09,10/24(土)甲府、うす曇り

ふるさとは柘榴もひとつ物語

腐れ家にたれか入り来る柘榴割れ

柘榴が割れて落ちた。

この村落ではもうあまりハッピーなことは期待できない。

久さんは軽トラを道端に停めて、あれよと歩いてきて畑の際にしゃがみ込んだ。

ば様は畑仕事の手を休めて久さんのところへ歩み寄る。

「体のことを云えばいたって元気だよ、おばちゃん」。

ば様は日よけ帽の庇を上げて久さんの顔を覗き込む。

糖尿値=400を超えているとのことだった。

コーラとかジュースとか甘味料が入ったものをここんとこずいぶん長いことがぶがぶ飲みし過ぎた。

それに自分の好きな店屋物ばかりを食べていた。

ツケが回ったんだね。

でも市役所にはずっと葉書を出していたんだよ。


枝豆はぱんぱんに膨れ上がって莢が黄ぱみはじめている。

アスパラはもう完璧に呆けて丈高く、細かい葉の間に赤い丸い実を付けている。

久さんの病はほんとうのところ筋萎縮勝のやうなもので、

一日に何度か体がまったく自由にならなくなるときがある。

頭のわずか数センチのところにある薬すら手が伸ばせなくなる。

そうなるとしばらくは声も出せずにいも虫のやうになって

その呪縛が解けるときを待つしかなくなるである。


ドーパミンのせいなんだよ。その分泌がどうもうまくないだよ。

線条体というのがあってね、そこを手術すれば治るって、自治医大の先生に云われた。

手術は11月の予定になっていたのだ。

それが突然ふって湧いたやうに高血糖値というわけであった。

高血糖のままでは手術はできない。

「おばちゃん、おれに関してはいたった健康でうまくいってたんだよ。

市役所におれはこんな体だかから、うまく健康診断を受ける場所なり方策はないかと、

だからさんざん葉書を出していた」。


結局、市の方からは一度も連絡はなかった。

健康診断さへ受けていたらこんな風にはならなかった、ということだった。

ば様は久さんと同じように畑の際にしゃがみ込み、さうだよね、そうだそうだと悲憤慷慨する。

久さんはその間、頭を何度もかきむしるように、薄くなった頭髪の間に指を入れて後ろに回す。

せめて120くらいの値に落さないとね、とわたしが云うと、

久さんは肯くばかりで、くいもんのカロリーでうまくいかんようだったら、

薬で何とかするしかないということだが、うまいもんも食えなくなったらおしめへだね、

と云って、ふいと立って軽トラの方に歩き出した。

ば様が「ほれ、林檎でも」と畑の林檎を捥いで渡そうとするのだが、

久さんはバタンと運転席のドアを閉めて、

軽トラはあっという間に立ち去ってしまった。


いいはく花地に落ちて落花生

蔓が地に潜り込み地豆を作る。

義兄は雑草を防ごうとしてビニールのシートで畝を覆った。

蔓は畝に入ることも叶わず土の中に白い地豆を結ぶことが出来なかった。

しかし、花から出たと云ふ蔓が地に潜りあの落花生を結ぶとは、

いぶかしまざるを得ない。


午前中はまず落花生を掘り起こすこと。

ば様にしてみればもう地べたが固くなっていて鍬を入れるのさへ難儀だというのだ。

昨日も夕暮れ遅くまで落花生堀りをしていたのだが、

日が暮落ちてじ様が納屋の端から「ほーい、ホイ」と呼ぶ。

いつまでやってんだ、腹がすいてきたぞ。

じ様に云わせればば様は何をやらせても要領を得ずのろい、ということだった。

たしかに畑の土は思いのほか固くしまっている。

鍬を振り下ろす。

畝の左右をあたって鍬を振り下ろしているうちに、鍬の柄がぽっきりと折れてしまった。

ハンマーで鏨たがねを打ち込んでいると、じ様が寄ってきて、

「だめだね、まだ万能まんのうのつけへ(使い)方がわからんずら」

と、男鍬をわたしに渡す。


鍬には男鍬、女鍬というのがあるらしく、わたしがぽっきりとやっちまったのは女の鍬らしい。

つまり、ば様の鍬だ。

お百姓は何でも自然の要領で力を抜いてかからなければならない。

変に息んだりすると自分が疲れるばかりではなくぽっきりといってしまう。

自然に振り上げて、打ち込むほうの肘を下げて

重力と慣性の法則に任せて鍬の刃を地べたに直角になるように振り下ろす。


このらっちもねえ落花生はどうする。

味はわたしは好きだがね。

わたしがしいな貰っていくね。

じゃあこっちのも持って行けし。

地面から掘り上げると落花生は細い糸のやうな根にしらしらといくつもぶら下がっている。

なかには大きくなりきれずに地豆の形にならないものもある。

しいなは杯の中にまだ半分豆に育ちつつくるまっているような状態だ。


糸にぶら下がったまま逝っちまった。

「もう電機の故障は和田さんのところに頼むしかないからね」。

この間は風呂場のシャワーが壊れた。いくらやってもお湯が出ない。

電話をするとすぐにやって来てくれて、こんな詰まんないこと頼んで、と云うと、

いえいえといいながらよろこんで直してくれた。

いい表情していたじゃないねへ。

それを――、ば様は両手で自分の首を絞めるような仕草をする。

自殺してしまった。

鬱病だったんだね。ずいぶんなげへことだったらしいよ。

よかないと思ったよ。


従兄弟の直ちゃんちはこの間自分のお父さんが亡くなったばかりだというのに、

お父さんの兄弟の息子さんが自死、やりきれない気持ちでまた出かけて行った。

10人も兄弟しあるのに、さびしいもんだったよ。

兄弟が来んからうんとさびしい葬式だった。

親の遺産をめぐって長いこと争いが続いて兄弟は2分されてしまった。

寄らんだよ。誰かが行きだせば次々と行きだすけど。

病んでる姿なんてだれんも見られたくないじゃん。

涙がでるばっかりだから。


落花生がおわったら今度は二畝ばかりの里芋を掘り起こすことになった。

まず最初にば様が里芋の茎をカマで切り取っていく。

里芋の土たのもしき子沢山

土はえらいね。ほんとにたのもしい・・・とば様。


仲良きは美しき哉衣被ぎ

里芋の子多くして衣被ぎ

その日の夕餉にはさっそく衣被にしていただいたが――


ちちろ虫何あげやうか末うれ紅葉

心細げに、いつまでもいつまでも鳴いているのであった。

李畑は放棄され、その葉もまばらになった李畑の向こうに新興住宅が建っている。

鍬を振るたびに里芋も、落花生も掘り返される。

蚯蚓は土の黒き、根塊の間から地表にふためきおめきはい出てくる。

鵙も黒いカラスもすぐにやって来る。


じい様は今でもお山の大将だ畑の真中まなかに椅子持ち出して

気がつけばじ様は畑の真ん中に椅子を出して腰をかけてゐる。

じ様はその様子がすこぶる気に入ったらしく、しばらくの長い間、畑の枝豆の向こう、

オクラの咲き残った黄色い花の向こう、

色づきはじめた若い李桃の木の枝のわずかばかり右に坐し、

杖を前に両手に顎を少し突き出すやうにしてわれらと離れ、われらを見ていた。

私たちは少しそれを笑い合い、しばらく気にもしていたがやがてすぐにじ様のことも忘れ、

お昼前の秋の柔らかな日差しの中で全員がそれらの風景といっしょになった。


じ様が納屋の方へ行く。

屋根の軒に柿の木が枝を伸ばしている。

じい様はその下を通り、そして納屋に入っていった。

柿の実は枝枝に重く実り、軒先に身を寒くしている。

じ様の柿の実もすっかり色づいて、

柿の木の下ゆくじじも色づきぬ

と詠んだ。


午後は葡萄畑や他の畑に施肥をすることになった。

大明神のことを“でえみょうじん”とみんな発音する。

その大明神へじ様は1年半ぶりになると云ふ。

屋敷から少し離れた畑へはほんとに久しぶりだったわけだ。

じ様の顔はなにか近頃、気のせいか次第に透明になってきたやうな気がする。

収穫が済んだ葡萄畑に秋がいよいよ深まってきて、葉は次第に色づきはじめ、

病葉はまた一片また一枚と音もなく地に落ちていく。

この完成された透明さはフェルメールの良質な昔の西洋画の落ち着きと、

或いはかの菱田春草の絵のやうでもあり、

湿り気を帯びた深い武蔵野に歩みい出たかのやうな気分にもさせる。

もの悲しいエーテルの透明さだ。到達した満足の感性だ。

すべてにおいてその畑という矩形に一瞬の立ち止まったような静けさが佇まひ、

「世はすべて調ひと美と」の秩序になった。


棚下に老人一人横切りて枝剪る音の秋は寂寥

病葉や葡萄の蔓のやがて熄みその静けさに神も安らぐ

一片ひとひらの葉落ちてまたをちて空の広ごり鰯雲こそ

実際はずっと曇っていて、少しく薄ら寒いほどでもあったが、

葉が落ち始めた葡萄畑は棚下にずっと見渡すほどに透明に明るい。


「おじいちゃん、いつうなっとう(だ)」とば様は聞く。

「知らん」とじ様はあくまで素っ気ない。

葡萄の木の周りを円く円く鍬で耕している。

施肥をしなければならない。そこへちょうどわたし等が来たわけだった。

ラッキーとばかりに仕事が次々と湧いてきた。

牛肥料、鶏糞、ほかに巨峰専門の肥料とか、桃畑専門の肥料になる。

納屋の作業場に積んであった肥料を畑まで運んでゆく。

「運搬機へよくのせられたもんじゃん」

最初はじ様が運搬機に肥料袋を積んで運んできた。

何袋も乗っけたらそれはそれでけっこう重くて、機械が運んでくれるとはいへ、

カーブのときなど、ハンドルの手前の方が一輪車になっているのでバランスを崩しやすい。

思わずはっとするときもあるのだ。

黙ってたらあぶない、というわけでば様と妻が運転することになった。

「笑っちゃダメだ、笑うたら力抜けるじゃろ」

ブレーキのことだけじ様に教わって道へ出た。

生まれて初めての作業なのでよけい笑うてしまう。

ところが道に出た途端に後ろから車がやって来た。

「こけい持って来い」とば様は慌てるが、妻もえらい仕事してるに笑ってる。

さいわいに車はすぐにわき道に抜けてくれた。

腹の皮が痛いて、あのことじゃ。力抜けてしもうから笑っちゃダメだと云ふに。

あ~あ、そんなことで何しようかとみんな忘れちもう。


運搬車から降ろした肥料袋を葡萄畑の棚下のあちこちに運ぶ。

とり合へず一輪車に乗せて畑のあちらこちらに運ぶ。

カッターナイフで糸を切り引き抜いたり、

ビニールの袋はカッターナイフで思い切り肥料袋の口を切る。

葡萄関係は窒素、リン酸、カリはもちろんNa、Ca、よく分からないのがホウ素と苦土、である。

あれはなんだ。


牛肥は土状になっていていかにもやはらかく栄養がありそうだ。

鶏糞などはペレット状になっている。

他の葡萄専用の肥料とか、桃、李、柿専用などもペレット状でこちらは値段がいくぶんか高いようである。

樹の周りを根方に沿ってぐるぐるとミレーの農夫よろしく撒いていく。

それから今度は除草機で根方の周りを耕すようにして肥料を土に混ぜ込んでいく。

除草機を進むる先に紫の季節はずれのヒルガオもありて

ゲジゲジも蛙も蚯蚓いろいろに土を起こせば秋の彩り

冬眠に入っていたわけでもなかろうに、土を除草機でひっくり返して行くと、

これでもかと、さまざまな虫が賑やかに出てくる。

うまく逃げてくれればいいが、鳥たちがこの激しい音を出す除草機のすぐそばまでやって来て、

たちまちに啄ばみ始める。

蚯蚓は食物連鎖のかなり下のほうに位置し、旺盛に土を食べ、排出した糞は立派な養土になるという。

秋の季語に「みみず鳴く」といふのがあるようだ。


葡萄畑も、李畑も、柿畑もあらかた肥料を撒いて除草機もかけた。

最後に今日は李畑の杭打ちということになった。

育ち盛りの5,6年の樹は光合成を求めて上へ上へとかってに伸びて行ってしまう。

行き先に他所んちの畑があったり、また作物に被さり栽培を邪魔する場合もある。

それに、近頃はもうば様も83歳になった。

なによりも脚立に登って高いところの収穫は億劫であるばかりか、身にあぶない。

李の樹の周りに杭を打ち、枝を誘導して、

上に向ってより横に平べったくなるようにしてヒモで杭に結んで留める。

杭を打つこの夕暮れにばばとゐて李の気持ちを問はずももがな

太陽李と紀陽という品種。枝が光合成を求めて勝手に上へと伸びないように、

人間様の収穫の都合なども考えて横へと伸びるようにも強制する。

杭を打ち、枝に紐をつけて枝を押し下げて杭に結ぶ。

杭を打って、李の樹を廻っているうちに陽はとっぷりと暮れてしまった。

ヒモの結び方はじ様は容易に教えてくれず、葉群れのなかに手元を面倒くさがって韜晦にする。

平べったいビニールの細ヒモを使うか、このたびは畳みの縁を回す麻の飾りまで使った。

かように田舎の経済はいろんなところに発揮されて、

独断で生真面目で勿体ないからと一言では片付けられないところの面白さなのだった。


子どもたちが雑草の向こうでジャンケンのような手話をしている。

子どもたちは多角形にばらばらに立ち、お互いに手で信号を送る。

会話はなく黙ったままでひとしきりそんなことを続けた後でみんな思い思いの方に散らばって行く。

鳥たちが電線に止まり、土蔵の上を矩形に村を横切って飛んでいく。


除草機を洗車し、スコップやら鍬やら木槌やらみな所定の位置に返し、

百姓仕事から上がって、掘りぬきに来て手を洗った。

夕暮れが押し迫り、屋敷の葡萄畑の棚を薄黄色に包み始めた。

掘りぬき井戸の脇のムラサキシキブは葉がもう色づき始めている。

紫の実はこれ以上ないくらいに張り切り、手を添えただけで空中にはじけんばかりに見える。

やがてついに雨が降ってきた。

ムラサキシキブはさかんに雨の雫をむらさきの玉に掬い取る。


そんな雨の中を車を10分ほどとばして、田富から義兄夫婦がやって来た。

畑仕事もようやく盛りを過ぎ、日々の生活も落ち着きを取り戻しつつある。

「たからは一番最後にくるつうこんだな」

義兄夫婦が7時にやって来た。

大根と、にんじんと、トマトや青菜を摘んだままバケットに運んできた。

茄子の収穫も週2回ほどになり、ようやくお百姓仕事も落ち着いてきた。

豊富の道の駅が日本で一番の評判を取ったらしい。

田富の「たから」もこの地域では負けず劣らずの評判である。

乾杯して久しぶりにと盛り上がっていると、

義兄が義姉にさう云ったのだった。

豊富の「道の駅」は日本で一番の売り上げになったということだったが、

なにしろ命をおやす人もいて、稼ぐことに夢中になりすぎて死人が出た。

地産地消が声高らかにいわれ、なるほど農協離れも進んで、

何よりも現金商売で分かりやすく、その手が農家の主婦を喜ばせた。

店頭に並んだ自分の農作物が売れるたびに携帯の着メロが鳴る。

「いまお茄子がなん袋売れたわよ」というわけだった。

「もう、おいらたちは齢をとったのだからさ、それ相応の暮らしをしなければならん」

とお義兄さんは焼酎のお湯割を飲みながらお義姉さんに云った。


義兄夫婦を雨の中に送り出した。

けんかしないで仲良く帰ってね。

ば様はじ様を着替えさせ、寝かしつけてから最後に風呂に入った。

「おめへらが来てくれたせんで、これですっかり冬支度ができたってもんだ」とば様。

風呂から上がってきて安堵の表情である。

いつもは日暮れいっぱいまで働いていても季節に追いつかない日頃のもどかしさがあったようで、

これですっかり節気にリセットできたというわけだった。


資本と資産と生産性と、暮らしと老いと年金と安心と、それらのもろもろを考える。

資産は次第に凍結され塩漬けに、いくら肥料を撒いたとはいへ、圧倒的な生産性が上がるべくも無く、

さりとてなぜ続けているのか、いや、なぜ続けられているのか、

農村には農家には個々に不思議な事柄が農具の数ほどにいっぱいある。


「行く先々みんな用があるからだめだんねぇ。

でももう農業なんかしてもろうつもりねへ」

「よそに草の種こぼれんようにすればそれでいい。

お生んようにする除草剤あるだよ」

「もう屋敷の周りだけの畑でいい。余所の畑にはもう肥料は撒かん。

間があったら除草機かけてもろう。

草の種がこぼれて他所んちの迷惑にならんようになればいい」

「かめへっこなしの耕作放棄地が埼玉県ほどあるっていうじゃない」

ば様は敷居のところに立ってそんなことを口にしていた。

台風が接近中で、雨は次第に本降りになってくるようだった。


智笑