雄ちゃんへ
四面楚歌火の手が上がるカブールで医療保険でウォール街でも
オバマショックである。
四面楚歌である。
マサチューセッツの補欠選挙で民主党候補が敗れた。
公的医療保険など議会運営に危機。
「ボルカー・ルール」がVSサマーズ、ルービン、ガイトナー(ウォール街派)。
名護市市長選挙で基地移転反対派の市長の当選。
日米安保の漂流へ――
とにかくオバマさんは大変だ。
経済は古くて新しい。
近江商人の“三方よし”から
静岡県は掛川の報徳社門、「経済門」と「道徳門」である。
売り手よし、買い手よし、世間よし、であり、
経済のない道徳は役に立たず、道徳のない経済は犯罪であると――。
鳩山政権は道徳にちかく「分配」にいそしみ、
厚生の根本である経済を忘れているかのごときである。
それはさておいといて、
米国ではオバマショックが起こり、世界中の耳目を集めている。
米国では1907年、株価暴落で銀行の取り付け騒ぎ。
それらをかんがみ1913年、中央銀行の機能を有するFRB設立した。
1929-30年、大恐慌が発生。
1933年、<グラス・スティーガル法>成立させた。銀・証分離である。
<グラススティーガル法>(銀行・証券の分離を定めた)の制定後、
銀行の長期融資の是非を巡る議論が起き、
銀行は「債権を売却しなければ(満期まで保有し続ければ)法に抵触しない」
と反論した経緯がある。
銀行の融資債権の流動化は銀証問題の核心の一つなのだ。
経済学者のサミュエルソンが亡くなった。
ケネディ大統領の経済顧問として1960年代の米国の繁栄の時代を築いた。
ケインズのマクロ経済学と新古典派のミクロ経済学をを統合した
「新古典派総合」と呼ばれる理論を構築した。
その後のミルトン・フリードマンら「マネタリスト」とは終生のライバル。
経済学者として何を目指したか。
「私には夢がある。
それは、古風で冷酷な資本主義の効率性を大部分残しつつ、
同時に混合経済の持つ人間味を保つことである。
つまり、血の通った経済学である」
(1983,6/3日付「経済教室」ポール・サミュエルソン)
09,12/13日、米マサチューセッツ州の自宅で死去。93歳。
70年に第2回ノーベル経済学賞を受賞。
1971,8/15日、「ニクソンショック」によって
世界は金本位制の拘束衣から解き放たれた。
地べた(実需、基礎的ファンダメンタルズ)から離れた経済は、
額面と市場の価格差が顕著にバブルする。
※額面で買って、市場で捌く・・・
マネーは交換のための手段ではなく、
目的、つまり売買・投機の対象「商品」へと変化した。
ハイリスク・ハイリターンの時代の幕開けである。
額に汗する倫理的エートスの時代から
金融工学、マネーの専門家が跋扈するようになる。
カリフォルニア州の職員年金基金calPERSは
71年次には基金が=10億㌦にすぎなかった。
やがてエネルギーショックがあり、変動為替相場の時代になった。
米国ではインフレとスタグフレーションが始る。
calPERSはカリフォルニア州で株式の投資規制緩和を勝ち取る。
自由に株式などに年金を運用することが可能になった。
やがて10億㌦の資産が→1000億㌦の資産に増大することになる。
ハイリスク・ハイリターンの道を選んだのだった。
カリフォルニア州職員退職年金基金
(The California Public Employees' Retirement System)
■公的年金の中では世界最大で、
総資産は円換算で=26兆円(2007年現在)とも言われている。
(09,12/20NHK)
話はついでながら、
経営学者のピーター・ドラッカーは
1976年、著書「見えざる革命」で、
産業の老化を避けるため年金が一定額をベンチャー投資に振り向けるべきだとした。
米欧年金は忠実にこれを実行するが、日本はほとんど無策である。
ベンチャーキャピタルは干上がり、新産業育成のパイプは途切れている。
(藤田和明・日経編集委員)
1970年代、MMFへの大量資金が流入していく。
1973年のオイルショックでインフレーションが起こり、
銀行預金の実質的価値が目減りした。
使い勝手の良い「銀証総合口座」のようなものがつくられた。
従来、公社債などの債券は購入単位が大きく、
小口の個人投資家には手が出せない商品であったが、
このような投資信託が生まれたことでそれらへの間接投資が可能になった。
証券総合口座の設定により、
MMFで運用した資金をそのまま株式などの購入に当てられるようになったこと、
小切手の振出しができ当座預金の機能を有するようになった。
オバマ・ショックで世界中の株価が下がった。
オバマ「金融新規制」(「ボルカー・ルール」)。
新金融規制は商業銀行にヘッジファンドなどの所有・投資を禁じ、
自己資金勘定による高リスク投資を制限する。
1933年<グラススティーガル法>(銀行・証券の分離を定めた)。
1980年代から金融の規制緩和・自由化が始まった。
(リスクが取りやすくなっていく)
1990年代、日本の追い上げ、
95年「強いドル」(ロバート・ルービン)、
99年「グラム・リーチ・ブライリー法」(持ち株会社の下で銀証ワンストップショップ)、
08,9/15日「リーマン・ショック」。
商業銀行と証券引き受けや資産運用を行う投資銀行部門の分離が迫られる可能性も。
現在は両部門を併せ持つ自己勘定取引で稼ぐ大手金融機関が多い。
投資銀行を含む金融機関の負債の市場のシェアの上限、
負債の規模の基準(資産圧縮迫られる)などが検討される。
⇒金融リスク資本主義→オバマ政権の「グリーン産業」(産業資本主義)構想へ。
銀行がヘッジファンドやプライベートエクイティ(未公開株)ファンドに
出資・保証することを禁じる。
未公開株を手掛けるファンドは、ベンチャー企業や再建途上の企業に投資し、
企業の成長やリストラを促してきた。
■銀行自身の資金でリスクの高い金融商品を売買することも、おおむね禁止する。
自己勘定の取引は失敗すると損失がかさむと判断した。
■金融資本主義は短期主義、報酬過大な傾向にあり、モラルハザードの原因となった。
①大きすぎてつぶせない
②つぶれても大丈夫なように大きくしない
③大きくてもつぶせる仕組みを考える
■金融機関に責任を取らせるという点では、
オバマ政権は公的資金の損失分について大手行に課税する考えを打ち出している。
⇒過度の規制はマネーの流れを詰まらせ、景気低迷の長期化の懸念も。
■米国はこれで「ドル安」を狙っているのか。
■すべてが歴史の法廷、ということになる。
これもついでながら、
間違いなく藤井裕久財務大臣も
過去最大の税収を上回った国債発行を決めた財務大臣として
歴史に名前を残すことになる。
財市場、労働市場、金融市場、商品市場、・・・
マネーがものすごい勢いでうなりを上げて飛び回っている。
モノも人もカネも自由に動く市場は、
企業が人とカネを組み合わせてモノを作る創意工夫を競い合う、
資本主義経済を生み出した。
古今東西、需給ギャップの大きいところにマネーは流れ込む。
額面価値と実質価値に乖離があれば、額面で買って 市場で売れば儲かる。
市場には必ずそれ相応の裁定関係がある。
長期か短期か、どのくらいのボリュームか、どの水準か、
四六時中“美人投票”をしている。
元手があって何かを生み出す、稼ぎ出すというのが資本主義。
資本主義には市場システムとまた根本には民主主義が不可欠。
そして民主主義は拮抗する対抗勢力が必要である。
市場は自らを律することなく暴走してしまった。
産業資本主義が金融資本主義に打ち負かされた。
利回りの悪いことなんかやってられないということだった。
また悪いことに株主も年金も「利回り、利回り」とせっついた。
効率を求めるあまり、自由と規律の均衡を欠き、
公正を省みない、市場の乱用が始まった。
■市場における経済の合理性と整合性が働くためには、
まず市場を尊重することが基本だ。
情報の非対称は恣意性を増幅させた。
銀証の壁が取り払われ「利益相反」ぎりぎりのことがまかり通っていく。
監督と審判(ルール)が一緒になったようなものだ。
市場の尊重こそがかって、経済を律して社会の質を高めることに貢献したが、
昨今は経済をゆがめて社会を劣化させる働きをしている。
経済の基本は市場とマネーの本質に根ざした
それこそレバレッジを利用して世界から貧困を排除し、
社会の質を高めることにあったはずである。
もとより金融機能は社会資本主義の国においては
高速道路や地下鉄と同じように日常的な重要な国家インフラの基軸である。
しかし、ルールが設定され、そのルールが守られなかったら
いたずらな混乱を招くばかりの素になる。
経済は無数の個別の市場がつながってできており、
あらゆるトレード・オフはそれ相応の裁定関係で成り立っている。
“変動”であるとは自由とガバナンスの両方が求められ、
市場の効率性は絶えず勝者と敗者を生み出し続け、
交代しつつ、新陳代謝を促してきた。
市場重視の経済学は米国のバリューであり、
富と成長の恩恵が社会全体に染み渡ると多くの米国民は実感してきた。
冷戦が終わり、世界経済のグローバル化が始まった。
市場に参入するプレーヤーが増えれば増えるほど、
生産の要素価格は均等化され、
地球の南北裏側で経済のフラット化が進み、
失業が単純にあっという間に輸出されるようになった。
付加価値の持たない人口はたちまち貧乏人になっていく。
中低所得層は崩壊し、富裕層との所得格差はいまや目を覆うばかりになった。
リスクは成長であり、成長は税収に結びつく。
しかし、99年ころからのリスクテイカーたちは監視の行き届かないところで、
激しく強欲と結びついた。
長期という実需を顧みることなく、短期というマネーのターンテーブルを激しく回転させた。
確かに金融資本主義は製造の基本を忘れた米産業の欠点を補い、
米国民に束の間の消費の幸福感をもたらせた。
しかし、あまりにも実態と乖離したものには必ず天の調整が入る。
バブルははじけ、世界は地球規模の不幸に陥った。
“オバマ・ショック”にはいろいろな側面がある。
公的医療改革はますます議会では審議が困難になったが、
「This is not about me, this is about you 」
とオバマさんはシャウトする。
米医療改革は一種の所得再分配政策なのである。
リンカーンは南北で=82万人という犠牲者を出しながら、
その悲惨な戦争を「奴隷解放」という人類の世界史的な理念を掲げることで、
歴史の法廷に名誉ある輝かしい名前を刻み込んだ。
鄧小平は「改革解放」でGDP世界2位という現在の中国を導き出した。
鳩山政権の「友愛」も、前代未聞の税収を上回る国債発行という史実も、
まぎれもなく現代史に残ることになろうかと思う。
そして、Mr,President オバマさんである。
“オバマ・ショック”は世界の歴史の法廷に名前を残すことになるか――。