09,4/20(月)

さながらに景気のよさや小姐しゃうちぇえの寄り添う車ともに眩しき

上海モーターショー、最高の出足。車の売り上げ台数米国を抜き世界一位に。

景気がいいと女の子もどんどん美人になる傾向に・・・。(NHKニュース)


芝桜赤、白、黄色、辟易す

私は日本人か。同じ「桜」でも芝桜はなにか苦手だなぁ。近くでまじまじ見ると可愛いけれど。


(小池光・歌人09,4/19日経)

うつくしいものは不安を呼ぶ。地震の前に雉が盛んに鳴くといわれてきたのもむべなるかな。

「けんもほろろ」という成語も「けん」も「ほろろ」も共に雉の鳴き声に由来する。

孤高を守りとりつくしまもなきことよ。

「雉の鋭ごゑおこりくさむら戦ぎたりこころ異変に飢うるさびしき」(葛原妙子)

「雉の眸のかうかうとして売られけり」(加藤楸邨)

「耿耿と」の字がもっとふさわしいと思うが。死によって見据えられる生の様相


09,4/21(火)小雨

春雨に散るを急かるゝ二三片

かみさんの実家の牡丹の花が今日の雨でゆっくりどっと散りさうだ。


春雨やにはかに燕むら一ッ村

燕が古びた土蔵を、家屋を、軒下を、村道を、葡萄畑や、田んぼを――、

急にである、にはかに、である。


藤房にむらさきにほふ春の雨

しんしんと降る雨に、藤の房は今が盛り。


座禅草足を失くして胡座かなあぐらは座とも書く。


ああ日本のどこかにマスミ林かなヒ素とカレーの時は流れる

11年前のことになる。生きている人も罪悪感にさいなまれる。

生きている、んでしまったのはその時の全く偶然だ。

今日、死刑の判決。成分が同じヒ素が林被告自宅から発見される

その顔のすでに人知をはずれたり笑う薄皮見たこともなし

林ますみカレー毒物事件。

「事件が終りましたね、というのは、世間一般の話、でしょ」被害者の一人。

来月から<裁判員制度>が始まる。


「汽車の窓から ハンケチ振れば/牧場の乙女が 花束なげる

/明るい青空 白樺林/山越え 谷越え はるばると

/ララララ ララ ララララララ/高原列車は ラララララ 行くよ」

『高原列車はゆく』岡本敦朗さんが歌う。84歳になる。

1954年、「君らの泊りも出湯の宿か・・・」(二番の歌詞)、

列車観光バスも日本列島を縦横無尽。すごい右肩上がりだ

この年の紅白歌合戦の初陣を飾ったさうだ。:

経済とは何か。人々の暮らし、幸福とは何か。


今はまだ弘前あたり函館へやがて桜は南クリルへ

谷口正太郎(前外務省事務次官)政府代表発言「3.5発言」

06,12月麻生太郎外相「向うが2島、こちらが4島ではらちがあかない

択捉の=25%を残りの3島にくっつければ、50%対50%になる」

これが、「3.5島」発言へ。まるでバナナの叩き売りじゃないかと朝日新聞は。

南クリルはロシア側の北方四島の呼び方である。


あやの字は左右上下で成り立ちぬ成り立ちませぬ漢字検定

6月検定試験はまだ見通しが立たないまま。

公益法人のあこぎな利益産出スキャンダル。理事親子でカネの亡者。

純真な受験生徒たちと、学校行事に組み込まれた漢字検定の弊害。

「なんだか嫌な気持ちがする」と中学生徒のひとり。


服を出す服をしまへるその仕草ひとつひとつに思ひ出のあり

小夜子さんは更衣には少し早いが、明日からのお出掛けということで、箪笥を漁ってゐる。

まず、畳の上に綺麗に並べ、眺めやって、それから使用するものと仕舞うものを選びゆく。

じ様89歳、ば様82歳

肉のつみれ汁、まぐろとタコ酢、牛蒡のキンピラ。たくわん漬物。ビールと焼酎。

明日からは湯沢へ出掛ける。


Miss DDR(武装解除)瀬谷ルミ子(NHK)

あらゆる人と心を通じ合わせることが出来る

ルワンダの写真に触れる「彼らのために何かをしたい」(菩提心)。

瀬谷ルミ子はMiss DDR(武装解除)と呼ばれる。

「もう、武器は必要ない」と説得する。スーダンでのDDR。

国連がバックでの社会復帰のミッションでもあるが。

「私たちには食べ物がありません」

「私たちには種がありません」。

レンガ造りに目をつける。それを何とか仕事に、産業に、社会復帰に結び付けられないか。

銃を手放すんなら「牛、三頭だったらいいよ」。

運転手が撃たれた。「市民が武器を持つのは危険です」。

“心の武装解除”をどうするかなのだ。

井戸がない、水がない。心の中の平和がないと、それからの平和はない。

「命がけで戦ってきたのに、これじゃムダだよ」。

自分の姿を見たこともない子供たちが大勢ゐる。

出されたものを必ず食べる。そうすると村の人たちも受け入れてくれる。

「猫なんか好き、驢馬なんか好きですね」。

シェエラレオネ、少年兵士、父親の腕を切り落とさなければならなかった・・・。

スーダン内戦、その時の少年兵は=2万人を超えた。

「僕はどうしても学校に行きたいんだ」(マイケルはもう19歳に)。まだ軍に属していた。

瀬谷はアポイントもなしに軍の幹部に会いにいく。

「勉強は、することはできる」と軍の准将に会って、瀬谷は話を聞いて来た。

だが警察は止めることは出来ないよ、その後は戻ることに、で、どうなの、とマイケルに聞く。

「It's mine, it's my program」「Take care」とマイケルへ希望を託す。