「怒りのぶどう」1940年
翌年日本は太平洋戦争へと突入。
大きな木の下でトムは元説教(preach)師ケイシーに遇う。
誤まって殺人を犯したトムは仮釈放で故郷に帰って来たのだ。だが故郷は農地収奪に遭っていた。
「ここで生まれ、ここで生き、ここで死んでいく。だからこの土は痩せているけれどここが故郷なんだ」。
75㌦で買った大型トラックに家財や11人の家族と一人の元説教師ケイシーを載せて故郷を後にする。
西へ行けば「800人」を募集している桃畑がある。だがエルドラドまではあまりに遠い。
エンジンは爆発しそうでいつも煙を吐いている。
荷台は砂埃にまみれ、ゆれにゆれ、グランパはついに途中で息を引き取ってしまう。
「永遠に迷うことはなくなったのだ」と元説教者は短く説教を垂れた。
それからまた次の国境では、亡くなったグランマを載せたまま警備隊の前をやり過ごした。
「あいつら正気じゃないぜ」とスタンドの連中が見送る。
「あんな乞食みたいの、ただ生きてるだけさ」。
コロラド、カリフォルニア、行く先々での仕事の奪い合いと、
飢えたキャンプと、ピンハネと、赤狩りと、保安官・・・。
豊かであるのかもしれないが、このころのアメリカは典型的な農業国で、
差別、格差、貧困、非効率がいたるところに堆積していた。
「5ペンスだってやっていけるさ。妹には子どもが生まれるけれど、
それでも全員で働けば何とかやっていける」
「お前にもすぐ分かるさ。働く人が大勢集まってきたらすぐに2.5ペンスになる。
収穫が終わればお払い箱さ。いまが桃の収穫のさかり、
いま団結さえすれば7ペンスにだってなる」。
農業ストを先導する者としてケイシー(preacher)は追い詰められ、橋の下で警察に殺される。
トムはそのとき思わずケイシーを殺した警察官を殺ってしまうのだった。
水の流れに沈む警察官。
ジョード一家はトムをかくし農園から逃げた。
トラックは走り続け偶然、国営の農務省キャンプに入った。
そこでは住民による自治が行われていた。
週一㌦の管理費、安心と清潔のつかの間の平和が訪れた。
土曜日には自治体の老若男女が集まってみなダンスに興じる。
若い男子が若い女の子にちょっかいを出すチャンスだ。
トムは母親を誘って腕を組んでダンスした。
一方、キャンプ周囲の農場主たちがやくざを雇ってダンス会場を台無しにしようとたくらんでいた。
農務省キャンプが経営する農場や日雇いに、
安い賃金を強いる農場主たちは不満を抱きヨコヤリを入れようとしていた。
管理委員会の機転であやうく未然に防ぐことができた。
だが、不安は暗闇のなかをやって来る。
保安官が来てジョード家のトラックのナンバーを控えていった。
警察官撲殺の手配が回ってきたのだった。
「トム、お前は黙って行ってしまうのかい」。母親は目覚めていた。
表に一緒に出た母親にトムは自分は何かが変わったことを伝え、
それは説教師のケイシーがきっかけだったと打ち明けた。
母親は「ママはキスが苦手だけど」と息子を抱き寄せ、
トムは夜の深い闇に向かって云い続けた。
「大勢の人間が豚のように生きている、その傍らに豊かな土地が眠っている。
虐げられ眠っている人がいる。殴られおとなしくしている人たちがいる」。
母親は困ったという顔で「男の人たちはすぐに一区切りにしてしまう。女たちは川だわ。
どんな土地へ行ってもそこで生きていける。
どんな時間が変わっても、新しい時間をつむぎだす」
「永遠に生きる。それが民衆さ」とは立ち上がりかけ、母親は眼で追いかける。
「ママ、ぼくはいつだってそこにいるよ。暗闇のなかに、子どもたちの賑やかな歓声の傍らに」。
土手の長い水平を歩いていくトムがパンして映し出された。
(Dust Bowl)ダスト・ボウルのオクラホマやカンザス。
土地の集約化、機械化、資本集約的農場へ。
1930年代の移動農業労働者が生まれた。
背後にあるのは「会社」でありそこに融資している「銀行」、つまり金融資本主義である。
容赦のない資本主義経済の進出であった。
その上、19世紀から20世紀に掛けての多くの西部地域への入植者は
生態系の極相(ここいら辺は草原地帯)を崩壊させていった。
「大草原の小さな家」の規模から破壊的な生産規模へと発展していったのだ。
一時的にはアメリカの農業生産力を高め、特に第一次世界大戦中、
アメリカはヨーロッパの穀物倉庫として多大の利益を挙げた。
だが生態系の破壊は気候変動をもたらし、Dust Bowlは恒常化していった。
かろうじて表面を覆っていた草を失ったツケは大きかった。
社会経済システムと人間の営みと自然環境との危うさ。
大農場主の資本家の価格操作と賃金操作、
次第に湧き上がってくる「怒りのぶどう」なのである。