない。不真面目だ。
やれ尖閣だとか、やれ国後島とか、
為政者はもっと人類の普遍的価値を探さなければならないのに、
すべてに回り道をし、人々の感情をとげとげしくかき回し、
時間や歴史の表層ばかりを行く。
本当は我々は、とっととさらにその先を行かなければならないのに・・・
(10/23日経より)
秋の蚊のよろよろと来て人を刺す(正岡子規)
死の前年、明治34年(1901年)の作である。
死の直前までの1年ほどを
俳句や水彩画を交えてつづった病床日録「仰臥漫録(ぎょうがまんろく)」の
9月20日の項に載っている。
10,10/24(日)晴れ
小さき子の歌うたひ出すコンクール秋は雅にふけりゆくかも
NHK合唱コンクール。
小学生でもすでに高度な歌い方と感性だ。(10/11)
心をばココロと書いて花ミズキ
ちょっと遊んでみる。
ココロとカタカナで書くと、ほらこんなに違ってみえる。
「雪国」で知的、淫蕩、アンニュイを演じて見せた池部良逝く
川端康成作「雪国」、お相手の芸者駒子は岸恵子。
10/12逝去、92歳。
南方の戦線では命からがら九死に一生を得、
戦後の、映画「青い山脈」(1949)「暁の脱走」などに主演、二枚目役で人気を集めた。
格好のいい「昭和残侠伝」シリーズもあったなぁ。
本当に端正な二枚目俳優だった。
合掌。
智笑