09,6/21(日)雨
NHK日曜俳壇、選者・高野ムツオさん
春蝉の照らず降らずのいつまでも(高野ムツオ)
ムツオさんは咽頭ガンで声帯の片方を切ってしまわれているさうだ。
東北出身独特の素朴な声。ご本人は最初いやがったさうだが、
これこそが神様から頂いた声としごく納得されたのだった。
季題「薄暑」
鰻屋のうの字長々夕薄暑(鈴木俊六)
強そうな四股名負けたり夕薄暑(礒美枝子)
下北の馬の目にある薄暑かな(針ヶ谷里三)
解く帯のきしみにありし夕薄暑(野口弥生)
六区まだ夕日の遊ぶ薄暑かな(野上仟)
立ち上がる怒涛のごとし白牡丹(甲斐英俊)
人殺すわれかも知らず飛ぶ蛍(前田普羅)重税や凶作、そして徴兵。大正2年、29歳。
ふはふはのふくろふの子のふかれをり(小澤實)今日のゲストである。
みぞるるやムツオは陸奥の神のこゑ(小澤實)
俳句は生命を詠うものでありたい。命と向かい合うようになってきた。
どんなことにももう残り時間がついて廻る。
「薄暑」そしてエクササイズ――
ケンケンパ輪を踏みはずす夕薄暑
草臥れて帰る道とほし夕薄暑
残り湯を盥に運ぶ夕薄暑
シャンツァイやバジルの時間夕薄暑
薄暑にも収まりきれぬトマトかな
「かたつむり」
マイマイの径さがし行く銀の匙
蝸牛はどこかメルヘン。緑の径を銀の糸筋をつけて、越え越えて往く。
(小池光・歌人09,6/21日経)
「舞へ舞へ蝸牛かたつぶり、舞はぬものならば、
馬の子や牛の子に蹴くゑさせてん、踏みわらせてん、
真に愛しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん」(梁塵秘抄)
と歌って、1000年近く昔の子供たちはカタツムリと遊ぶ。後白河院のころだ。
かわらしく、でも残酷なのだ。
かたつむり甲斐も信濃も雨の中(飯田龍太)
生き物には人為の国境など意味がない。のったりと、雄大に越えて行くのだ。
かたつむりつるめば肉の食い入るや(永田耕衣)
これはまた強烈にして生めかしい。命の根源の様相。
しかし、カタツムリは雌雄同体、オス、メス両方の機能を持つ。
それでいて交尾するが、はて、どっちがどっちに・・・。
梅雨鯰永田耕衣のよき笑まひ(稲垣長)日経俳壇
田に出れば紫陽花の候声しきり
あれは行々子か、郭公か・・・
アニーローリー一人の女ひとに青嵐
杉村春子が口ずさむ。
91歳で生涯を閉じたとき、文学座のアトリエで密葬が行われ、
そのとき流れていたのが、杉村が歌う「アニーローリー」だった。
たっぷりと水かたむけてけふの梅雨
朝からほんとうによく降る。
息子が今夜ガールフレンドを連れてきたいと云ふ。妻も私も娘も、みな慌てふためく。
それから妻と娘は雨の中を“父の日”だからと何か買い物に出かけた。
父の日をベンチに眠る漢をとこかな(中村苑子)
懐かしき映画を見ればパパの死がある物語甚ベヱ届く
6/21日、父の日であった。
映画は「ビッグ・フィッシュ」
物語の父親は水の中に大魚となって帰っていく。
妻と娘からは甚ベヱのプレゼント。息子も費用は寄付した様子。
09,6/22(月)薄晴れ
青葡萄風の棲みかの棚となり
妻の実家のぶどう棚を思ひ出す。
風が棚を膨らませたりあおったりしてゐた。
新婚のすべて未知数メロン切る(品川鈴子)
第一句集「水中花」1962年
ガンに侵された恋人と、作者はそれから30年つれ添うことができたという。
恋雀婚約のこと父母知らず(品川鈴子)同じ当時のころの句である。
下界には雲まだるこしお山には笹百合のある紅見にゆかむ