09,4/16(木)晴れ
時々に伸びして少女鳩になり女の子らは伸びして鳩胸になる。
少女らは溌剌としていて屈託がない。
二荒ふたら山おちょぼの唇に紅いべに
日光二荒山、山車の上で太鼓を叩く少女たちのおちょぼ口。
みな無邪気に真剣な様子で叩いている。
sexの相性を云ふ花の下
カウンタへで話していたカップル。突然男のこの方がsexの相性のことを話し始めた。
女の子は急に黙ってしまう。男の子は顔立ちも過激で、唇と耳朶にピヤスをしてゐる。
唇のハガネ飾りじゃオヤコモバ
唇にもピアス。70年代半ばこういうディスコが流行っていた「オヤコモバ」。
しかし、大きなお世話かもしれないが、なんだか時代そのものが「痛々しい」感じになってきた。
飾りじゃないのよ、ふんふんふん・・・。
いまどきのマッチ若葉に火を点ける
「マッチするつかの間海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」(寺山修司)
昔は「若葉」という少しあくが強いやうな辛目の煙草があった。
お客さまがライターではなく、マッチで煙草に火をつけた。新鮮に吃驚 !!
花の鬱少女の話てんこ盛り
隠して少女らのお話は永遠と続くのである。少女らはお話しするために生まれてきたのだ。
初かつをふりして流る東尋坊
蝦蛄しゃこに似た海老を茹でる。足がはやいらしいが甘海老り旨いと云ふ。(NHK昼)
吃音もゆかしく菫山路来て
芭蕉さんはどもったりはしなかったか。天才はどういうわけか吃音の方が多い。
「山路来てなにやらゆかし菫草」
は京都あたりから大津へ抜ける道の端に咲ゐいいたさうな。
春の夜や必ず誰か邪魔になり
雄ちゃんが稲庭うどんを食べに来る。お二階さんも来た。
人生にはたえず闖入者があるのだ。ままならぬもの・・・。
09,4/18(土)晴れ
午後より世田谷美術館に、「中尊寺と陸奥の仏さま」を妻と観に行く。
お天気はよく、ミズキが花を青空に流す。
桜ばかりかと思っていたら、世間ははや青葉若葉に日の光、
砧公園に遊ぶ少女らの伸びやかな足首が、植木の間をたわいもなく行き交う。
美術館は土曜日ということで、たいそうな賑はいだった。
日本は詩歌の国だ。
殺伐とした戦いに明け暮れる、当時まだ未開と云われていた地で、
雅な戦人の作法があった。
「吹く風をなこその関と思へども道もせに散る山桜かな」(義家、勿来の関で)
19歳で前九年の役(1051-62年)に父・頼義とともに出征した若武者は
安倍貞任あい間見える。
1062年、衣川の関が落ちる。義家が追い立てながら
「衣のたてはほころびにけり」と云へば、貞任は馬を止め、振り返って
「年をへし糸のみだれのくるしさに」と。
義家はつがえた矢をはずして帰った(「陸奥話記」)。
09,4/19(日)晴れ
しょっぱなはクレソンを喰ふみどりの日
なんとなくふと、思いついて。湯沢区のあそこの湧き水のところにはいつも・・・
鯉幟谷戸にわたるうってつけ
そのころは西大滝から栄村に向かうあたりの谷川には鯉幟が幾重にも渡され・・・
NHK日曜俳壇・高野ムツオ
星雲の匂いなりけり春の土(高野ムツオ)俳句は宇宙に接する言葉の器
つばくろや磁石はいつも北を指し(渡邉美穂)
眠りつつふと笑む赤子初つばめ(益子聰)
どうでっかぼちぼちでんなツバメ来る(隠岐悟)
振り売りの声をくぐりて初つばめ(天野信敏)
まづ声の天より来るつばくらめ(駒木美智子)
燕くる潮にさざ波地に轍(宮内曳光)対句表現、生活、営みを表す。
つばくらめ喉元あかき風邪引き女め娘は風邪気味である。
初燕壁剥落の土蔵かなかみさんの実家の土蔵を思い出して。
新玉を刻みて眩し初燕今日も新玉ねぎ。
就職は決まらずともよし初燕しばらく娘は就職浪人です。
詣りたる墓は黙して語らざる(虚子)1954年、80歳で文化勲章。子規の墓に詣でる。
鉄線の蘂しべ紫に高貴なり(虚子)娘の星野立子たつことの会話が映像で。
降る雪や明治は遠くなりにけり(中村草田男)
昭和6年(1931年)大学生だった草田男が
大雪の日にかつて学んだ母校の青南小学校を訪問した際に生まれた。
草田男は絣ではなく金ボタンの外套の小学生らに出会う。
また近くの斎藤脳病院に行ったら震災で跡形もない。句は独り歩きを始めた。
昭和など忘れて久し春時雨(高野ムツオ)
気の毒に君気の毒な花粉症(佐藤鬼房)
余命一年のとき私の難儀を見て。ムツオさんの師匠である。
麻生太郎
故郷にはや桜満つ故問えば冬の寒さに耐えてこそあれ(麻生太郎首相)
太郎ちゃん自作歌。八重桜咲く新宿御苑で芸能人ら集めて「桜を観る会」だって。
太郎は自分の句なのに途中つっかえ、言い訳した。
4段ロケットの経済対策がこれから効いてくる、と、満面の笑顔で自画自賛。
八重桜漫画の前の我の鬱
16日の定例記者会見で、なんだか女物のファッション誌なんかをかざし、
「このモデルさん知っているか」と記者に問う。
知らないと首振る記者たちに「時代を知らない化石のやう」と哂う。
漫画脳、その程度の低い世間知にはつくづくと吐き気がする。
そんなこと知っていてどうするんだ !!?
アブサロム「父の平和」よこの人らみんなまとめて花いちもんめ
ヘブライ語で「父の平和」の意。フォークナーの著書『アブサロム、アブサロム !』
環境にエコ、グリーンとへぼ将棋王手王手で妙手とならず
世界のほかの国がやるからと後先もなくやり始める。
経済の道理は必ずしもその通りにはならない。
所詮「他人さまのカネ」であるのだ。王手王手は誰でもできる。
みどりごをつつみに来るよかげろふは(齋藤玄)
玄が闘病の中で思わずもらした吐息のような一句だ。
むしろそのみどりごのなかに、おぼつかない人間というものの生も老も病もが見つめられている。
(横川放川・俳人09,4/18日経)
学徒出陣
木村久夫という学徒出陣組みの上等兵がいた。
京都帝大で経済学を学んでいたが哲学にも造詣が深く、
序列を無視して声をかけ哲学談義に花を咲かせた。
私がペナンに転属になってから、
木村上等兵は後任の隊長からスパイ容疑でインド人夫婦を処刑するように命じられる。
命令は絶対で拒むことはできない。
苦悩の末に命に従った木村上等兵は
戦争犯罪人としてシンガポールのチャンギー刑務所で絞首刑になった。
28歳の若さで逝った木村上等兵の遺書の文面を、長い歳月を隔てて知る。
「音もなく我より去りしものなれど書きて偲びぬ明日という字を」
これに続く処刑前夜の2首を読むことはできなかった。
(近藤道生・博報堂最高顧問09,4/15「私の履歴書」)