★バブル心性からデフレ心性へ

1990年、世界は冷戦が終わり、日本はバブルがはじけた。

バブルがはじけたとはいへ、まだ庶民はそんなに実際には深刻に考えてもいなかった。

リクルート事件が終り、金丸さんが今度は脱税で捕まったらしい程度で、

経済が泥沼のような底なしに落ちていくなんて考えてもいなかった。

だが、バブル心性はその名の通りバブルとしぼみ、

かわって人々の心の中にデフレ心性が広がっていく。


バブル崩壊以後ジュリアナ「お立ち台」が芝のウォーターフロントにあだ花を咲かす(91,5/31-94,8/31)。

最大2000人収容のディスコは、連日連夜、

普通の派手なオネエチャン達がお立ち台に群がっては腰を揺らし、

そのオリジナリティーを競った衣装やパフォーマンスはそれはそれでまったくやんやの拍手喝采ものだった。

しかし、バブルはじけたあとのつかの間の空元気、湿った花火のようなものだったのだろうか、

遠花火はすっぽ抜けた音とともに闇の中に消えた。

本来ならば世界では冷戦が了わり、時代はもっと高揚していてもいいはずだったが、

90年代に入ってからは時代の心性、心に訴えかける時代の心性と云うものがわたしには記憶がない。

記憶といえばただ95年阪神淡路大震災とそれに続く同年のあの悲惨なサリン事件のみである。

がんばったのはせいぜいジュリアナくらいで、バブル崩壊以降、いい意味でも悪い意味でも、

ある時代に特徴的な固有の高揚したエントロピーを感じられないのである。

しかもそのジュリアナのディスコだって、いわゆる70年代の解き放たれた自由な、

もっと云へばえげつないほどの下心に満ちた巷のディスコと比べて、

管理された性、管理されたアミューズメント、生命の薄さしか感じられないのだった。


バブルが残した心性、バブルが人々の心に残した後遺症とは何か。

バブルがはじけたころから何か変になっていったのだ。

とり憑かれ、我を忘れていた人たちは自分たちのバランスシートのあまりのアンバランスに唖然とする。

資産はあっという間になくなり、借金だけが重苦しく残った。

苦い後悔と先行きへの不安にみな人々は我が家へ帰り巣篭もりを始める。


一方、米国防省が民間へと開放したIT技術が民需と結びついて

95年秋、マイクロソフトがWindows 95を発売、本格的なネット社会が始まった。

バブルで壊された絆と信頼、人々は巣篭もりをしてネットに寄り添い自らの傷を慰める。


さてそして、漂流し始めた民心、漂流し始めた列島、

消費および消費社会がまるで神のごとくに猛威をふるい、

人々の特に若い人の行動経済学、たとえば時間選好を狂わしつつあった。

将来の満足の割合を大きく割り引くのだ。

アリさんの勤勉、アリさんの辛抱より

キリギリスさんの今日の快楽、目先の満足・効用に眼を奪われ、

徒党を組んでそれになだれ込む。

ネット社会がそれをさらに容易にし加速することになる。


物理が生み出す短期商売、ないしは短期感覚は、

商品のサイクルをさらに短いものにしていくと同時に

人々の時間選好も次第にせっかちなものになっていく。

この場合の物理とはたとえば株主重視の市場原理とか、

価格発見の現場がメーカーから次第に直截的な川下に、

もうほとんど消費現場で決まっていくシーンとか、

空しいくらいの人間の、いわゆるルソーがいうところの自由からの日々の逃走なのである。

となりんちの値段を横目で見て、1円でも安い根付けをしてみたところで何になるんだらう。

消費者は喜ぶかも知れないが、人類の、そして生きるということの根本解決にはなってはいない。


投資家である株主重視というスタイルも、株主は短期での結果を求める余り、

経営者は長期の経営指針よりも、短期の成果を焦り、

それが配当重視ということになったり、中核資本よりもレバレッジによる資産拡大へと走る結果となる。

重大なステークホルダーの構成要素として、当然従業員も含まれているはずだが、

時にM&Aによれば、いとも簡単にまるで商品のやうにそのすべての家族も含めた運命が、

右から左へと売り渡される。


1998,4/1日「外為法の改正」

海外との取引や外貨建ての取引が大幅に自由化されることとなった。

日本版“ビッグバン”である。

FXへの道が、Mrs 渡辺さんら、「おカネを儲けることがいけないんですか」への道が開かれた。

ビッグバンはどんどん続く。

政府は国民の金融資産=1400兆円に目をつけたのだ。

間接金融から直接金融へ。

眠っているおカネを揺すり起こし、寝てる間でも稼いでくれる市場へと誘導しようとする。

国民をして総博打化への道が世界レベルで図られていった。

2005,4月、「ペイオフ解禁」となり、低金利の国内から個人マネーが海外へと流れ込んだり、

株式や、投信や、為替、REITなどあらゆる市場へマネーがうごめき始めた。


市場と結びついた四半期決算が投資家ばかりではなく

人々の生活をもさらにせはしいものへと駆りたてた。

商品のサイクルもますます短いものとなり、人々の嗜好も泡のごとく頼りないもので、

その都度変わる製造ラインは非正規労働者をますます交換可能なバッファー・モノへと陥し込んでいく。

当然、キャリアアップはままならず、格差どころか疎外された人心はケモノのやうに怯へ

すさんでいくことになった。

「買って、買って」とがなりたてられせがまれても、200万円足らずの年間所得ではどうしようもない。

携帯が一番手軽で便利な消費になる。

使い過ぎれば決して安価な遊び道具というわけにはいかないが、

でも何よりも窓は開かれた、よその知らない人ともお話しが出来るし、

気に入らなければチャネルを変えればいい。

だが、消費者サイドばかりではないのだ。

供給サイドだって、いわゆる定常化社会では、とくに電機業界など、

世間から“ガラパゴス化”などと揶揄され批評され、

そんなことは百も承知わかっているワイと、でもさりとて大きくなった図体は急には向きを変えられない。

合併の兆しはあるものの、しかし、血みどろの消耗戦は続いている。


所与のもののごとくにデフレがずっと続いている。

それはバブルがはじけた90年代初頭よりずっとなのだ。

橋本内閣がとどめのように完璧な「デフレ政策」をやってくれた。

駆け込みのインフレもつかの間、その後はテコでも動かないしつこいデフレが日本国中に居座ってしまった。

“遅れてきたケイジアン”宮澤喜一さんがいくらカネをつぎ込んでも

「泥沼にコンクリートパイルを打ち込んでいるやうな気分だった」と本音を漏らすほど、

実は日本の経済はものすごい重症で、正直者の小渕さんなどそれで命をすり減らした。

もうこの国はいたるところで“デフレ心性”ということになった。