10,3/29(月)晴れ

かんじきからやがてアイゼンをつけて稜線を歩く。

昼なのに星が見える。空が暗い――。

空気が澄んでいて、空気中の埃に太陽が乱反射しない。

だから太陽が出ていてても空全体が明るくなく、深い藍色に沈み、

そしてその中に星が瞬いていた。


永田和宏さんは学生時代に八ヶ岳に。

3月はまだお山は冬山である。

稜線を登っていったのは前日のこと――


話しには聞いては居たがまさかこのテントの中にも雪ぞこれ降る(智笑)

永田和宏さんは学生時代に八ヶ岳を3月に。

同級生4人と硫黄岳の山裾にベースキャンプを張り、

天気のいい日に赤岳山頂日帰りを試みた。

山頂での熱い味噌汁に、ラジオの音楽を聞きながらの至福の2時間が過ぎ、

さて下山し始めてすぐに猛吹雪に天候が激変、

いそいで山頂に引き返し、“沈殿”、つまりビバークする破目になった。

2人用ツェルトに4人が転がり込む。

互い違いに2日間、ひたすら沈殿の最中、

テントの中に雪がサラサラ降りついた。

息がたちまちテントの天上に凍り、

それが細かい雪となってどんどん降ってくるのである。

3日目はまた快晴になった。

下山し始めて数分後、仲間の一人が雪庇を踏み抜いて滑落、

あわや全員そのまま巻き込まれるかと呆然としていると、

見事に彼は教科書どおりにピッケルの頭を雪に打ち込んでいた。

怖ろしくも懐かしい思い出となった。

(永田和宏・細胞学者で歌人10,3/29日経)


ふたりなる雨夜のふけに唐突に声あげて妻ごきぶりを追ふ(山本友一)

台所を守る妻なる女性にとってゴキブリは不倶戴天の敵である。


10,3/30(火)晴れ

さていよいよお江戸にも西の方かたより桜桃色前線が押し寄せてきた。

しばらくは花、花、花、に身を任せる。


新しき入居者もあり桜咲く

自證院のお隣にできた新しいマンションもいつの間にかほぼ満室になったようだ。

深更に、さてどのくらい咲き初めたかと自證院の桜を見に坂を上がった。

窓窓はカーテンが引かれているが、室内の明かりがぼんやりとカーテン越しに明るんでいる。

いつぞやは部屋が埋まらないまま桜の季節になったらどうしたものかとあやしみもしたが、

こうして部屋部屋に灯りがともっているとあたたかく、

いくらか気持ちがやわらぐのも不思議な気分だ。

ちなみに自證院は別名“瘤寺”とも呼ばれた時代もあって、

1900年前後、すぐそばに住んでいた、ラフカディオ・ハーンが、

好んでこの寺に立ち寄ったりしていたと云ふ。

ハーンもこの桜を見ていたのだ。


満月の桜の枝に移り棲み

今宵はこともあろうか、満月である。


ねぐら庭前落下寺宇低く

好きなだけ花を落としてかな

夜目に庭前に白しらと。


かうかうと月出て花の下に出む


月の庭今宵は花の庭になり


桃の花隣に桜寝もやらず

門柱の脇には桃の花も紅く咲いている。

しべの辺りがいよいよ紅色に泥なずむでいる。


10,3/31(水)晴れ

山葵田や春たけなわの辛さかな

伊豆の山葵田である。春の嵐で棚田の一部が壊れた。

若者たちが大勢集まって石を埋める、石を積む。

さう云へばむかし、“詩趣酣酣”というのがあった。

しいしゅかんかん、と読むのださうだ。


大臣の首筋伝ふ襟足の汗は涙かはたため息か

原口大臣は斉藤郵政社長に一枚のペーパーを手交した。

簡保合わせて=約300兆円。

何かいい稼ぐ案でもないかしらむと。

FXのクリック365を考え出した斉藤さんのこと、

なにかひょっとするとビッグな考えがあるやも知れない。

亀ちゃんは国内一律、

原口総務は海外とか、日本の特区などに集中的に投資するようなアイデアで、

二人は微妙に食い違う。

原口総務大臣の首筋を汗が一筋下っていく。

かって細川護煕政権時の大蔵事務次官だものなぁ。

亀ちゃんには“手古ずる”・・・。


10,4/1(木)風強し

屁のやうと云はれて鳩の軽さかな亀のエラアゴとみに張り出

まるで亀ちゃんの一党独裁(?)。

鳩山首相よ「ほんにお前は屁のやうな」と週刊誌にまで云われて。


愚図なのよ向かうは出口まだ緩和日米金利円は安きに

FRBは金融の緩和の出口をうかがっていると見られているのに対し、

日銀は3月に追加緩和に踏み切ったばかり。

日米金利差に円安、一時=93円後半まで。

政治の混迷、のろまさ加減ばかりか反対車。

まあ、円安の方が日本の株価にはいいのかもしれないが・・・。


うろうろと党首討論行き悩み未練霧笛がおれを呼んでる

まるで学生同士が討論会を開いているような感じだ。

正式には「霧信号所」というその“霧笛”がきのう限りで廃止になった。

視界の遮られた海を行く船に灯台の位置を知らせ続けて131年、

ロマンチックな郷愁とともに霧の中に消えた。

霧が一向に晴れやらぬ日本。

■鳩ちゃん谷垣さんは普天間で空虚な応酬。

党首討論では「経済政策」は素通り


有馬稲子さんが今月から「私の履歴書」執筆――。

有馬山猪名いなの笹はら風吹けばいでそよ人を忘れやはする

笹原がさわさわ音をたてると、あなたは私の心をかわりやすいとおっしゃるが、

とんでもない、どうして私があなたを忘れることがありましょう。

■「猪名」は否(拒否)の意味が含まれている。

いでそよ/さあそのことですよ――。

「そよ」は笹原のそよそよと掛けてある。

大弐三位だいにのさんみ(藤原賢子かたこ)の歌。

百人一首。


色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖ふれし宿の梅ぞも(古今和歌集)

「誰が袖図屏風」(江戸時代初期)。

衣桁に掛けられたさまざまな衣裳。

亀甲つなぎの唐織、辻が花染や絞り染を併用した扇面散らしの小袖、

桐竹唐草文様や段織りの小袖など、

桃山末期から江戸初期のものという。

われわれ日本人の感性、移ろう自然の中に命の宿りを見た。


花に嵐やがて雨降る喩へかな

上野のお山の桜の木が折れたとかニュースで(4/2日)。


紙飛行機翔ばしてJALの入社式をみなごらの翼はねのみな真新し

緊張したみなさんのお顔が美しい。


蒲公英の結んで開く黄色かな

春先はみなその黄色に手古ずる。

水仙、菜の花、山吹、連翹、たんぽぽ・・・

たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ坪内稔典

が、たんぽぽでは軽快に有名。


10,4/2(金)曇り

魔が差したゲームじゃないの国会は隣のボタンつい押してみる

国会参議院議員決議で隣の青木議員(欠席)の投票ボタンを押した若林元農林大臣。

10回ほどもボタンを押しておいて「つい魔が差した」と議員辞職を。

議院内閣制の根幹を揺るがす前代未聞のあきれた行為である。


坊さんは花より柳枝垂風

艶なり、である。風に長い枝垂れをよじるやうに揺らす。

緑の点々が風にまぶされるやうに上から下へ下から上へ音律を奏でる。

花園公園では大きな枝垂れ柳が今はこそと芽吹いている。

会計事務所へ。

昨晩から今日の昼過ぎまで雨嵐は続いたが、花はどうやら満開を維持した。

明日からの土日が花の宴の酣となる。


善人の顔して過ごす花の刻


太宗寺地蔵の笠に花の雨

昨日・・・。


自證院花に年寄る地蔵かな

ふる花びらに地蔵は苔むして。


キッチンで酒呑む人も桜哉


関係者以外は禁止立て札に春の嵐は花を誘ふ


勤勉なゲルマン民族大らかなラテンの人の尻を蹴飛ばす

IMFが3分の1、ほかはEU諸国がギリシャ支援。

とはいうものの実際はドイツがメインになってだろうなぁ。


10,4/3(土)晴れ

いよいよけふはこれっくらいのお弁当もって、お花見である。

妻と娘は朝もはよからせっせっとお弁当作り。

お天気は上々である。

防衛省の下を通って、市ヶ谷に出で、法政大学の土手を目指し、

靖国神社に詣でてから千鳥が淵へ。

さてそこをぬけたら、英国大使館を右に見ながらお堀端を左にターン、

丘を登り、丘伝いに公文書館を過ぎて、国立近代美術館へ、

そこで小野竹喬展を見るのが午前中のプラン。


花の歌人、西行さんをまず――。

「花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける」

西行は、のどかな光景とは裏腹に締め付けられるような思いを感じ取る。

「春風の花をちらすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり」

72年の生涯に残した歌の平明な調べは、

後鳥羽上皇をして「生得の歌人」「不可説の上手なり」と言わせ、

「新古今和歌集」第一の歌人として遇せられた。


花を見て足元忘る美空かな

今日はお花見に出かける。

とり初めに自證院の桜を。

空はきれいに晴れている。


花日和こんなとこまで人の群れ


枝振りの良きを探せる小僧かな

桜の花の枝振りの良きを探してカメラ小僧がうろうろ。


門を出て寺の桜に一礼す


花巡りまずは酒屋にめぐるかな

カクヤスに入って、娘のドリンクを買う。

ビールはリュックの中にある。


ポチ連れて花てれくさく見に行けり

小父さんが一人で花の下をうろうろはなかなか様にならない。

というわけでポチを連れて・・・


花を背に釣り糸垂れるひなが哉

すべては桃色に長閑である。

市ヶ谷からは急に人ごみが増えた。

どの人の顔もみんな笑ってる、わらってる。


花守りはおまわりさんや顔わらふ

おまわりさんもいそがしい。


パソコンを桜の花の下で開け

場所取りの若い人はパソコンを花の下に開いて。

土手を行き交う人々の群れ、土手下の山手線、お堀、ボート、桜、桜、さくら。

法政大学の長い土手を過ぎて、靖国神社へ。


燈籠にいさをし語る花の冷へ

お茶が振舞われていました。

祭神に一礼。


靖国に鳥居を浮ぶ花の群れ


花疲れ山吹に来てひと休み

千鳥が淵はいよいよ花の盛りと、花見客の群れの通交を制限、

ポイント、絶景の場所では人々がとぐろを巻いている。

山吹の花が涼やかに咲いていた。


飛行船江戸の花見を真上から

城西大学の飛行船がぷかりぷかりと北の丸の方から英国大使館の上を越えて・・・。


花びらをひろい集めてケンケンす

男の兒がしゃがんで桜の花びらを集めていた。

千鳥が淵の墓苑を過ぎたころ――、

子供の背中には春の日差しがやはらかく当たっている。

やがて子供は先に行ってしまったお父さん、

お母さんのあとをけんけんして追いかけていった。


花見来て古き文庫をひらげをり

ベンチに腰をかけた初老の男性が花の木の下で文庫を読んでいた。

茶色に変色した、老人と同じほどの古い文庫本だった。


石垣のうへ人だかり花いかだ

カラスノエンドウ、スズメノテッポウ、ハコベ、・・・

花は、花桃、花蘇芳、海棠、アカバナ三椏、サンシュユ、

山吹、花韮、花大根、ヒメオドリコソウ,連翹、


小野竹喬展を国立近代美術館で観る。

1918(大正7)年、土田麦僊、村上華岳、榊原紫峰、野長瀬晩花らと共に国画創作協会を結成。

1921年より麦僊らと渡欧。


80歳を過ぎたころからの作品が圧倒である。

この方の日本の詩情、本来面目が発揮されるかのやうだ。

とりわきて、芭蕉である。

晩年は芭蕉の奥の細道の軌跡をたどる。

「芭蕉の自然に対する真剣な眼差しに感動、その真剣さに私も取り組みたい」

自身も魚乙ぎょいつという俳号を。

「麗らかやむしろの上の小商い」

芭蕉の句を抜群の絵に仕立て上げた。

「田一枚植ゑて立ち去る柳かな」

「笠島はいづこさつきのぬかりみち」

「まゆはきを俤にして紅粉の花」

「五月雨をあつめて早し最上川」

「涼しさやほの三か月の羽黒山」

「暑き日を海にいれたり最上川」

「象潟や雨に西施がねぶの花」

「荒海や佐渡に横たふ天の河」

「あかあかと日は難面つれなくもあきの風」

「浪の間や小貝にまじる萩の塵」


竹喬展を出て、北の丸公園に入る。

花大根の紫、人々のさんざめき、

木の間から春の日差しが麗らかに遊歩道に差し込んでいる。

武道館を右手に見て、広い庭園芝生に出る。

眼の前に池亭が広がり、その向こうに桜や松が素晴らしいコントラストを映している。

シートを広げ、ランチとする。


子が遊び花のぼなぺてぃ親笑ふ


いやはやと花に繰り出す長屋かな


饅頭と大福花を争へり

お互いにそっぽを向いたりして・・・


桜咲く暢気眼鏡に手弁当

豊富なもの、自然なもの、ありのままなもの、美しいもの、

それらのものたちにいったいいつになったら辿り着けるのか心配になってきた。