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《外為コサックダンスレポート》I will dance cossack

         when winning a great VICTORY.


2009年7月16日

(某ディーラーの独り言)

昨日からのマーケットの動きは「米指標のグッドナンバー」「ゴールドマンやインテルの好決算というグッドニュース」が続いたため「景気回復期待感」「リスク回避行動」から「リスク選好行動」に転じた。結果、株上昇ドル/円、クロス/円ともに上昇。ただ、これも本日以降のJPモルガン、バンクオブアメリカ、シティグループなどの金融大手の決算次第反落するので要注意だ。いづれにしても、為替は株に牽引されている。

昨年9月のリーマンショック前までは主要国の通貨の中で「円最弱通貨」であったが、先月からの実効相場変化率では他の通貨が下落している中でだけ5%上昇」している→今は最強通貨となっている。これはリスク回避通貨として持て囃されている結果だ。マーケットのリスク選好が始まると円はまた最弱通貨となるが先月までのマーケットの「行き過ぎた楽観論」修正が当面続くと考えられるからリスク回避通貨としての円の最強通貨の地位も当面続く可能性が高いと思う。しかし、これは日本経済回復にとっては厳しい局面に向かうということになってしまう。

春先からの資源価格や資源国通貨「上がりすぎ要注意」と度々言ってきたが、豪ドルに関してはRBAの断続的な「豪ドル売り介入」で、ある程度の調整はできたと思うが、さらにRBA豪ドル安を望むということになると今の水準からさらに7~10%の反落ということも考えられる。それは「自国通貨への作為的な介入」は国際的な非難があるにも拘らず介入実施するということは「当事国の強い意思の表れ」であるから納得のいくところまで介入するということがある。では、資源輸出国の豪としての納得いく水準はというと、やはり、「自国の本格的な景気回復」のためにあと7~10%くらいの豪ドル安を目論んでいるのじゃあないかと思うが…。これに投機筋が追いかけてくるということになると後は「言わずもがな」だ。また、購買力平価の面からみても豪ドルは高すぎるということもあるのでその面からも調整は必要だろう。

Uとのへ


暑くなって来ましたね。

「百姓の生きてはたらく暑さかな」(蕪村)
これも蕪村の「存間」のひと言だ。存間とはある感情の共有である。
百姓というのはもともと、さまざま生業にある私たち一般人民を呼んだ言葉だ。
農人の出であり、茨の花咲く大坂・淀川沿いのふるさとを懐かしむ蕪村には、
そのかがんで田草を取り続ける百姓への深い共感がある。
田園故郷を蕪れさせるままに去らねばならなかった遠い日の蕪村の悲しみの心、
だからこそ「暑さ」は、生きてこの地に働く百姓への、蕪村のおおいなる賛歌なのである。
(横澤放川・俳人09,7/11日経)

さて額に汗して百姓の生業の実体経済、すなわちGDP経済に対して、
レバレッジ経済が今また総括がなされようとしている。

アポロ11号が初の月面有人着陸に成功した69年
レオ・メラメドはシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)トップに就いた。
ミルケンがドレクセルに入社、
ヘッジファンド王、ジョージ・ソロスが旗艦ファンドを創設した年でもある。
71年、ニクソンショックで
73年に通貨体制は固定相場から変動相場に移行する。
政府の役割を重視するケインズ派の影響は薄れ、市場重視派の勢いが増す。
ミルトン・フリードマン
「英ポンドを空売りしたくても、どこの銀行も注文を受け付けてくれない」
と新聞にコメント。
それを知ったシカゴ金融のドン、メラメドフリードマンのお墨付きを得て、
金融先物導入につなげた。
(1972年、通貨先物を導入、世界初の金融先物市場を開設)
金利、株価、商品と次々と生み出された金融先物市場は世界的なマネーの流れを素早くした。
市場の歪みを調整し、市場機能を効率化するとの評価がおおむね定着した。

70年代ジャンク債の帝王・ミルケンの活躍が喧伝される。
ミルケンは信用力の低い企業の社債は、
利回りが高い割りに倒産確率は低いという特徴を知った。
69年に老舗証券ドレクセル・バーナム・ランベールに入ると、
誰も見向きもしなかったジャンク(がらくた)債の魅力を訴え、投資家を開拓した。
銀行が融資をためらう新興企業でも資金調達が格段に容易になった。
レバレッジ・バイアウト(LBO)と呼ばれる企業買収法を確立したのもミルケン。
ジャンク債の種を求めて行き着いたのがM&A(合併・買収)ということになる。

80年代、金融自由化が進展した。
「ウォール街の帝王」と呼ばれたジョン・グッドフレンド
グッドフレンドはソロモン・ブラザーズを率い、
(ミルケンは「ジャンク債(投資家)―企業の資金調達」)に対し、
(顧客の株式などの注文を取り次いで手数料を稼ぐ)従来型モデルではなく、
ソロモンは証券会社自身が自己勘定での売買を柱とする“投資家型”モデルを確立した。
ソロモンから出た伝説の債券トレーダー、ジョン・メリウェザー
理論値とそれに対する市場価格の歪み、
メリウェザーの強みは債券の価格を知っていた(数理モデル)ことだ。

メリウェザーはソロモンを飛び出してヘッジファンドLTCMを興す。
98年、LTCMは=25倍のレバレッジをかけて=12兆円以上を投じる巨大ファンドが行き詰った。
危機に市場は凍りついた。

2000年、ITバブルがはじけた。
マエストロ・グリーンスパンは13度にわたる急激な政策金利の引き下げを実行、
日本も再びゼロ金利政策そして量的緩和政策にカジを切った。
2001年、中国がWTOに加盟、巨額の貿易黒字国となっていく。
世界的なカネ余りの時代と、ブッシュ政権の住宅政策も相俟って、
バブルはサブプライムへと駆け上がっていく。

リーマンのリチャード・ファルド会長
「危機になったら立派に対処してみせる。
でも、危機に備えている人なんかウォール街にはいない」。
ダンスは続き、警告を無視したウォール街はレバレッジ競争を続けた。
カネ余りのさなか、とりあえず企業破綻も少なく、
社債を買う投資家のレバレッジは高まっていた
(万が一に備えCDSで保険もかけておく)。
社債が焦げ付いたときに損の穴埋めをしてくれるCDS
(CDSは資産にも負債にも組み込まれた)の売買も活発になってくる。
だが最終的な損の埋め手が分からないという危険性があった。

「他人に生命保険をかけ、その人物の命を奪う権利も持つようなもの」
ジョージ・ソロス氏は講演でCDSを法律で禁止すべきだと批判。
「保険」を持つ投資家債権カットなどに協力するより、
企業に破綻してもらった方が投資金額を手っ取り早く回収できる。
ある企業が民事再生法適用を申請した。
背後にCDSを持つ投資家の存在が囁かれる。
「空っぽの債権者」(エンプティー・クレディター)、
企業への実質的な与信がないため、破綻させることをためらわない債権者だ。

世界初のCDSは1993年ころ、
当時の米有力金融バンカース・トラストなどが編み出したとされる。
取引は爆発的に伸び、想定元本ペースの規模で
危機が本格化する直前の07年末には=62兆㌦と、5年で=30倍弱になった。

暑くなって来ましたねへ。
蕪村は――
歸去來兮(かへりなん いざ)
田園 將(まさ)(あ)なんとす,
(なん)ぞ 歸らざる。(陶淵明
からくる。
百姓も、
ウォール街もまだ蕪れっぱなしだ。
でも喉もと過ぎるとなんとかとやら、
ゴールドマン・サックスが「サヤ」を抜いたらしい。

蕪村にはこんな詩もある。
涼しさや鐘をはなるゝかねの声
暑くて涼しい詩だ。

智笑