09,10/3(土)晴れ
さういへば、我々がテラスでビールで盛り上がっている時、
もう4時近くにもなろうとしているころだったが、
一組の若いカップルがコッヘルで湯を沸かしていた。
湯の中にはレトルトカレーの袋が無造作に入っている。
傍目に見てもカップルは仲睦まじく、テラスの先の涸沢カールの方を眺めやりながら、
さかんに何か話している。
陽が翳り始め、テラスの上もなんとなく肌寒くなってきた。
今日のお泊りは、と聞くと、テントだと二人は答えた。
早々と夕食の支度だったわけである。
何かほかに副食も沢山持参しているようでもなく、シンプルというかいかにも粗末なものだった。
だが、おそらく二人にしてみれば、
たった二人で頂くこの山上のテラスのレトルトカレーが最高のご馳走になるに違いない。
陽はどんどん翳っていく。
やがて何かこの世の激情を思わせるやうな夕映えが襲ってくる。
テラスの反対側、つまり山荘の裏側の笠ヶ岳の方面に夕日が沈むところだった。
大勢の人たちが談話室に押しかけ、窓を開け放って思い思いにシャッターを切る。
寒さが部屋中にしみるのだが、文句を言う人とていない。
そして同じころに、
今度はテラス側でまん丸なお月さまが、
まだ明るみが残っている中天に浮み出てきたというわけだった。
月の客いま満月を告げに来る
旧暦の8/15日、芋名月になるそうだ。
常念岳の上に白いまん丸な月が夕刻より上がり始めていた。
あのカップルはもう、テントに潜り込んだのだらうか。
この地球という大きな星で、この広漠とした大宇宙で、たった二人の寄り添う命だ。
寄添って二人の命はいま奥穂高のテントの中で赫々と燃えている。
星々の出遇いである。
奇跡とも云へる星々の出遇いが地球上のいたるところでなされ、
この暗い宇宙でお互いに呼応し合い、招き寄せられる。
漆黒の夜々が闇が、ひしめき合って押し寄せる。
一人ぼっちの二人は、手を取り合っていないと
広漠な宇宙に引き離され永遠に迷子になってしまうかのようだ。
あの星を見よう。
あれが北斗七星、金星は宵の明星、星宿は穂高の峰峰に、常念岳の頭上に冷へ切っている。
09,10/4(日)晴れ
朝4時には布団の隣の枕のあちこちから物音が起こり始める。
部屋の空気はにわかに落ち着かなくなった。
私は昨晩も2回もトイレに起きた。
これで3回目のトイレになる。
穂高山荘はしかし、涸沢ヒュッテと違い、トイレが屋内にあるので頻尿の私には助かる。
いつもながら山上のトイレはみな清潔に掃除が行き届いている。
山に来れば不埒な人も少なくなるのか、みな丁寧に利用しているようだ。
私は用を済ませ、使用したペーパーを折りたたんで前のボックスの中へ落とし入れる。
紙は便座に落としてはならない。
穂苅さんは2階の窓から凝っと常念の上に輝く青白い金星を見ていた。
常念から蝶ヶ岳にかけて、いま舞台のホリゾントよろしく
水平に藍、紺、暗赤色の帯が連なっている。
もう間もなく太陽が顔を出すだろう。
和田さんも崎田さんも階下に降りた。
山荘の前のテラスにはスキーウェアや冬着を着込んだ人たちがシルエットをつくって動めいている。
中には三脚を構えている人たちもいた。
ヘッドランプが光る。
見ると白出のコルを登っていく人たちがいる。
暗い巌壁に光が取り付いて、上へと動いて行く。
驚いたことに光は白出のコルばかりではなかった。
テラスから下方を見やると、涸沢の底から、ヒュッテの辺りから、
ザイテングラードをアリの群れが光を取り付けたかのように続々と這い登ってくるのだった。
ヘッドランプの光の列が、命の点滅の列のごとく上へ上へと大移動して来る。
コルの涸沢側の岩壁が赫味を帯びた。
雲海の向こう、常念岳の右側に太陽が顔を出した。
地表が色を帯び、地上のあらゆるものが動き出したまさにその一瞬である。
5:45くらいだったろうか。
コルに陽が明け始める。
食堂の土間に入ると何人かのグループがコッヘルで湯を沸かし、
あるいはお粥をつくって、さかんにかき込んでいた。
お湯はポットに移し込み、ステンの食器は紙で拭いて袋に仕舞う。
コッヘルも折り畳んで袋に仕舞いこんだ。
あれよという間に身支度を整へて、ザックを担いで出立して行った。
ご来光の興奮もさめやらず、その後、我々はようやく朝食にありついた。
山小屋の朝はかくも目覚しいのである。
山小屋の女の子たちはみなダウンを着こんで、てきぱきと朝食を采配している。
受付の女の子も次々と訪れる登山客への応対に余念がない。
今日も最高の天気だ。
あの若いカップルももう出掛けただろうか。
喰ふ、寝る、ひる――の動作を繰り返しているうちに
人間はいよいよ感覚が研ぎ澄まされて動物的生理に近づいて行くようだ。
6:40、下山へ。出発時外気温=7度。
涸沢カールはまだ陽が翳ったままである。
「惜しみつつ振り返りする穂高かなザイテングラード陽は赫々と」
霜柱を踏んで降り始めた。
降りては振り返り、降りては振りかへりするのだった。
総ての山々や峰々が、少し降りただけでその外容をずらし、その景観を変えてゆく。
頭上の涸沢岳は異様にその形を崩し、もはや山というよりも巌塊そのものになった。
あの壮大な奥穂は左手頭上奥に次第に小さく尖った峰となって収まっていく。
代わりに次第に反対側の右手に、
北穂が次第にその大きな峰を、なだり落ちる草紅葉の向こうに整えてくるのだ。
前穂から吊尾根はまだ暗く、
涸沢ヒュッテのさらにその背後の屹立する屏風岩は、
朝の冷気の中にまだ眠っているかのように森厳たりである。
まだまだ登ってくる人たちがたくさんいる。
急峻な径はすれちがいに時間を要し、時に渋滞する。
右が北穂 左の涸沢槍と北穂の間の鞍部
おりるにしたがってあたりはカラフルに賑やかになった。
パノラマコースと涸沢小屋の分岐点あたりからはあっちの岩の上、こっちの紅葉の近く、
いずれの人もカメラ小僧となった。
「ナナカマド人は訓おしへを守るへし」
紅葉の中を下る。
涸沢小屋の背後の崖から流れ落ちてくる水をペットボトルに詰めて飲んだ。
崖の上まで紅葉となっている。
涸沢小屋着(8:40)。
和田さんのザックはまるで打ち出の小槌、今度は大福が出てきた。
小屋のテラスからは今では陽も射してきた涸沢カールのカラフルなテントと、
その向こうの涸沢ヒュッテの代赭色の屋根と、
右側のほうには雪渓が残り、その上で体操をしている人たちも見える。
気分はようやくのんびりとした穏やかなものになり、
ゆったりとあちらこちらの風景を楽しんだ。
涸沢小屋と北穂 テントの上の奥のほうが奥穂
左奥が前穂 北穂岳
左奥穂方面、右北穂岳
9:25、穂高山荘の上空に銀色のヘリコプターが翔んでいる。
青空に遠くきらきらと輝いて、ホバリングしながら鞍部へと近づいていく。
今日はお天気もよく風もないでゐる。絶好なヘリコプター日和である。
「こんな日じゃないとトイレのカートリッジだって運べないよな」と穂苅氏。
最後に峰峰のパノラマを振り仰ぎ、目に焼き付けて下山とする。
一眼レフ置いて歩荷ぼっかに秋の冷へ
石冷へてニッカボッカに秋の山
このお山はほんとうに年配者が多い。
それに若いカップルたちだ。
本谷橋から沢伝いに見える山、多分南岳か(?)
10:30、本谷橋休憩。
11:42、横尾、ラーメンで昼食を。
12:00―12:58、徳沢園。
13:50、明神館着。
15:10合羽橋に到着。
お疲れさまでした。
6:40-15:10。つごう=8時間30分の行程でした。
万歩計
【2日】(雨)26,700歩。上高地―明神―徳沢園―横尾―本谷橋―涸沢ヒュッテ。
全行程雨。ヒュッテ近くになって特に横殴りの雨になった。
【3日】(快晴) 8,453歩。
涸沢ヒュッテ―パノラマコース・涸沢小屋分岐―ザイテングラード―穂高山荘(昼食)後、
―白出のコル―奥穂高頂上―下山―穂高山荘
【4日】(快晴)34,670歩。
穂高山荘―ザイテングラード―パノラマ・涸沢小屋分岐―涸沢小屋―本谷橋―
横尾―徳沢園―明神館―明神池方面から―河童橋。








