09,10/11(日)湯沢地区から尾瀬、小雨から曇り

6:23マンションを小雨降る中を出発。

沼田インターを降りて120号線を尾瀬・日光方面へ。

片品で日光金精峠方面と別れて左折、大きなモダンな白い吊橋を渡る。

7:50尾瀬戸倉スキー場パーキングに到着。下のパーキングがすでに満杯のためであった。

尾瀬高原スキー場ホテルでトイレを借り、マイクロ送迎車に乗り、

鳩待P着、8:30。小雨、体感温度はかなり肌寒い。

至仏山の登山口に行きかけて、係りの人に注意を受ける。

「今日は山頂は雪で曇ってます」登っても何にもならない。

それにその格好じゃちょっと心もとない、ということだった。


尾瀬ヶ原に行くことになった(8:45)。

鳩待Pよりの降り口はしばらくそれなりの急な石の径が

段だらに右のほうにトラバースしながらジグザグする。

歩荷ぼっかの若者が何人か大きな荷物を背負子にくくり付けて降りていく。

径の石はみな雨にぬれ、どの石も剣呑である。

剣呑を傘を差していくと色づき始めた紅葉が頭上に、左下の谷底や、対面の山肌に迎えてくれる。


「亭主の好きな赤烏帽子」-歩荷

紅葉踏む歩荷の人の後行きぬ

秋深む歩荷の人の腕を組む

或る山の檜ねじれて時雨かな


「亭主の好きな赤烏帽子」-歩荷腕を組む 「亭主の好きな赤烏帽子」-紅葉と木道2

「亭主の好きな赤烏帽子」-紅葉1 「亭主の好きな赤烏帽子」-紅葉黄色

木道の紅葉の間から至仏山が見えかかった。

至仏は山頂に雲を頂き、雲の下に雪を白く尾根にかすかに載せていた。

ミズキは黒い実をつけ、オオカメノキは赤い実をつけ、

オオツリバナは橋を渡った先の袂に、

そのほかヒロハツリバナ、マユミもみな小ぶりの赤い実をつけていた。

なるほどオオツリバナもヒロハツリバナもマユミもみなニシキギ科といわれるだけあって

それぞれに“錦”に秋を詩いだす。

「亭主の好きな赤烏帽子」-マユミ
オオツリバナ


とくにコマユミは、赤い点々の小ぶりの花のような赤い実を、

まだ青々とした葉と赤く色づいた葉の合間合間にぶら下げた。


「亭主の好きな赤烏帽子」-山の鼻手前木道 山の鼻がもうそこ。

山の鼻ビジターセンターを右に、トイレを借りに公衆トイレに。

中2階風に建てられたトイレは右が男性で、

折りしも雨模様の天気で床はびしょ濡れだが清潔に手入れが行き届いていた。

9:56尾瀬原の標識の前に出る。

さあ、どうしようかと思案のしどころである。

もう一度至仏山の案内看板の前にたたずむ。

頂上より尾瀬ヶ原に降りる下山道はこの度道が荒れるに任せないので「登り専用」となった。

鳩待からは登頂しても尾瀬ヶ原側には下山できない。

その至仏山はいまは恨めしく頂上の大半を深く雲に隠している。

黄色いおそろいの合羽を着たカップルが看板の前に立った。

そして、至仏の方の原に歩き出していった。

賑やかなおばさんたちのグループがその後に続く。

「亭主の好きな赤烏帽子」-至仏の方へ 一度は至仏の方面へ

私たちもその後に従いた。

雨足がけっこうひどくなる。

結局至仏は断念して、ぐるりと木道を廻って、また山の鼻に出た(10:30)。


もう一度尾瀬ヶ原の案内看板を見て、とりあえず竜宮まで行ってみようということになった。

私の頭の中ではちらっと、竜宮からあやめ平まで出て、それから鳩待まで帰ろう、

というルートが掠めたのだが、それは後ほどの話である。

木道は冷たい秋雨降るあいにくの天気だが、大勢の人たちで賑わっている。

右側通行になっているが、それでも健脚の人や遅れ気味の年配の方がいるのは止むを得ない。


「亭主の好きな赤烏帽子」-大勢と尾瀬ヶ原 すれちがいの賑わい。

冷雨のせいか人々の歩みは何か普段より急かされた感じになった。

小さな小川を渡って右側に大きな樹をみて過ぎると、

そこからはしばらく雨に霞む茫漠な尾瀬ヶ原の湿原が広がることになる。


「亭主の好きな赤烏帽子」-白樺と紅葉

右の山裾には白樺の林がしらしらと点在する。

山肌の紅葉は秋雨の中に暗く沈んだままだ。

木道の行く先々、右や左に池塘が湿原に浮かび、水面にコオホネ科だろうか、

円錐形の葉に切れ込みが入った形のハート型を紅葉に色づかせて水面に敷いていた。


「亭主の好きな赤烏帽子」-コオホネか

雨は斜めになり、池塘に水の皺々を池の端々に追いやる。

草紅葉はどこまでも続き、川を二つほど渡ることになる。


11:00ちょうど竜宮までの中間地点にたどり着いた。

牛首分岐点である。

山の鼻から2.2㌔、ここから竜宮までも2.2㌔とあった。

左に進行すると東電小屋の方面となる。


「亭主の好きな赤烏帽子」-牛首霧の中

草紅葉の中に木道の左に寄せてテラスがしつらえられて、ベンチに大勢の人たちが憩をとっていた。

この地点、標高=1400㍍とあった。

妻と腰を下ろす。ただひたすら寒い・・・。


竜宮へは次第に右側の山際に近づく感じにルートが進む。

雨は小降りになりやがて止んだ。

11:27分、左に少し大きめの池塘があった。

カップルが池塘の脇に生えている赤い実のところで写真を撮り合っている。

私も赤い実のところに下り、池塘を背景に写真を撮った。


「亭主の好きな赤烏帽子」-赤い実と池塘

木道は右に進み、大きくカーブしてその先には疎林を背景に竜宮の小屋が見えた。

竜宮小屋の手前、木道が交差する地点で早めの昼食を摂ることにする。

右にあやめ平、左に東電小屋方面の標識、十字路の木道を挟んで少し広めのテラスがしつらえてあり、

私たちはあやめ平方面の側のベンチに腰を下した(11:40)。


おにぎりは明太子に鮭、ゆで卵、叩きレンコン煮、ポテトサラダ、鰯の辛味煮、

胡瓜の塩漬けスティックセニョール(ブロッコリー)・・・、

缶ビールで乾杯したが、寒さのためにあんまり進まない。

部屋から持参したお湯のポットからカップラーメンに湯を注ぐ。

こちらの方が体が温まるようで嬉しい気持ちになった。


小屋の裏側にあるトイレを借りて、さて改めて案内看板の前に立った(12:20)。


「亭主の好きな赤烏帽子」-竜宮小屋 トイレは小屋の裏側に

一緒に眺めているグループのなかに少し年配のご婦人がいて、アヤメ平の話をしていた。

グループのなかの元気のよさそうな若者が

「よし、それでは登ろう」と声を出したのだが、

けっこうきびしいのよ、という話である。

若者がそれじゃあ小屋の人に聞いてくるということになって、小屋の中に入って行った。

好青年が言うには、とんでもない、ということだった。

登りはけっこう急登もあってあやめ平までゆうに=3時間

そこから鳩待平まで=2時間以上はかかる。

若者にお礼を言って、結局私たちは東電小屋方面へとルートを変更したのである。


東電小屋方面へのルートは竜宮の小屋を後ろに右側に進む。


「亭主の好きな赤烏帽子」-東電小屋方面へ

雨は上がったが左側から吹きつけてくる風が寒い上にけっこうきつい。

着たままになっていた合羽のフードが何度も風に頭からはずれ、帽子も飛ばされそうになった。

妻は膝を冷やしてしまったのか、このころから足が“突っ張る”と訴え始めた。

「足が棒みたいだわ」と云う、

なるほど私には分からないが、足が疲れてくると「棒みたいに」というが、

このことであるかと草紅葉の中を行く中で合点した。

右側の白樺の樹々の上に、雲が割れて瞬間青空がのぞいた。


「亭主の好きな赤烏帽子」-一瞬空が割れて白樺


妻が写真を撮ってと急かす。

木道の進む方角の山肌にも斑に陽が差し込むようで、ぽっとそこだけ紅葉があたたかく浮き出た。

あれも撮って、と妻は云う。


「亭主の好きな赤烏帽子」-池塘と紅葉に陽が当たる

12:50三叉路の標識看板に出る。

右は東電小屋方面へ。左は山の鼻方面である。


「亭主の好きな赤烏帽子」-三叉路と標識

すぐに左に進むと小さな吊橋がある。

杭が打ち立てられ「一級河川ヨッピ川」と風雪にさらされて記されている。

東北方面に向って何しろあちこちにアイヌの言葉に発する妙になつかしい響きの言語たちが、

こぼたれていると思う。

吊橋から清流を眺める。

水量はまあそれほどで、水面は日の光にきらきらと輝いていた。


「亭主の好きな赤烏帽子」-ヨッピ川

橋の上に妻を立たせて記念に撮影するが、この時間がこの尾瀬ヶ原探訪で一番あたたかく、

日の光を感じた安らぐ時だった。


ルートを三叉路まで戻り、そのまま山の鼻に向った。

右側にはほど遠くに山際がなだらかに落ち込み、疎林の中に白樺がまた点在していた。

少し高架に張られた木道を雑木の茂みの中に進み、

左に背の高い葭の草色の原が丈に穂をつけて風に戦いでいた。

そよぐ穂叢の向こうには遠くあやめ平のお山とおぼしき紅葉山が見えた。

木道の左右にニッコウキスゲの枯れた褐色の茎が

残骸のように心地よいオブジェを草紅葉の中に立てる。

またおそらくはあの背の低い白い穂のような群々の残骸はイワショウブのものだろう。


「亭主の好きな赤烏帽子」-キスゲのオブジェ

13:30、再び中間地点に出た(牛首分岐)。

このころから何度か鳥の鳴き声のような鋭い鹿の鳴き声を耳にする。

また鳶にしてはやけに白っぽい羽の大きい鳥も頭上に旋回して、

しかし、木道を行く人たちは皆、まるで広重の絵の中の旅人のやうに前に背をかがめ進むばかりであった。13:53、鴨のカップルも池塘の水辺にはや今日のねぐらと羽を憩めるのか、

首を羽のなかに沈めて、相寄り添うやうに水辺に浮かんでいた。

水辺の土には羽が散らばっている。

だとするとあそこが寝床になるのだらうか。

「亭主の好きな赤烏帽子」-鴨番

まるで僥倖のやうに背後の草紅葉の遠くに虹が立った。

大勢の木道の人たちが足を止め、振り返った。

燧ケ岳は雪を雲の下に微かにしのばせ、

その燧ケ岳を背景に虹色が左方面へと確かに流れている。

しかし、あんまりに唐突で短い時間だったため、

私のファインダーにはその記録はない。


さて、左に大木を見て、最後に細い川を渡るともう少しで山の鼻になる。

妻の脚はようやくここまで持ったが、はて、そこから鳩待峠までの上りは大丈夫だろうか。

14:15山の鼻に到着。

リュックを投げ出すようにしてベンチに腰を下した。

何しろ終点のバスは17:00をもって閉店ということだった。


「亭主の好きな赤烏帽子」-地図

トイレを済まして14:20、出発する。

深い大木の間の木道はじきに行き止まりになり、

川を渡るとそこからは上りの木道となった。

妻はというと左の脚をかばいながらなんとか歩を進めていく。

右手にストックをついて、とにかく他の登山客の人たちと足並みをそろえようとするのだった。

気が付くかぎりは左の木道に移る。

「お先にどうぞ」とスピードを緩めるか立ち止まるかして先行してもらうことにするが、

だがたいていは間に合わないのである。

左側の木道を息せき切って若い登山客は追い越していく。


ああ、また、鹿が鳴いた。

谷底の川の向こう側から聞こえる。

至仏が雪を載せて少し紅葉の合間に見える。

深くてきびしい冬将軍がやってくる。


「尾瀬ヶ原鹿鳴き渡る草紅葉至仏燧ケ岳ひうちに雪さへ置いて」

「鹿鳴くやその色としもかなしかり谷に散りこむ紅葉思へば」

「秋水の落ちて鹿鳴くかなしかり紅葉散り敷く有為の奥山」

「奥山にもみじ踏みわけ鳴く鹿の声きくときぞ秋は悲しき」(猿丸太夫『百人一首』に)


木道が終わりようように最後の石の段々のじくざぐにたどり着く。

老いの人たちが何組か道の端のベンチで息を入れている。

もう少しであると妻を励ましつつ登ると雑木の上が途切れ空が明るくなった。

峠に着いた(15:40)。やれやれである。

駐車場には送迎のバスやライトバンが何台も待機していた。


土産物屋の前のベンチでアイスクリームを舐めている人たちがいる、

「あの花豆のジェラートはなに」と聞くと妻は、

花豆は片品あたりで取れる大きな隠元豆みたいなもので、

それで作ったアイスクリームでしょう、と答える。

一台待って、バスの送迎の車の人となった。


帰りは尾瀬戸倉からさらに山を登った。


「亭主の好きな赤烏帽子」-至仏と紅葉 峠近くから雪の至仏山を。

峠を越えて水上藤原照葉峡ラインを下った。

湯の小屋温泉あたりで早くも秋の陽は翳ったが、

それまではいたるところ紅葉紅葉の景色の連続で、

連続するカーブの道も少しも気にならないほどであった。

水上から関越に乗り、湯沢に戻る。


本日の歩数=26897歩

鳩待から尾瀬ヶ原、距離往復=約14㌔

時間(8:45-15:40=約7時間の徒歩でした。