10,5/22(土)晴れ
くちなはの逃げ行くあたりこごみ採り
棒の沢に行くには一度林道を分かれて谷に下りる。
谷川に掛かった橋の上に車を止めて、橋の脇の土手に下りた。
土手一杯に雪に寝かされた枯れ葭をわけて
あちこちからコゴミのみどり緑した若芽が咲きほころんでいる。
妻が「キャッ」というので見ると、
くちなわが素早く橋の下の谷川の方へと逃げやっていくのが見えた。
私はシマヘビだと思うのだが、
冬眠から覚めたばかりの緩慢さから抜けて、ずいぶんと動きが活発になっている。
春の日差しは次第に勢いを増し、汗ばむほどで、眼に紫外線が痛い。
春蝉の鳴き出すころや日の送り
またこの季節が廻ってきた。
どこか少しだけもの悲しく、山道に深く佇んでいると足も手も止まり、
森の奥深くに歩みいって、そのまま深ともしない妻のゆくへを目と耳が探し始める。
山に入る一人の人の山に入る世を膳所ぜぜとしてたらの芽を摘む
膳所は是々だ。
山は“山ほど”だ。
棒の沢では高い送電線の鉄塔を見る。
鉄塔の下へと登っていくとその高みから、
三椏スキー場の方の山辺が対岸に盛り上がって山頂へと深くしているのが見える。
神楽スキー場へと続く道がその底部の林の合間に見え、
鉄塔の棒の沢との間は、深い谷川を擁する地形となる。
谷も、棒の沢も三椏の山辺も
新緑が今は谷の下から上へと向ってもえ上がるようで、
目に気持ちがいい。
棒の沢に雪を置き峠行き止まり
斑はだれに汚れた残雪が道をふさぎ、道もそこで行き止まりになった。
行止まったところで少しなだらかな頂稜へと傾く傾斜なだりの一角で
昼食をいただいているおじさん二人に出会う。
正確に云へば、妻が例によって話しかけたのだ。
二人とも大きな青い色の捕虫網を持ち、
一人の人はそれを木の幹に立てかけていた。
山は送電線のため頂稜に向ってなだらかに明るく開け、
気持ちのいい昼食の場所となる。
まだここいらでは春は浅く、低いまばらな藪の、
緑を浅く刷いた色の合間に陣取るお二方に、
妻は例によって問いかけた。
収穫物は、蕗の薹、こしあぶら、コゴミ、
そしてなんとも珍しいものにアケビの純粋な芽があった。
アケビの蔓に申し訳程度に生えそめるまず春の息吹の一発だ。
そこからようやくあはひ幼ひ蔓が延び行くことになるのだが。
山路来てなにやらうましあけびの芽
なのであった。
昼食近くなる。
谷川のあたりまで下山する。
深山幽邃をまた一歩進めばさらに滝に驚く昼餉となり
どう、とばかりに一本の大木が林道に倒れこみ、
道をふさいでいる。
でもこの林道は今は使われていないようだ。
倒れながらも芽吹きはじめた大木に腰をおろすと、
目の前に両腕を一杯に広げたくらいの巾の水流があらわれ、
それは玄牝げんぴん、森の奥深くから流れ出て、
水流は緩やかな滝となって白く泡立ち風景の中に水墨画を表わした。
幽邃である。
小滝は曲水となって石を噛み、両岸は緑色に草が彩り、
両側に少しくせり上がって、
せりあがったところに大木が空へと枝を張り出している。
新緑は風にさやぎ、
下から見上げると浅黄に照り映えた。
そして、その大木は風景の一端に過ぎず、
その奥にブナやら楢などの雑木の林が奥へと続いている。
倒れ臥した大木を背に土手のなだらかに新聞紙を敷いて昼餉とする。
目前に値千金の風景が飽きもせず眼を楽しませてくれる。
行き止まりのこの林道に車を乗り入れる人とてなく、
辺りは水音と谷川の音と春蝉がときに啼きい出すのが聞こえるのみ、
悠久の静けさを感じるのである。
ギフチョウの行き先告げず翔びゆけり
ギフチョウが不意に眼の前を横切っていった。
左手から右手へ、まるで舞台の書割のなかを見やるかのように
不思議に一瞬、茫然と翔んでいったのである。
黄と黒の斑の縞色と、黒い眼の縁の赤い模様が眼にくっきりと見えたやうな気がした。
ここは無根拠律のサンクチュアリ、
ここに入ったら身を慎まなければならない。
妻は滝が流れ出た脇の左からさらに合流するせせらぎの
岸辺に生えている山独活の幼木を採ってはならないと云った。
白い柔毛を育ち始めた茎にかがやかせ、
身はすっくと川辺に立たせた。
見るとそれよりさらに小さい山独活の子供が、
脇に2本も銀色に薄緑色して咲き始めていた。
日下部さん、と後でわかったことだが、
例の捕虫網のおじさんが屈んでシャッターを切っている。
ニリンソウである。
人が現れたと思ったら、また書割の外へと歩み出ていってしまった。
ニリンソウの花叢は左手のせせらぎの際にもある。
咲きそめたものはまだ萼の縁をあはく赤紫に色を滲ませている。
天然の風景に乾杯をして缶ビールははや二缶目に突入する。
すべてに極上のときが流れ、眼に嬉しく、耳に心地よく、喉を潤し、
舌にさらに美味しさが踊る。
イカの煮付け、揚げナスの煮浸しに台湾産の大豆を浸し豆に彩りよく飾り、
牡蠣は東京でにんにく風味にオリーブオイルとバター焼きしてきたものをいただく。
ソーセージも林間では極上のつまみに変じ、
胡瓜と茄子の即席漬けは舌を洗いなおす。
胡桃は手近の石で妻が叩いて割ってくれた。
握り飯は明太子おにぎり、安い海苔なのよと妻は云ふが、
口に近づけると鼻腔に海苔の香りが、
そしてインスタント味噌汁には、
採ったばかりの蕗の董の花びらを散らし薬味とした。
橡とちの木の花房未だにルリシジミ
スギタニルリシジミ蝶は橡の木の花を食相とする。
花の蕾の段階で蝶の成虫はそこに卵を産みつける。
やがて幼虫になった毛虫は芳香をはなつ橡の花房を食べ成育し、
木の幹を下って土中に入り、
また翌年の春先までの永い眠りに就く。
蜉蝣はその日の命、と日本人は儚げに云ふが、
実は成虫でいるのは、だいたいが昆虫では繁殖の一瞬、
或いは一時期であって、
卵から日数を数えれば、それはそれで立派な一生になるものを──、
捕虫網の件の方は、そう説明して
網の中から捕らえたばかりのスギタニルリシジミをつまみ出すと
手のひらに載せて見せた。
蝶はよちよちと手のひらの上を這っていたが、
しばらくして春の陽射しのなかに飛び立った。
ルリシジミ蝶はすぐに谷あいの春の景色にまぎれて見えなくなってしまった。
谷川沿いに2本の橡の木が、
紅茶色の赤い実のような花芽を付けはじめている。
もっとも多くの卵のうち、
春先に蝶になって空を翔べるのはおよそ=1%くらいなものですが・・・
と件の人はまた。
日下部さんが林道の下のほうからのんびりと脇道しながら登って来る。
タラの芽の木があちこちに見えるが、
まだみんな固いつぼみのままであった。
日下部さんは藪から出たり入ったりして、
そしてようやく私たちと合流した。
日下部さんの指は山菜の灰汁で黒ずんで、
その黒ずんだ指が袋を広げて見せる。
淡いやはらかい緑色が、日の光を浴びてきれいに透いて見えた。
「これが今一番おいしいのよ」
あけびの芽が袋の中に緑みどりにかがやいた。
なだらかに谷川沿いに下のほうに伸びている林道に、
もう呆けてしまった蕗の薹がたくさん顔を出している。
蕗の薹呆ける茎もほめたたへ
「でもね、これだっておいしいんだ」
日下部さんは呆けて伸びた蕗の薹を手に採って、
「この一枚一枚の花片を取って、茎は茎、花片は花片で炒めてね───」
呆けたものを褒めたたえることも忘れなかった。
山は山ほどである。
私たちはそこで別れた。
今年またここに一輪ニリンソウ
三椏神楽につづく山道の入口の左脇に、
今年もまたニリンソウが咲き始めた。
これからという感じで未だ控えめな花群である。
あと1週間もすればここいらは白一色に花が咲き広がるだらう。
弁当をいただいている群馬ナンバーの軽自動車の年配のご夫婦。
写真を撮っていると車の中から
「この花は何の花」と聞かれた。
10,5/23(日)雨
けふは日曜日で、朝から雨である。
マンションの窓から、神楽三俣が雪を残して霞んで見える。
昨日はスキーやスノボーの若者たちを乗せたバスが
ひっきりなしに三俣から神楽スキー場にピストン輸送をしていたものだが、
さすがにけふは雨のゲレンデ、
せっかくの日曜日、厄介な天気である。
蕗の葉を摘みにと妻は部屋を出る青くなりゆく雨やがて来る
低気圧が西の方から出っ張ってきている。
湯沢地区も昼ころからは完全に雨になる予報。
妻はこうしてはいられないと私のウィンドブレーカーをひっかけてリュックを背負い、
部屋を出て行った。
「お昼はお饂飩だからね」と、出汁はひいたまま。
朴の花は一つは咲ききって萎れはじめ、三つ四つの蕾が勢いを増し咲き始めた。
マンションの窓から眼下に朴の木が見える。
葉は青々と緑濃く、花は清楚に花の縁に紅色をあはく滲ませ、
緑の葉の合間合間に白く点々と咲き始めている。
妻は昼にご帰還あそばす。
蕗の葉はもちろんのこと、芹、クレソン、
それからどこをどう這いずりまわったのか知らねども、
自生していた山葵までゲットして来た。
げに、女性とはその本質において畏るべき・・・
縄文の妻の日曜日はかくのごとく過ぎつつあったが、
It's all about you ── と雲雀啼きい出るなり
It's all about you ── とくちなわの石の間に
山藤の思いかけずなり垂れ下がり
トレバトーレ、激しく返してよと叫ぶ
生まず女は産まず女のまゝに
流るれば三度三度に
遡りまた問ひかへす
ああ真昼間に苦く甘きものを
水流にさがし
そはセキレイのふる尾のまゝに
わさび菜は山葵菜のままに山家に辛し
今宵タンホイザーを聴きその絶望の深さに敢えて
鼓舞を確かにする
詩趣酣酣しいしゅかんかん、
また、春たけなはなのであった。
智笑