09,10/4(日)曇り

元気玉口に入れられ舐めていい舐めてもいいよ足引きの夜

お疲れ申した。


「獏」

このやうにすりきれたるを夜々に敷き獏の毛皮のうらがなしかり(森岡貞香)

何か来る受話器を霧が伝い来るあなたはふとも獏かもしれぬ(差益裕子)

獏の言い伝えられた「夢喰い話」、

誰が言い出したか不明だが、「夢」というものが獣類の胃袋に収まり得るという発想には驚かされる。

悪夢の始末は人が人であるかぎり永遠について回る難題には違いない。

(小池光・歌人09,10/4日経)


娘が当てし足の枕に脚のせて一万尺の夢にすぐ落つ

娘が布団の下に枕をセットしてくれた。

疲れた脚を乗せた。すぐに眠りに就いた。

穂高はほんとにきつかった。


09,10/5(月)曇りのち雨

品川へ水の中へと二人棲む

息子とチャコちゃん、今日は品川水族館へ二人してデート。手をつないで二人して。


生き急ぐ呂律回らぬ昭一の父の後追う秋色淋し

中川昭一元財務大臣突然死。自宅ベッドで発見される。


「オリンピック」

2016年夏季オリンピック開催地がブラジルのリオデジャネイロに決定。

「未開催の大陸で開くことに意義を見出した」(IOCロゲ会長)。

「南米初開催」、同国は10-13年に=3590億㌦(約32兆円)と破格のインフラ投資に踏み切る。

成長のスピードを加速。

「南米初の五輪を成功させ、一等国の仲間入りをする」

ルラ大統領は何度も涙をぬぐう。

アジア初の五輪に未来をかけたかっての日本の思いにも重なる。

「やるべきことは山ほどある。明日から準備を始めよう」(ルラ大統領)。

石原慎太郎知事は帰りの機内で泣いた

引責辞任に関しては「絶対無い」と断言した。

招致費で公表=150億円の責任。


シカゴは最初に敗退。

「素晴らしい試合をしても、

勝てないことがあるのがスポーツの最大の尊さだと思う」

オバマ大統領


old boys network天下り止めてすっきり秋の晴れ

民主党が天下りを凍結に。

鳩山政権は独立行政法人と特殊法人の常勤役員への天下り人事を凍結する方針を発表した。


09,10/8(木)晴れ

秋過ぐや髭のそよろと山の虫

台風一過、また山の虫が騒ぎ出す。


陸奥に入れ替はりゆく野分かな

五百樹くんが陸奥から帰ってきた、

台風18号は福島から仙台辺りを抜けて行ったらしい。

東京は風は相変わらず強いが、お昼ごろからは完璧に晴れた。


初物は野分にかぎる翡翠採り

妻は新宿御苑ではなく外苑の絵画館の方に銀杏を拾いに行った。

夕食には初物を頂く。

翡翠は深いグリーンの色に沈んでいる。

ビールはがまん。


朝の足どこも運休薄の穂

高架の下を人がぞろぞろ小岩の辺り、列車が強風のため立ち往生

乗車客は降ろされて、高架から一般道をぞろぞろ。

乗り継ぎが混乱状態に。

和歌山上陸、本州縦断、死者=2名、行方不明=1人・・・その後増えたらしい。


お能「野宮」

1945年作絵画、須田国太郎『野宮ののみや

「野宮」は金春禅竹の作とみられるが、義父世阿弥の美意識を映す。

金剛流の舞台とみられる。

終戦前後の混乱期でも京都では武智鉄二らの尽力で演能が絶えなかった。

終戦の年である。

驚くべき事である。

日本は根底では少しも滅んではいなかったのである。

膨大な文化的エネルギーは蓄積され、まるで鬱憤を晴らすかのように、

あらゆる才能は放射し、立ち上がった。


「源氏物語」に材をとった『野宮』は『井筒』とともに世阿弥の夢幻能の双璧である。

世阿弥が能に持ち込んだ死後の眼差しは、

禅竹によって仏教的な輪廻の哲学にまで昇華された。

この世とあの世が交わる。能の時間は恐ろしくゆっくりで

だからこそ人生の深淵、生と死の境をのぞく神秘的な体験が得られる。

世阿弥の能は幽玄な夢幻能である。いつしかそれは永遠の相を帯びる。

俗塵を払った静寂が支配している。

世阿弥の芸は次第に観念の奥深く、「閑花風」では、

世阿弥は「銀碗に雪を積んだような美しさ」だ、と言っている。

音もなく、冷えに冷え切った境地――。

寵を得た義満(「北山文化」金閣寺)の華やかさから次の将軍・義持好みの世界へ、

世阿弥の能は権力の中で次第に観念的な奥深さに目覚めて行く。

「花」から「閑花」へそれは次第に「風」を伴いついに『風姿花伝』ということになった

(最初『花伝』改め『風姿花伝』に)。


「風の世阿弥」の誕生である。

「舞台に花が咲くように感じる。

世阿弥にとって花は能の命でした。

それが禅の無の思想で深められ、目に見えない風を重んじるようになった。

花から風へ、形なき姿、形なきところ」(松岡心平・東大教授)。

『風姿花伝』と同じころに書かれた『至花道』では「風」のつく熟語が飛躍的に増えてくる。

非風、風道、風根、幽風、奥風、無風・・・などである。

音もなく、冷えに冷えた境地、

「姥捨」では名人はただ立っている所作となる。

ものすごいエネルギーの放射とともに

窮極の世阿弥の「せぬひま」に釘付けとなる。

(09,10/4日経より)