09,7/22(水)晴れ
内と外と境もなくて瓦礫がりゃくする家の中から水が流れる
山峡やまかいの緑の色も生なまし傷痕深し土石流るる
蜩の何あるといふこともなく人魂送る真尾の特養
真尾の山なほ青々と蜩の人魂送る生者死者かな
自衛隊や消防団の方が出動している。
山は緑濃く、蜩が鳴いている。
老人ホームに瓦礫が襲い、ぶち抜けた壁、フロアーを水流が通り抜けている。
低気圧が過ぎ、今日の日は嘘のように晴れている。
生者死者ともに唇を震わす。
山口県防府市真尾、山際に立つ老人ホーム「ライフケア高砂」、土石流が襲い掛かる。
悲惨は一瞬のうちのことだった。5人死亡と2人行方不明。
防府市では8人死亡、9人行方不明。
真尾まなお、防府ほうふ、知らない名前があるものだ。それぞれが日本だ。
槐えんじゅ咲くおまわりさんは挙手をする
みっちゃん来店。お孫さんの話、下の息子さんの話。みんな色々あって楽しいね。
交番の前の槐の木は細かい白い花をびっしりつけている。
おまわりさんの足元には真っ白に花びらが散っている。
09,7/23(木)雨
茶器を掌に女子の形や梅雨の空
穂苅、岸君。再度の利尻岳のスライドショー。素晴らしい。
女子が茶を頂こうと両手で口元に。その形が決まったように見えた。雨がまた降ってきた。
天空の花ヒマラヤに寄添ひぬ蒼き花見て魂の空へと
H氏のお母様はお連れ合いが亡くなった後、
昔のボーイフレンドとヒマラヤの青い花を見にトレッキングに。
なんとその行き先で当の方は心臓で亡くなってしまった。
咲き継ぎて梅雨のあはひを立ち葵
福島の寺島君から暑中見舞いのメールが。
南会津の曲家に咲いていた立ち葵の写真とともに。
蝉鳴いて妻の昼寝を誘ひけり
「蝉なんか家に飛び込んできたらえらいことになる」と娘は云う。
09,7/24(金)曇り雨
大暑過ぎまた雨の降る不思議かな
7/23が「大暑」。
広重の墨田を歩く頭かしら彫り
偶然見つかった版木。現在に摺り師によって復活。
隅田川の畦を歩く女性は提灯を下げ、帯の模様も鮮やかに、
また眉の下あたりにうっすらと紅色に化粧を刷いで生き生きとしている。
額の頭彫り、わずか1㍉の間に、毛を三本も彫りぬいてゐる。
09,7/25(土)晴れ
海に入る御輿も海に傾けり
横須賀佐島の御輿の御浜降ろし。
鰆、鱸、タコ、車えび、サザエ、アワビ・・・なんでも捕れるよ。
新涼やあぢさゐ花のむらさきに
7/12日に岩原から頂いてきた紫陽花がまだ青々としている。
生命力たくましい、不思議だ、ありがたい。
妻はボランティアにお出かけ、今日は晴れた。
なかなかの一筋縄やカナカナの
蝉さんも大変。
立ち葵下から見れば空満々
「乳ぜり」
短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎すてつちまをか(竹下しづの女)
この句を含む7句を大正9(1920)年、「ホトトギス」8月号の巻頭となった。
「ホトトギス」は高浜虚子の主宰していた俳誌で、入選したら赤飯を炊いて祝うといわれたほどの存在。
しかし作者は前年に俳句を始め、投句し始めたばかりの俳人だった。
(高田正子・俳人09,7/18日経)
「東京大空襲」
戦争の話しをすれば悲しかり教室の子等みな泣きい出す
NHKアーカイブス「知っていますか?戦争のこと」
お話しは船渡和代さん(もうすぐに77歳とのこと)。
東京大空襲時13歳。お父さんは戦地に、たまたま家族が集まった夜中に空襲が始まった。
逃げまどううちに母親等とはぐれ、上のお兄さん二人と、自分と6歳の妹だけになる。
火の中を明治通り脇の防空壕に飛び込む。
「熱いよ」と云う声に見ると妹の防空頭巾に火がついている。
飛ばされないように顎のところできっちりと結んでいる紐が解けない。
髪にまで火がついてようやくお兄さんがはずしたが、もう妹の両手も顔も大火傷だった。
二人の兄たちは私と小さな妹を抱きかかえるようにして体の下に庇っていた。
その兄の背中に今度は火が燃えついた。
下のお兄さんはついに立ち上がり防空壕から出た。
背中の火を消そうとしたんでしょうね。
でも次の瞬間お兄さんの体は風にまかれて飛ばされてしまった。
「マサル、大丈夫か !? 」、
上のお兄さんもはじけるようにそう叫んで防空壕から飛び出ていった。
兄弟だったから弟のことが心配だったんでしょうね。
でも、それから二人の兄たちは戻って来ることはなかった。
妹も火傷がもとで破傷風になりじきに死んでしまった。
偶然に東京に集まりなんかしなければみんなあんなふうに離れ離れに死ぬこともなかったんでしょう・・・。
平成11年生まれ、小学校4年生らの生徒たちは、みな神妙に真剣に聞き入っている。
「さあ――」、と質問の段になると、答えながらもう声がつまり子供等は泣き出だしてしまう。
小学生たちの顔は、みな純粋な表情に緊張している。
戦争は嫌だなは。
1945年、8/15日、戦争は終わったが、今でも地球のどこかでは沢山の戦争が続いている。
考えたら「戦後」なんて一度もなかったんだ。
「シューボワッ、シューボワッ」
家々がそんな音をたてて次には火を噴出して燃え上がる。
お母さんは子供を抱え火の中を逃げまどう。
呼吸をすると喉が焼けるようだ。熱と煙でやがてお母さんの眼はやられてしまう。
「おかあさん、おかあさん」、
子供の声を聞くとお母さんは恐ろしさよりも悲しい気持ちになってしまう。
お母さんは乳房の間の胸の汗を拭ってはカッちゃんの顔や腕になすり付ける。
そうよ、眠ったまま死ぬのがいいわ。
お眠りなさい、勝彦、おめめを瞑ればあなたのお国、
こはいことなんか少しもないわ。
翌日お空はすっかり晴れた。
風が吹き出し、するとお母さんの体は凧のやうになって青い空に舞い上がった。
「おかあさん、おかあさん」――。
終戦の日に食べるものもなかったカッちゃんは
すっかり痩せて紙のやうにうすく軽くなって死んでしまった。
風が吹いてカッちゃんも青い空、白い雲の方に飛んでいった。
お母さんといっしょになってふわりふわりと飛んでいった。
教室の子供たちは童話『凧になったおかあさん』(原作野坂昭如、絵・黒田征太郎)の動画を観た。
最後に和代さんは生徒たちにお話になった。
「青空と子供たちの笑顔が一番大切な平和なこと」
「ひとりひとりの触れ合いが豊かになっていけば」。
授業が終り、生徒たちは黒板に集まり、思い思いの感想をたくさんたくさん黒板に書いた。
「死を忌み嫌うが」――
死に顔はみんな仏像のようになる。死に顔はみんな安らか。
硬直が始まると顔は変わりますが、死を受け入れて死んだ人の顔はすぐに硬直しない。
顔が硬直して醜くなるのは、死を拒否して生にしがみついていた人だということが分かってきました。
悲しみの中にも和気がある家と、怒りや憎しみが渦巻いている家があります。
前者は親族のほとんどが死の瞬間にいた家、
死後に都会から親戚が駆けつけたという家はとげとげしい。
現代は生にのみ価値を置き、死を忌み嫌うが、死の瞬間は命のバトンタッチ。
子供にもその場を見せたい。
立ち会うことで命の大切さが伝わるのです。
(青木新門「納棺師が見た生と死」09,7/23日経)