09,4/10(金)晴れ

めでたさや松が枝もはや五十年相いたはりて金婚となる

髪白く背まるくなる、両陛下ご結婚50年。


語らひを重ねゆきつつ気がつきぬわれのこころに開きたる窓

婚約内定後の歌をお詠みになる。

「誠実で謙虚、寛容」でおいでになると美智子皇后は陛下を。

日本の姿とともに過ごしてきた。

日本国統合の国民の象徴という言葉にいつも沿うように心を致してきた。

1975,7/17日、沖縄のひめゆりの塔に参拝の後(火炎瓶を投げつけられる)、

平和への祈りの旅は続く。サイパンの万歳クリフでは深く頭をたれる両陛下であった。


おちついて死ねさうな草萌ゆる(山頭火)


鎌倉や花見るひとの独り者

小宮山さんは鎌倉へお花見を。花は散り始め名残の三分咲き。

お刺身や、シラスの料理、アナゴまで頂いて昼からビール3本、新宿まで出ておいでになった。


09,4/11(土)晴れ

新宿やみんな四月の顔になり

新生人、はつらつといい天気。

家族でヨドバシカメラにお買い物。

冷蔵庫と私の携帯電話(老人用万歩計つき)。

娘は昨日で会社を辞めた。しばらく休憩。

昼はミートソースのペンネグラタンとチャーシュー入りラーメンをみんなで頂く。


09,4/12(日)晴れ

さあけふは、高尾山縦走家族でハイキング。

朝から完璧に晴れ、いい天気である。

朝食はしっかりいただき、8時40分に自宅を出発。


10:15

高尾山ケーブルの駅初ツバメ

天井の梁にツバメの巣がかかっている。ツバメが飛び交っている。

リフト終点10:30。ここで体力とで時間を稼いだことは正解だった。

リフトの左右はミツバツツジの鮮やかなピンクで賑はひ、

芽吹き始めた緑色に映える。


11:08高尾山頂上。桜は大方は散ってしまっている。

賑はへばはだら桜も酔いのうち

大変な混みようである。葉桜の下にシートやらを敷いて、昼からビール。

結構なことである。


呼んでみてヒトリシズカを高尾かな

一丁平手前に一箇所、明王峠に出る直前の杉の小径にと、

陣馬山に至るまでに計2箇所にしか見られなかった。

「亭主の好きな赤烏帽子」-ヒトリシズカ

11:45一丁平。花はタムシバの白。辛夷に似ている。


12:13城山到着。茶店の前のベンチは満員御礼の状態である。

紫木蓮の花の下で娘の写真を撮る。途中で息子が紛れ込む。

茶店の前を通り抜け、先を急ぐ。ちょっとした休憩所があり、

一本の三椏がちょうど見ごろになっていた。

杉林の中の急坂を下る。


→小仏峠着12:40

尾根風や山吹ゆらす鼻の先

小仏峠から八王子方面を覗く。

風がのどかに吹き渡り足元の山吹の黄色の花枝を揺すり上げる。

1880年明治天皇が甲州視察の旅の途時、お憩みになられたという石柱が立てられている。

来てみればこかひはた織いとまなし甲斐のたび路の野のべやまのべ

三条実美が命を受けて高尾山薬王院に詣でて詠んだ(小仏峠の碑に)ものといわれる。

当時生糸が高騰していた。

またじぐざぐと登り始めたらマウンテンバイクにヘルメットを被った若者に出会った。


山路来てなにやら菫トマトかな

景信山の頂上に登る直前の斜面に菫の一叢が。

「亭主の好きな赤烏帽子」-菫

茶店の広場に出る上がり口のすぐ左に三椏の花が枝を広げていた。

13:10風雨や雪に漂白されたかのような木の素っ気ないテーブルや板を渡しただけのベンチが、

傾いたり、やや崩れがちに広場に広がっている。

城山の方をとほく振り返ればアンテナの鉄塔が青くかすんで見える。

斜面に向かって見晴らしのいいところのテーブルに腰を下ろす、

斜面の下、ちょうど目の高さくらいに少しはなれて見ごろの山桜が枝を広げていた。

ランチボックスには胡瓜のみどり、新玉ネギの白とトマトの赤色が日の光に溢れた。



14:04出発。しばらく右手の方は見晴らしがいい景色が続く。

→途中、山桜、大山桜、薄いグリーンに萌え出ずる雑木林の傾斜、

続く杉林と林の下に咲き乱れる木バラの白いあへかな花枝。

「あら、ヨモギが咲いているわ」と中年の女性の連れにすれちがう。


13:20明王峠

峠ではベンチに眠る花の夢

明王峠の茶屋前のベンチで、帽子を目深に眠ってゐる人が。

ベンチ近くにも花々が咲き乱れ、桜は頭上に満開である。

茶屋には人の姿はなく、暖簾と、おでんとかビールとかのメニューがかかっている。

のんびりしたものだ。


ここから陣馬山まで2.5㌔くらい、もう少しである。

やがて径の先に人馬山がこんもりと見えてくる。

乾いた段々の径を登ると頂上に出た。

右手に咲き始めたばかりの桃の花。

16:00着。

見晴らしは360度最高。日差しは強く、頂上にはさえぎるものとてない。

夕風はさわやかで5,6組のグループがあちこちのベンチにくつろいでいる。

すっきりしているときは富士山も新宿の高層ビルも見えるようだが、今日は霞に朧であった。


16:10下山を始める。和田峠のほうではなく、

「急坂だが時間はかからないよ」との茶店の女性のひと言でそちらを選んだ。

最初はよかったが、右手に巻き道してしばらくして檜の林に入ったころから急に厳しい坂道になった。

息子と娘はもうだいぶ先の方へ、声も聞えない、

妻ははうはうの体である。

車の走る音が林の下のほうに、やがて水音が間近に聞え始め、

ようやく径はなだらかになった。

橋のところで息子と娘が待っている。

息子は橋の下で蟹さんと遊んでいたらしい。


17:10道路に出る。

舗装道路を下り、鶯の声を聞き、家々が数軒山あいに、

畑と丹精されたミツバツツジのピンクの群生と、萌え立つ雪柳の叢など、バス停に着く。

うくいすの村となりけり水の音

17:30


バス出発は17:40

ウグイスの上手に啼いてバスの中


うくいすや聞くたびに桃の花


乗り合いや桃源郷の村を抜け

陣馬街道を夕焼小焼けの村を抜けて八王子方面へ。

すぐに、そしてしばらくは桃源郷と眠るばかりだ。


JR高尾の駅に、切符を買いすぐにホームに待っている中央特快に乗る18:20

朝、高尾山のリフトを選択したことから、なんだかぎりぎりぜんぶ上手くいったようだ。

途中ですれ違った人に

「バスがなくなるよ。普通は陣馬山から高尾山に向かうコースなんだがね」

と脅されたもんだから、

妻にも子どもたちにも言わなかったが内心はけっこうどきどきと焦ったものだった。

19時前にはもう新宿に着いてしまった。


ミツバツツジと家族、けふの一番でした。
「亭主の好きな赤烏帽子」-ミツバツツジ