10,10/11(火)雨
日本ではこんなことがあった───。
公園のブルーシートに寝ぬる人の首に熱湯ゆをかくダチュラ花咲く
中3年14歳、
千代田区の公園で寝ていた耳の不自由な路上生活者の男性の首に
コンビニから持ってきた熱湯をかけた。
苦しむのを面白がって見ていた。
男性はしばらく前から石を投げられたり蹴られたりしていたという。
ジャン・コクトーの「おそるべき子供たち」・・・
しかし、この子供たちはそうではなく真に“怖るべき子供たち”だ。
想像力の欠如、他者の存在の欠如、何かが決定的に欠けている。
日本の崩壊の予兆。
さういへば渋谷の宮下公園がアシックスに命名権を売って、
アシックスは新しい澁谷の名所にしようと工事にけふ取り掛かった。
あそこにもブルーシートが列をつくってテントを連ねていた。
弱者排除の気風、
日本列島に悲傷がぽっかりと空虚な穴ぽこを開け、
それが燎原の火のやうに広がっている。
そして、CHILEでは───
33の一人一人がヒーローだCHILE鉱山に命カプセル
“フェニックス”。
救出中に生まれた女の子には「エスペランサ」(希望)という名前が付けられた。
8/5落盤事故発生。
8/22日「ESTAMOS Bien」の土まみれの手紙が地下深くから届いた。
絶望的と思われたわずか2%の生存率i、奇跡が起こった。
69日ぶりの救出劇に世界中の人々が手に汗を握る。
「世界中の人々とこの喜びの瞬間を涙とともに分かち合いたい」
と女性のアナウンサーは語りかけた。
家族、集団、国家をこのやうな形で考えさせられた場面はなかった。
「再会したら、泣いてしまうかもしれないわ」
「早く出てきてほしい。会ったらハグしてキスして抱きしめてあげる」
「云いたいことが山ほどあったが、彼に会ったら自然と出てくると思う」
「われわれは叫ぶぞ。チリ、チリ、チリ───」
シャンパンが抜かれ、大勢の人のこぶしが空に突き上げられる。
地下深く閉じ込められしまま灯を点す希望の歌をみなで輪になり
国家を歌いあったようである。
歌の効用は心理学の致すところである。
傘連判では傘の骨上に連名、連書して一致団結を図る。
リーダーは当然存在するが基本的に平等を維持する。
だれしもが「俺が最後に出る」と主張してやまなかったという。
■全員、戻ってこられた――。
最後のひとり、33人のリーダー格で、
事故当時の現場監督、ルイス・ウルスアさん(54)を乗せたカプセルが地下から動き出すと、
陸上では作業員らの拍手がわき、
大声で国歌の斉唱が始まった。
高らかに歌われる国歌。
感涙にむせぶ家族。
「万歳!」。
奇跡の生還に、世界が歓喜に包まれた。
ウルスアさんは、事故後も救出を信じて作業員を強いリーダーシップで束ね、
パニックに陥らないよう規律を守らせ続けてきた。
地元メディアなどによると、ウルスアさんは事故発生直後から、
48時間で1人当たり小さじ2杯分のツナの缶詰と牛乳半カップを分配するなど、
限られた食料の配給体制を確立。
本来は3日間で食べ終わってしまう量だったが、
事故から17日後の8月22日に生存が確認された際も残っていたという。
地下の避難所からつながる約2キロの坑道を寝室、食堂など3つに区切って生活。
さらなる落盤に備えて交代で見張りを立てるなど、
一人ひとりに役割を与え、驚くほどの規律を保っていた。
ルイス・ウルスアさん
「救助とすべての国民に感謝している」
ピニェラ大統領
「あなたは素晴らしいリーダーだ」
ウルスアさん
「大統領、今度はあなたの番です」
集団とか国家の中での完璧な父性が求められている。
宮沢賢治が「学者アラムハラドの見た着物」という小品で───
教師である主人公は、森で11人の子供を教えていた。
火や水の性質を説き、小鳥の特徴を学ばせる。
火は熱く、水は冷たく、鳥は飛ぶ。
では人間の特質とはなんだろう。
「人は本当のいいことが何だかを考えないではいられないと思います」
一人の生徒がそう答えたとき、感動した教師は遠くに美しい光を見る。
うん。そうだ。
人は善を愛し、道を求めないではいられない。
それが人の性質だ――。
小説の中で、教師は自分に言い聞かせるように語る。
原稿はこの後、天気が急変した場面で空白となり、未完のまま終わる。
【(独)Gemeinschaft】
ドイツの社会学者F.テンニースが唱えた社会 類型の一つである。
ゲゼルシャフトに対し、
人間に本来備わる本質意志によって結合した、 実在的・有機体的統一。
地縁、血縁など地域村落共同体や、
軍隊、学校の同期・友情などにもそのありかが見られる。
掟、規律などときに厳格な父性も伴うようだ。
奇しくも1776年に米国はイギリスから独立し、
イギリスではアダム・スミスが「国富論」を出版した。
スミスは「道徳感情論」もものにしているが
その出自は道徳哲学であることはまぎれもない。
我々の中にあるただならぬ「同感(sympathy)」、
それはチンパンジーにも見られるミラー・ニューロンから由来し、
人が集団で暮らすようになりさらに複雑な社会性を営むようになると、
集団の中で進化を遂げた。
この「同感」という感情を基にし、人は具体的な誰かの視線ではなく、
「公平な観察者」の視線を意識するようになる。
良心をして「神がなかったら神をつくらなければならない」と叫ばさせ、
大地に接吻をする。
であるから、単純にいって、アダム・スミスが経済学を、
アメリカの独立が世界史を変えて来たのではなく、
人の奥深くに棲むそんなにしてまでの自由への希求が、
徐々にではあるが堅固に、
そしてたゆみなく普遍的価値に向かって人類を変えてきた。
人間のあるいは人類の本能は「何のためにあるか?」
災害は不幸である。
だがそこで得た教訓は社会を発展させる。
不思議と、そしてつくづくと自分は人類社会の一員だという思いが湧いてくる。
ソクラテス、プラトン、仏陀、キリスト、孔子、マホメット・・・
哲学もしくは宗教もそれらは全能ではなかったことを相変わらず示し続けている。
しかし、哲学も宗教もそれらはことごとくまた不可避、
であることを同時にわれわれに提示し続けている。
我らを駆り立てるもの、
何かに向かって絶えず考え続けさせるなにかこそ正中前頭前野にある
善の善なるものへの希求にほかならないのである。
※「正中前頭前野」(2010,4/4日経)
人はなぜ感動して涙を流すのか。
「正中前頭前野」(額のほぼ中央部にある)、
この領域は高度な精神活動を行う前頭前野の中でも特に共感に関係する。
涙腺を刺激するのは神経の興奮を抑える副交感神経で、日中働く交感神経と違う。
東邦大学の有田秀穂教授は
「正中前頭前野は、起きながらにして副交感神経を働かせる引き金の役割を担っている」
と考えている。
ストレス解消の効果は一晩の睡眠に相当するほど大きいという。
■集団という社会生活は必然的にストレスを伴う。
大きい喜びや深い悲しみに共感して涙を流すようになったのは、
ストレス(大きい喜び、深い悲しみ)を解消する手法をミラーすることで
集団の維持にかなうことになったからだろう。
倉石智證