10,9/25(土)晴れ

富士山に初冠雪のありにけり麓は晴れてなにかいいこと

白鵬が琴欧州に勝って61連勝となった。

心身一如の気風か、

53の記録の後はもはや自分のうちで相撲をとっている感じだ、と云ふ。

自分は運がいい。

でも運は努力した人間にしか来ない。

自分は相撲ばかりではなくいろんなことに努力したから、

神様が少しだけ運をくれた。

この白鵬の口から谷風の63連勝の話が出た。

双葉山の69連勝はともかく、

谷風の63連勝のことは多くの日本人でさへも知らないことだ。

最後に「精進します」


10,9/26(日)晴れ

玻璃にゐる蛾も目覚めたり朝の風呂

浴槽のガラスに 蛾が張り付いている。

でももうじき死んじゃうんだらうなぁ。


辣韮に章魚が乗りたる富津かな

千葉県富津のちょっと行った沖合では飯章魚が面白いように釣れる。

そのイイダコはラッキョウに乗りたがる。

そこを引き上げるという具合だ。


NHK日曜俳壇

「コスモス」

コスモスの風つかみ立つ赤ん坊(内堀迪夫)

コスモスのアダージョラルゴモデラート(小栗しづゑ)

かくれんぼみなコスモスとなりにけり(徳永松雄)

括りやうなきコスモスを括りけり(川野辺晋)

萩括る、菊括る──など。

咲き満ちて丘を揺らしぬ秋桜(速水秀久)


「コスモス」でエクササイズ

秋桜そを揺らしみる日傘また

コスモスのどこにでもある道を行き

秋桜美人不美人普通の子

コスモスやのの字のの字の丘の上

花揺れるコスモスゆれる我もまた


また一人遠くの芦を刈りはじむ(高野素十)

ふるさとを同うしたる秋天下(高野素十)

かりがねのこゑと思へばはるかなる(山上樹実雄)

「蛇を踏む」足に残りし火照りかな(宮田毬栄)

川上弘美はこれで芥川賞を。

稲の花畦美しく刈られけり(山口照男)

カンタンの声聞きながら病葱やまいねぎ抜いては捨てる峽の畑に(入沢正夫)

直翅ちょくし目カンタン科の昆虫。体長約1.5センチ。

体はスズムシに似て細長く、淡黄緑色。

山地の草の間に多く、8~11月ごろに成虫になり、雄はルルルルルと連続した音で鳴く

ジャンボ機の総重量の三百トン空に浮くのはもはや詩である(藤原建一)


「かげろふ」(小池光・歌人10,9/26日経)

羽が生えてからの寿命は一、二日。

短い寿命を惜しまれる蝉だって、カゲロウに比べれば長生きだ。

成虫には口も消化管も退化してない。

何も飲まず食わずに飛び回って死ぬ。

壮絶無比である。

生涯のおわりになんでそんなことをする。

ひとえに交尾するためである。

飛び回れば異性に会える。

交尾して果てるが、そうすることによりDNAはちゃんと受け継がれていく。

遺伝子の側から見れば死ではなく、継続である。

「あるかなきかの心地する、かげろふのにきといふべし」とは『蜻蛉日記』の一節。

平安時代の女流 日記。作者は藤原道綱母

天暦8年(954年) - 天延2年(974年)のできごとが書かれ、

成立は天延3年(975年)ごろか。

夫である藤原兼家との結婚生活や、

兼家のもうひとりの妻である時姫(藤原道長の母)との競争、

夫に次々とできる妻妾のことが書かれ、

また唐崎祓・石山詣・長谷詣などの旅先でのできごと、

上流貴族との交際、さらに母の死による孤独、

息子藤原道綱の成長や結婚、

兼家の旧妻である源兼忠女の娘を引き取った養女の結婚話とその破談についての記事がある。

藤原道綱母の没年より約20年前、

39歳の大晦日を最後に筆が途絶えている。

「なげきつつひとりぬる夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る」


壁に来て草かげろふはすがり居り透きとほりたる羽のかなしさ(斎藤茂吉)

友人だった芥川龍之介への挽歌。

壁にすがるかなしいクサカゲロウにこの年下の畏友への哀惜がこもる。

なお分類学上はクサカゲロウはカゲロウの仲間でなくトンボの仲間。

その卵は優曇華うどんげの花と呼ばれる。


鳥わたるこきこきこきと罐切れば(秋元不死男)

昭和21年(1946年)の作。

句集「瘤(こぶ)」(50年刊)所収。

作者は治安維持法違反のかどで検挙され、戦中2年あまりを獄に過ごした。

世に「京大俳句事件」という弾圧事件で、獄死した俳人もいる。

終戦により罪名は消え、執筆の自由も復活。

何もかも無くなったが、確かに明日がある。

そんな時期の作品である。

自解にも

「敗戦のまだなまなましく匂う風景の中で、

私は、解放された明るさを噛(か)みしめながら、

渡り鳥を見あげ、コキ、コキ、コキと罐を切った」

とある。

(以下webより)

■新興俳句弾圧事件あるいは昭和俳句弾圧事件とは

1940年から1943年の間に行なわれた俳句誌・俳人に対する言論弾圧事件である。

■「京大俳句」(第3次)1940年8月31日、斎藤敬直(西東三鬼)

■「土上」1941年2月5日、島田賢平(青峰)、秋元不二雄(東京三・戦後は秋元不死男)、古家鴻三(榧夫)

■太平洋戦争開戦直後の昭和16年12月16日、

俳人・秋元不死男(38歳)らが特高に検挙されました。

秋元はその後2年間、拘束されます。

虱背をのぼりてをれば牢しづか不死男


「湯沢物語」

虫の音のリーリリーリとかまびすし煩きまでに薄の穂咲き

ゲレンデの方に出ればそれこそみんな行く秋を惜しむかのやうに

リーリリーリと・・・


秋天や走り出すまでドンの内

湯沢町のマラソン大会だ。

500人近くの人たちがカラフルに運動場脇の道路を埋めている。

やがてドンが鳴って、おおきな人の群れがゆるゆると走り出した。

秋は秋天である。


羚羊やしばしこちらを秋の空

岩原のゲレンデの運動場脇で妻と娘と昼食をいただいた。

眼下には大きくうねるようにして関越道が遠望される。

グランドにはアカシヤやケヤキや白樺の木が植えられ、

微風が斜面の下から流れきて気持ちがいい。

ふと気がつくと娘のすぐ後ろ近くにヤギのやうな動物が近寄っていた。

羚羊である。私らが気がつくとちょこんと跳ねる風をし、

それからおそれる様子でもなく、のんびりと斜面を下って行った。


“おつながり”いつまで空におつながり

よく見るとブルーに流れた空にトンボの群れがいっぱい翔んでいる。

いく組ものとんぼの“おつながり”が体面もなく飛んでいる。


おーい雲よ、と呼んでみて野に眠り

丘の上でビールをいただけばすぐにまた眠くなる。


コスモスや人に語らぬこともあり

そうだよなぁ・・・


10,9/30(木)曇り雨また曇り

人はみないつかは死ぬとわかりつつ池内淳子この女も逝く

26日死去。76歳。

テレビ出演した「女と味噌汁(みそしる)」は高視聴率番組。

昭和、高度成長期のお母さん役、といったところか。


たれ踊る巣鴨で踊るバアさんのフォルクローレに秋のたなびき

英語のfolkloreがスペイン語化したもので、

言葉本来の 意味としては、音楽のみならず民俗学、民俗的な伝承一般を指すが、

日本では、ラテン アメリカ諸国の民族音楽を指すようだ。

巣鴨の駅前では最近、ご老人のにぎわいはいつもの通り、

フォルクローレのグループの皆さんの演奏がうけているさうだ。

そして、そのかたわらに踊るパアさんがいるのださうだ。

バアさまはフォルクローレの演者ばかりではなく、

ほかの音楽グループの曲に合わせても踊るのださうだ。

けふも老人たちや駅前の賑わいをぬってバアさまは踊る。


新蕎麦をあなたこなたの人が云ひ

花が真っ盛りだったとおもったら、

新蕎麦をいついつ、とほうぼうで話を聞くようになった。


マルグリットおゝおまへかよ曼珠沙華

たくらみがあり、裏切りがあり、放縦な愛が錯綜する。

田圃の畔を埋め尽くす曼珠沙華、彼岸花。


おしまひに猫と遊べる時雨れかな

少し雨が降っては上がる、というようなふうで、

そのうち夜になった。


薄原あゝ邯鄲といふ昼辺かな

コロコロとコロコロと足元にとほくちかく鳴いているのでありました。