10,7/28(水)晴れ

うるむ星川面に映る街の灯にあはれゴッホの黄の始まりぬ

1888年「星降る夜」、北斗七星と二人の人物。

青と黄色と暗闇の緊張せるゴッホのアルルの門出ではある。

絵を観て歌を作る。

しばらくこのテーマは続く。


二の腕や胡坐で迫る浜辺ではタヒチの女激しき生命

ゴーギャン「タヒチのおんなたち」1891年

西欧文明社会とクレオール文化。


顔のない日傘の女やはらかく空に溶けゆくパステルの色

1886年、モネ「日傘の女性」

モネはこうした風景の中の人物画を描いた後に、

1890年代以降は再び風景画へと戻り、「睡蓮」などの連作を生み出していった。

ところでモネは人物女性の顔からどうして目鼻立ちを取ってしまったのだらうか。

ゴッホもゴーギャンもそれぞれ別な方向で真剣に神なるものを模索していた。

セザンヌにおいてはもはや視ることをせず、

筆を鑿に置き換えて物の形を探求し始めた。


落ちた人死刑執行立ちあひぬ国の形の眼には歯にでも

千葉法務大臣は参議院選で落選したが、法治国の法を実行した。

現役の大臣のたち合いは戦後初めてのことだという。

国家主権の人を殺すということの是々非々は如何に。

2人に千葉法相立ち合い。


10,7/30(金)晴れ

子を捨てて親が出てゆくゴミの山やがて泣きやむ三つと一つの

「食事も水も与えなかったら死ぬだろうとは分かっていた」

「子供がいなくなればいいと思い、家に残して出た」

「ご飯をあげたり風呂に入れたりするのがいやになった」

「自分の時間がほしかった」

母親の下村容疑者(風俗店従業員23歳)は連行される車の中で帽子を深く被っている。

大阪市西区南堀江のマンションの3階、部屋は6畳の1Kタイプ。

ベランダにはゴミがうずたかく積もっている。

部屋からは異臭が漂い、

子供の泣き声が昼夜を問わず、聞こえていたという。

三つと一つの子供は寄り添うように死んでいた。

■親は、親族は・・・あらゆるものからの断絶である。

転々としていたという友人宅とは、その友人関係とはどういう間柄なんだらう。

子供の存在さえ気にならなかったのだらうか。

元夫、友人関係、両親、親族、まずそこいら辺から腐ってゐるやうな気がする。


ヒマワリは大輪なれど喜べぬ名前付けようネグレクト・ジャパン

「育児放棄」「ゴミ放棄」「耕作放棄地」

日本列島はいたるところで、“放棄”列島になった。


死んだのに遺族年金支払らはるミイラの遺体語る口なし

東京足立区の民家で戸籍上「111歳」の加藤宗現さんとみられるミイラ化した遺体が見つかった。

宗現さんの妻は教員で(2004年死亡)遺族共済年金が計=約950万円振り込まれており、

そのうち=610万円が引き出されていた。

遺族共済年金は配偶者が死亡していたら支払われない。


10,7/31(土)晴れ

炎帝や老人の肩ゆさぶりぬ

梅雨明け以降11日間で=110人死亡

東京23区でも70人超の熱中症による死亡が。

「異常です。われわれも緊張しております」と医療関係者は。

■国の老若がおカネの流れに影響を与える。

単独世帯(05→30年)に=(1146万世帯から→1842万世帯)(29.5%→37.4%)へ。

高齢者単独世帯は(387万世帯→717万世帯)

75歳以上の高齢者単独世帯(05→30年)は=(197万世帯→429万世帯


大きな木大きな木蔭夏休み(宇多喜代子)


暑い・・・

炎帝にまず冷やっこ召し上がれ

平伏しまず奴てふ暑さかな


Beijingに民間大使降り立って隅田花火の派手に祝ひぬ

丹羽宇一郎新中国大使が中国に着任。

大方は好意的に受け止められているようだ。

大使はまずFTAの締結に関し日本の中国、韓国などに対しての出遅れに、

かつアジアでの危機感を述べている。

今日は隅田川の納涼花火大会。

民間大使の着任を盛大に祝っているとしよう。

■日本も通産外交省とかに名前を変えて、

政局とは別枠に独立させて存続させる。


花火眼で音聞く耳でぐっと飲み


10,8/1(日)晴れ

苦瓜もうらめしきほどの暑さかな

さすがにけふのゴーヤはげんなりとぶら下がっている。


夫婦して玉遊びすなパチンコ店夫は刺されて魂奪はれる

妻のハンドバッグを奪おうとした男ともみ合ううちに刺されて死んだ。

なんたるちあ・・・。


玉砕も情死もありし墓洗ふ(藤井健治)


「蜩」(小池光・歌人10,8/1日経)

ひぐらしはいつとしもなく絶えぬれば四五日は躁やがて暗澹(岡井隆)

かなかなの今年のこゑよあかときの闇にとほればわれは目覚めぬ

(上田三四二)

作者は四十代でガンを患い、以後二十年以上の年月をガンとともに生きた。

歌人、文芸評論家、小説家。死の側から照らされる一日一日、

一年一年を恩寵(おんちょう)として、無垢(むく)に歌い上げた、

ああ、今年またヒグラシの声を聞くようになったか、

その感慨はかりそめのものでない。

風太郎おごそかに塩かつぎ去り蜩のその日ぐらしのこころ(塚本邦雄)

その日暮らしの生活が簡浄そのもの、

風太郎には聖者のおもむきさえする。


10,8/2(月)晴れ

島離る朝あした鳥のあさ青海原の青さ見たさに


酔生夢死蝶廃村を落下する


ご無沙汰の御魂祭や下駄の音

さういへば娘は御魂祭に行ったようだ。

いつもの人のいつものやうな雪洞が飾られていたさうな。


象潟や合歓の花咲く田圃かな

今では合歓の花は田圃に咲いていたりする。


ダチュラ咲く歔欷きょき懐かしき夕暮れぬ

むせび泣く、すすり泣く・・・。


捨て去れば海の姉妹は夜の星聖アッシジのフランチェスカは

「太陽の讃歌」を歌った「喜びの聖人」。

「阿留辺畿夜宇我(和)」アルベキヨウワ

の明恵さんとほぼ同じころの自然に溶けいった方だった。


向日葵のポストにかかる暑さかな

曙橋の郵便局の前のポストに向日葵がやや咲きそろい、

そのうちの一つが首を赤いポストの上に花をしなだれていた。

郵便局の並びにはお花屋さんがあって、

様々なお花の鉢植えを店頭に並べるだけではおさまらず、

目の前の歩道のツツジの生け垣の中にまでいろんな花を蒔いたり植えたりしたせいか、

生け垣の中は今ではツツジよりは紫やら、紅い色やら、

思いがけない花の交響楽になっている。

奥志賀でかの指揮者の小澤征爾さんがが小さなコンサートの棒を振った。

食道がんの手術もすんで、

「私の第二の人生だとしたら、より深く生きたいものだ」

となむ。


よく歩く子らでありしを金沢の文庫で降りて海に向かひぬ

息子の隆正とチャコちゃんはけふは金沢文庫の駅から北条市ゆかりの金沢文庫、

それから称名寺を訪ね、海へと向かった。

横須賀にもい出て、海軍カレーを食べて、

そして、7時近くになって帰って来た。

けふは昨日よりもいくらかは過ごし易い。


笛の音に秋は始まる陸奥に足袋の白さにねぷた流せる

まず弘前の「ねぷた祭り」、

それから青森の“とびっこ”へと移っていく。


しののめや鵜をのがれたる魚浅し(蕪村)

夜が明けて昨夜の鵜飼いを逃れた鮎が浅いところを泳いでいる。


智笑