10,1/2(土)

厨ベの初暦まだ真新し

今日も湯沢はすごい雪だ。

おかげさまで関東地方はすっかり晴れている。

年寄りの正月の楽しみ、「箱根駅伝」が始まった。

もう、涙腺を緩める用意をする。


ヒーローが生まれる予感駅走す

餅食ふてお気楽に見る箱根かな

塔ノ沢けり上がりゆく若者のやはりこの人柏原君

小田原中継所で7位(4分26秒差)、

塔ノ沢のこの地点で2位、先頭の明治をとらえる。

そしてすぐに4分を超える差をあっという間にひっくり返した。

小涌園前で独走態勢に。

「走ることが純粋に好きになったときから

自分は変わったと思います」(柏原竜二)

好きなこと、面白いこと、儲かること、ためになること、人様に役に立つこと、義のためなどなど、

今年は「龍馬伝」が始まる。

“脱藩”とは何か。江戸幕府=300年の桎梏を脱殻するとはなんであるか、である。

■エントロピーから考える。

■「父性」から考える。


雪んこの壁の隅来て吹きだまる上へ下へと我か彼かと

雪んこは上へいくのかと思へば上にもいくし、

さりとて仲間の数片は下へも上へもさ迷う。


「皆様と新しい年をともに祝うことを嬉しく思います。

それぞれにとりよい年になるように願っています。

年頭に当たり人々の幸せと世界の平安を祈ります」

一般参賀、今日一日で=8万人

我が妹と過ごせし日々を顧みてうれしくも聞く祝典の曲(陛下)

宮内庁が新年にあたり、去年の御製、御歌を発表した。

「父在さば如何におぼさむベルリンの壁崩されし後の世界を」

(即位のころをしのびて)。

夏草の茂れる星に還かへり来てまづその草の香を云ひし人美智子皇后

宇宙飛行士帰還。


この旗のもとに生まれてこのもしく白地に赤く今朝の清しさ


幾千の雪の手を出し杉の坊杉の林に雪降りやまず


ありがたや雪間明かりや雪降ろし

サア、とばかりにみな駐車場に降りて今日も雪を下す。


垢も出ず屁も出ず老いの嘆きかな年越しの風呂汚れよごれて

汚れた人が多くなった。

汚れたままで風呂に入る人が多くなった。

モラルは崩れた。

翌日、管理人さんたちは湯船を大入れ替えした。

あまりにも無かった汚れ方に吃驚した。

さう云へばなんとなくいつもより湯船の湯の色が濃いようにも思えたものだが、

何しろ眼が悪いものだから分からない。

賑やかさと、湯煙と、やっと年越しにたどり着いたという安堵で

そんなことにはすっかり気がつかないでいた。

そんなことを今日湯船で隣越しになった方に云われたのだった。

マンションも価格の低落が止まらない。

300万円もあれば手に届く部屋がいくつも売りに出されているやうだ。

どうやらそこにも原因がありさうだ。

このマンションもすでに発売されて20年がたった。

バブルの真っ最中といってもいいころのことである。

しかし、当時はバブルと云へども、お金の算段をして購入された方が多かったのではないか。

少なくとも安い買い物ではなかった。

企業の方も、自家営業の方も、お勤めの方にしろ、

分かりやすく云へば、ある一定のラインがあった。

つまり「倫理的エートス」である。

商いの根本は「信」である。

自身のモラルに磨きをかけるほかは無い。

してはいけないことをどのくらい学び、体の一部に自然にし切るかの日々の鍛錬が続く。

してはならないことは金輪際してはならないのだ。

その最も根本的なことが人様の迷惑にならないように、

お天道さまが見ているから、ということだった。

みだれ籠にはしっかり畳んで下着を収めろ、

疾呼は部屋で済ましておけ、尻と玉を洗って入れ、

湯船では大声で騒ぐな、湯船は子供のプールではないぞ、

タオルを湯船に浸ける莫迦があるか、

おいおい、風呂から出るとき体をタオルできっちり拭いて、・・・

すべてが大の大人まで含めて駄目になりつつあるのである。

こは、どうしたことか。


デフレ心性は人々の気持ちをますます卑しいものにさせる。

「本当のことを教へてよ、壊れかけのラジオ」である。

人々は予算制約の中で自身の効用を最大にしようとして消費行動する。

さて現在は、その行き先々がアウトレットであるとか、ユニクロであるとか、

PB商品コンビニエンスストアであるとか、スキヤであるとかになっている。

待っていれば安くなるかもしれない──でふれとはさういふものである。

卑しさが昂じれば結局のところとどのつまりは自分たちの暮らしの首を締め付けることになる。

本当のことを教へれば、ラジオはもうすっかり壊れてゐる。

産のデパートの福袋売り場に人々が到する

心性が壊れているとしか思へない。


とにかくことほど左様というわけでそのことは供給サイドに決定的な泥仕合を強い、

彼らを致命的な消耗戦へと導いていく。

体力を蓄え次への一歩へのエネルギーを養う間もなく、

お互いのうちに消耗して、

あげく外国企業に国際競争力という点でやはり致命的に出遅れてしまうことになるのである。


神います車で夫婦の露天商甘酒を売るそのままに死す

プロパンガスの一酸化炭素中毒死。

明治神宮前で甘酒売り。

年末からの東北からの出稼ぎ。


10,1/3(日)やっと小雪かと思ったらまた降り始めた。

ひっそりと三日になりぬ姫初め

昔はがんばったんだけどなぁ・・・どうなったんだ。


初春の床行く人や帯結び


女房の陽気なりしはいつの世もウィーンワルツの今年のはじめ

「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲。

ジョルジュ・プレーテル(仏、85歳)指揮、ニューイヤー・コンサート。

「ウィーン、ボンボン」当時流行していた砂糖菓子のワルツ。

ワルツ「朝の新聞」(ヨハン・シュトラウス)、なんていうかわいらしい変わったのもあった。

かささぎから人に至るまで女が誘い、男が誘う。

その間おびただしい戦争があり、略奪は続き、涙と血が流された。


若水を井戸の茶碗で結びけり

井戸茶碗は朝鮮半島の新羅のあたりで14,5世紀に作られた。

朝鮮半島ではその後は、白磁に取って代わられた。

千利休は時代のアバンギャルド(前衛)で、

日常的なもの、素朴なものの中にある別なる緊張感を導き出した。

やがてその枇杷色からどっしりとした黒楽茶碗を作らせるに至る。

ここまで来たらもう完璧に時代に対する反権力を明確にしたわけだ。

とうとう利休は秀吉により切腹を命じられる。


優美さと助平は紙一重なのだ。

赤と黒の抑制された緊張感。

大聖堂の部屋から部屋へ女は誘い、男は追いかけて行く。

エロスとタナトスがくっ付いたり離れたり、抱き上げたり、突き放したり。

むろん最後は一緒になることが決め事になってはいるが、

そのはらはらどきどき感が当人たちにも見ている周りの人たちにも

ある種の動的な感動を呼び込むことになるのだ。

「誇り高きジュリアン・ソレイユ赤と黒、ロンドは過ぎる年の初めに」


地中海の花運ばれるこの街にウインナーワルツ今年もかかる

地中海のイタリアからたくさんの花が運ばれてきて会場いっぱいに飾られた。

今年のカラーは「オレンジ」なんださうだ。

オベーションに応えてプレーテルさんは最後に恒例の「ラデッキー行進曲」を指揮し、

にこやかに収めた。

ユーラシアの下、“不安定な弧”に

昨年の年の瀬も迫るころ立て続けにテロや、自爆が起こった。

米国では航空機爆破未遂事件が、イエメンでアルカイダ系のアナウンスメントがあった。

時は世界の地球の表面に何があろうと、淡々と粛々と過ぎていく。

あらゆる物事を人々の感情さへもまで一切合財を押し流していくもののやうだ。

ワルツはかかる。ロンドは廻る。

よく生きよかし、世はすべて調ひと美よ、

と囁けるがごとくである。


「ゆるい」「もろい」「やはらかい」

それぞれに対応するのが「固い」「堅い」「硬い」である。

「堅忍自重」よりも「硬軟自在」がやはり好ましい。

「搗く餅のやはらかければ微笑ましやがて鏡に硬くなりゆく」

小正月には餅花もつくられる。

豆や紅をしこんだやしょうまもつくられる。

昔は子供たちにはまだまだお正月が続いたものだった。


めでたさや菓子も四角になりにけり

1630年ころ、長生殿は往昔白色長方形に胡麻をふりかけしものなりしが

後水尾帝これを叡覧ましまして

「田の面に落つる雁のやう」と宣ひしより落雁と名付そめけり──。

雲上に召されしこと屡々なりしかばいつしか御所落雁と称ふるに至れり。

『長生殿』(加賀藩御用菓子司・森八)


云ひよどむすでに「天敵」もう一杯

天敵はあるこほるであるか。

憎ッくきこいつ奴と、もう一杯、もう一杯とやっているうちに、

いつの間にか呂律もまはらず身上の家までがぐるぐる回ってくる。

「おいらだって要らねへよ、そんな回っている家なんか」

と息子は親父に。


三が日児を泣かしをる親も居て

これは、すごかった。

まず浴槽で泣き始め、着替えの場所まで続く。

何が原因だったのだらう。

子どもは大声で泣き、泣き疲れてもまだ泣こうとする。

若いオヤジは一緒になって大声を出しっぱなしになっている。

もうすでに抑制というものは考えられないのだ。

子どもの声はやがてひゅー、ひゅーと、笛の鳴き声のようになった。

躾を済ましていない父親が、躾けようもない子どもと、

ずいぶんと長い間他の人の存在もありようも無きがごとく、

ずっと対峙していた。

子どもはやっと泣き疲れたようだった。


車の雪下ろしを済ました後でようやく買い物に出かける。

スーパーで買い物を済ました後で中里地区のひなびた叢の神社に初参りに。

軒しずりかがりの煙り初参り

篝火の熾きあかあかやお神酒抱き

神域の屠蘇で今年を祝ひけり

鈴鳴らし手綱に今年託しけり

今年は娘と妻の3人でお参りをした。

雪は漫々に杉林を満たしている。

参道は融水で水が流れ、妻の短靴はあやうい状態になる。

右手に篝火が高く焚かれるのを過ぎ、鈴の下に出る。

3時少し回ったところ、我々以外は誰も参拝する人はいなかった。

賽銭を捧げ、お参りしてから中に入ると、村人がお神酒を振舞ってくれた。

三人で屠蘇で今年を願い、祝い合った。


年初の年賀葉書の友人、先輩たちの句を記す。

冬波の百千万の皆起伏(高野素十)を引句した米田繁男氏。

初暦日々好日を祈りけり(牛山文子)

虎の尾をまだ踏む気あり杖者かな(岩瀬政雄)

ママ不在どんでん返しの師走かな(松田守泰)

すみませぬ、年末においでになっていただいたのに、

われわれはすでに湯沢の雪の中に温まっていたのでした。