09,11/23(月)晴
清津、津南を通って長野方面に向う。
道々の村々ではいたるところで大根やら白菜やら、柿などを干している。
柿、大根干してスダレの村になり
大根はもろとも白菜も、軒下には柿もスダレに干されている。
秋の陽射しは働く老夫婦を庭先にほっこらと。
白菜やキャベツも肥へて花まるき
回る寿司孫子と行けば新幹線
飯山でカッパ寿司という回転寿司に入った。
ちょうどお昼時に重なりウェイティングで20分近くベンチで待たされた。
玄関からのアプローチに子供目線で色々な小物やら
コインで買えるグッズの器械がカラフルに並んでいる。
南の気持ちはすぐにグッズにクギ付けになる。
わたしたちの前で立ちんぼしたまま、上下に激しく何度も体をゆすったまま、
顔をゆがめて「買って、買って」とせがみ始めた。
約束してないよ、買ってあげられません、と何度も目の前で南に云ふ。
南は次第に癇癪をおこし、さらに「買って、買って」と顔を真っ赤にし始める。
わたしが「ダメだ」と顔を突きつけて云う。
すると南は赤い顔に涙を浮かべて「ばか、ばーか」と鋭く云い返した。
魂消たものだ。
突然の意外な反撃にわたしも吃驚してしまう。
何しろ相手はまだまだ年端も行かないなってったってたったの4歳の小児である。
プリンを注文する。
タッチパネルのボタンを押すと、たちまち新幹線がプリンをのせてやって来た、
売れ残る大根もあり土間の秋
由美子姉さんが道の駅で売れ残ったからと
大根の少し小ぶりなものを籠にいっぱい詰めて運んできた。
今日の鍋物はピョンロー鍋。塩と唐辛子で味加減をする。
具は豚肉に、白菜に、ビーフンである。
勉さんのお母さんのだんなさんの弟さんの奥さん(キクエ小母さん)、
いつもは隠居の小母さんと呼ばれていたが96歳で亡くなられた。
ここ2,3年病院に入っていて、食物も胃へ直接にチューブで流し込んでいた。
ほとんど植物状態だったらしい。
小母さんは満州でDrだった旦那さんを亡くし、
日本に引上げる途中、幼子の一人息子をチフスでなくした。
たった一人ぼっちで終戦後を暮らすことになった。
勉さんは家に居て故人を悼むということだ。
静かにして家から出るのを慎み、
外ではお酒を呑んだりゴルフを付き合ったりするのをしばらく控えるとのことだった。
外にまた小雨がぱらついてきた。
09,11/24(火)晴れ
つゆけしや菊放縦に倒れ臥す
朝露の重さに耐えられなくなったのか、
あるいは風の向き加減か、菊は庭先に倒れ臥していた。
孫生ひこばえや苅田の空に鳶めぐる
さりげなく花梨を買うて玄関へ
妻は形よき花梨を買って来て、さりげなく玄関に置いた。
やがて、芳香が漂い始める。
栗埋める栗鼠も師走のせはしなき
佇食行動。冬眠のない栗鼠は胡桃や栗などを土の下に埋めて冬に備える。
そんな風景もあったが、
長野県の須坂動物園では人気者のカンガルーのハッチが老衰のため亡くなった。
ハッチの特技はサンドバッグに抱きつくこと、お腹を見せて昼寝をすること。
その妙にオヤジっぽい景色が来園者を呼びこんだ。
閑だった動物園が賑やかに復活した。
我々は政治に何を呼び込んだらいいのか。
景気が良くなる人気者が欲しい。
09,11/25(水)晴れ
ホモ、ヘテロ歪み美し呵呵くぅわりん
この二丁目では「あいつはヘテロだぜ」というのは
「あいつはノンケだぜ」という意味らしい。
異質性。
09,11/26(木)晴れ
「独り」
古切手そろりそろりと切り揃え夏逝く夕をほんまに独り(道浦母都子)
沢庵をへし折って食ふ独り者(江戸古川柳)
「蟹」の季節になった。
蟹の肉せせり啖くらへばあこがるる生まれし能登の冬湖の底(坪野哲久)
応神天皇(270年)は近江国木幡村に住む河枝比売の家でもてはやされ、
肴に出されたカニを見て、
「この蟹や いづくの蟹 百づたふ 角鹿の蟹 横去らふ いづくにいたる」 と、
即興歌を詠まれたそうです。
この角鹿とは、現在の敦賀で、蟹はズワイガニだと言われています。
「横去らふ」は横歩き。中国では蟹のことを別称「横行君子」というそうだがうまいことを云ふ。
全身が堅い甲冑に包まれ、威厳があって君子然としている。
(小池光・歌人09,11/22日経)
「百づたふ」ということで――
百づたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ(紫式部)
今日が見納めかなあ・・・。「百づたふ」は磐余や角鹿にかかる枕詞。
東京、その武蔵野にも紅葉が降り染まって来た。
経たてもなく緯ぬきも定めず娘子おとめらが織れる黄葉に霜な降りそね(大津皇子)
そして私もお相伴に・・・
経たて緯ぬきも定めぬ秋の紅葉かな
09,11/27(金)晴れ、夕刻東京を出発して湯沢に向う。
関越や月夜野と云ふ月明かり
月が出ていた。私は運転しているので分からない。
妻が窓の外を何度か指差す。
09,11/28(土)雨
枯れ薄折れて時雨を受け止めり
蕭条として、この風景も年寄りにはなぜか和む。
雨のち晴れ鮎咄しする湯沢かな
お風呂場で鮎釣りの咄を。
老人は清津峡のほうに出かけるようだ。
蟹啖くらふ妻脚折りて吾に出しぬ
活ズワイガニを茹で、皿にマッ赤っかを置く。
カニさんと眼が合ったところで妻がぼっきりと腹から割る。
脚をさらに折りて肉がせせり出して来たところを吾に差し出してくれる。
The itsy-bitsy spider climed up the water spout.
Down came the rain and washed the spider out.
Out came the sun and dried up all the rain,
and the itsy-bitsy spider went up the spout again,
ある日小さな蜘蛛が散歩に出かけました。
高く聳える屋根を眺めていると、雨樋を探検したい衝動に駆られました。
まず、縦樋に中に入りヨイショヨイショ上へ上へと登っていきます。
雨がザーと降って来た・・・太陽が当たり一面を乾かします・・・
ヨイショヨイショとまた――。
日本ではこの歌のメロディーが「静かな湖畔」というタイトルで歌われている。
小さな蜘蛛は郭公になった。
アメリカでは繰り返し歌われるが日本では輪唱になる。
究竟するところ方便である。
われわれは日常に飽きてはならない。
(アーサー・ ビナード09,11/22日経)