09,4/24(金)晴れ

ほどよく晴れた。じじ、ばばを誘い出して魚野川にピクニック。

川原近くに簡単折りたたみテーブルを出して、流木を集め焚き火とする。

まん前には谷川連峰が大きく迫り、右側に万太郎山とそれに続く仙ノ倉・平標山・・・

左側へ茂倉岳など、みな頂に真っ白な雪をのせて、青空に聳え立っている。

魚野川の対岸の山には山桜がチラホラと、しかし、まだものの芽は淡く控えめだ。

雪解けの水が蒼く岩をまき、かんで白く泡立って流れていく。

流水にうぐいすの声がしきりにまぎれる。

「ほら、おとうさん、聞こえる?」とば様は、じ様は「うん?」と聞き取れない耳をそばだてる。


イチゲ咲くそのむらさきをそっと咲く

堰堤近くにイチゲがたくさん咲いている。周りはまだ枯れ色で、そそとした花や葉が眼にに好もしい。


鶯の鳴き出す瀬音釣果なく

釣り人が下流から棹を川に、毛ばりをさかんに投げ入れているが、釣果はない。

近くまで来て、焚き火に寄って、「いいですね、親孝行ですか」とニコニコしている。

魚篭を見せてくれるとなまめいたヤマメがお腹をぬらし、他に岩魚も数匹。


谷川岳まだ雪白く山桜

雪割りの蒼き水汲む鷺一羽

山笑ふ妻も子供もわらひけり

山笑ふ一雨ずつの緑かな


「山笑ふ」

郭熙(北宋11世紀)「山笑う」

「春山は澹冶たんやとして笑うが如く」画論『林泉高致』

※澹冶〓淡くなまめいた美しさをいう。

郭熙より100年ほど後の詩人・楊万里ようばんり『西山を過ぎる』

「一年両ふたたびぎる西山の路/西山 人に笑いてまさに語を解すべし」 


「方言」

ば様は方言の宝庫だ。まるで、勿体無い・・・。

与太靴(へたった靴)

むじむじ(態度がはっきりしない様子)

はね馬(じゃじゃ馬)

みざましくやんねどご先祖さんに悪りいど(めざましく頑張らないと)

くされお蚕(病気になったお蚕)

蚕のひき時に入ると(さなぎを作ろうとするとき) 


おっほっほっほ、最初の方はね、よた靴履いていたの、それでやぁよ、断ったの。

次の方はなんだかずっとむじむじしてゐて、それでね、やっぱりヤになって、

花輪駅をおりてあそこの神社に寄ったとき、そこでご本人に断ってしまったの。

うちへ帰って父親にえらくおこられたわよ、

「よくもお田へねじ込まれなかったな」って。

仲人さんを介して断ればよかったんだ。


昭和史を読んで日をふる若葉かな

じ様は昭和史を読んではまたうつらとしてゐる。

表は若葉が芽吹き始めてゐる。

ば様は面食いだったんじゃないの。じ様もむかしはハンサムだった。

戦争から帰ってきて、病み上がりだったということもあってまぎれもなしの白皙の美青年だった。

ば様は16回もお見合いの話しがあったと云ふじゃないの。

ただ、ほんたうにえらかったわねへ。ついつい嫁ぐことになった。

わたしは昭和2年生まれだから、23歳のときだったわね。

でもまさか嫁入り前の小姑さんが4人もゐるなんて知らなかったわ。

子供たちが生まれ一番多いときで12人もの大家族になる。

一番早く起きて、一番遅く寝たわよね。

土蔵の自分たちの住まいに戻るとほんたうにほっとした。

お米ですって、ええ、ええ三升枡だわよ。

だいだいお正月のお餅だって74切れ、大変な数だわね。


ほとに棒ゑうなくなりて夫婦かな

「おとうさん、きょうも頑張ろうね。おとうさん、好き、大好き」。

じ様をば様は背中を支えて起こしてあげる。

背中から両手をじ様の前にまわし、抱きかかえるやうにして「おとうさん大好き」。

じ様は恥ずかしそうにいやいやするのだが、もはやこばもうとはしない。

眠るときにさへまず両手を布団についてそれからば様に支えられてゴロン、ようやく横になる。

エビのように身を縮め、だが上向きにはなれない。

首筋がすーすーして、ば様はそこに上掛けをかけてやる。

しかし、もう、まるでいも虫のやうであるのだ。

じ様は軽く鼾をかいて眠ってしまう。

早いねへ、眠りにはすとんと落ちる。


鼻水が出てくるね。風邪ひいたのかしらむ。鼻をすすっているよ。

いやあれは、食事をしたあとは最近ああなるのよ。ああ、さうだったわね、風邪じゃないんだ。

ば様は隣の部屋で布団のカバーを繕っている。

むかしの人はえらいねへ。いつだって縫い物セットを持ち歩いてゐる。

私はむかしから好きなのよ、こうして縫い物してゐると心底落ち着く。

ば様はまるでそのまま天の入口までぬいつくろって仕舞ひさうな勢いだ。

さうしてまた深い物語のなかに自分自身で下りていく。

もう物音一つしない自分自身の不思議な國のアリスなのだった。


「やんなってきちゃった」と妻は云ふ。

じ様は眼の前をゆっくり杖をついて脚を引き摺って歩いてゆく。

こごみは小さいものばかり、いほりさんはさうだったわね。

山菜を採って来ると、ほらかうして新聞紙をひらげてゴミを選り分けたり、

蕗の薹は蕗の薹に、こしあぶらはこしあぶらに、たらの芽はたらの芽に、

うれしさうだったわねへ。

そんないほりさんも去年亡くなってしまった。あっけないものだね。


「おーい」と呼ぶ声がトイレから、もう一度「おーい」とじ様が呼んでいる。

いほりさんの回想が途切れ、

「おばあちゃんはどこにいるんだ」と呑むびりした声がば様を求めてゐる。

どうしたの、と妻が山菜をより分けながらそちらの方に声をかける。

どうもお漏らししてしまって便器のカバーを汚してしまったらしい。

あらあらお父さん、珍しいわね。家でもそんなことは滅多にないのに。

お通じはどうしたの。昨日はあったの。

山菜の天ぷらやなんか大分いただいたからね昨日は。

たいしたことないわよ、大丈夫。ば様はピンクの便座カバーをもう洗って干しにいく。

ちょうどよかったわね。もうそろそろ入浴の時間だわ。

などと妻が喋っているうちにじ様は玄関からふらふら出て行ってしまった。

お父さん、まだ少し早すぎるわよ、と妻は云ふがどうすんだらうこれから。

ば様はじ様の後追いかけて入浴の一式を持ってほらほらと、

あれを持ったのシャンプーはどうするの、

おとうさんはボディーソープなんか使わないものね。

あれ、もう先に行っちゃった、せっかちだからねへ、充分間に合ふのに。


浴場の車椅子、あれは便利だわねぇ、ほんと、ストッパーもついているしね、

シャワーの下で体を洗うときなんか助かるわよ。

それに一番いいのは広々としていることだわね。

誘導アームに掴まってゆるゆると湯船に浸かる。

いいじゃないの、午前中の明るい光が浴場に満ちる。

ば様もじ様を介抱しながらしばし湯船に浸かり手足を伸ばす。

このマンションでは管理組合に住居の人から提案があり、

障害者の方たちが利用するにあたって、貸切の家族風呂にはならないか、ということになった。

お試し期間が来月の15日まで。


じ様はね、ウロガード、つまりオシッコ袋をつけている。

外に出た膀胱はそのままお風呂に入るときもついてくる。

前立腺がすっかり昂じて、疾呼が詰まってしまった。

その上ときどき血尿も混じるやうになり、尿道からいろいろやることは止めにした。

がんは年よりはそうやすやすと簡単には進行しないらしい。

ウロガード、見た目はたしかにどうしやうもないものだが、

もはや詰まる心配はないし、おしっこの色さへそのときどきに分かる。

ただ歩く時は腿のあたりにぶらぶら、不便なことこの上もない。


軍隊にも行って来た。仲間の何人かは戦死もした。

ただ自分は幸いと云ふか病気になり、外地の病院から、内地の病院を転々とした。

戦後は会社員として甲府盆地のあちこちと勤務をしながら(峡西電力から東京電力へ)

土、日曜日はお百姓もこなして来た。

そんな精神も肉体も頑健なはずのじ様もしかし、

病と老ひの前ではただ子供のやうにへたるばかりになる。

この我が身ではないやうな不都合さ、不可解な距離感、

耳も眼も、脚も、足首から先の自分のものでないやうな感覚も、許しがたい。


日々が死である。死に向かう、向かいつつある一章、

我が身を訓練するためにも、出来うる限りその日のときが来るまで、

見つめ続けていたいものである。