09,1/24(土)晴れから曇りに寒い日である
友人が京王線仙川駅近くの「仙川げきじょう」で神楽を演じた。
仙川劇場は安藤忠雄が建築したものである。
こじんまりした劇場に入った。もう満席である。300人くらいは入るのだろうか。
舞台の背景に幕が張られ、後ろは神の境界となる。
板張りの舞台の前には太鼓が置かれ、その両脇にてびらがね(銅拍子)が二つ、
幕の後ろでは舎文が口上物語を詠じる。
お神楽と太鼓の音と、単調に繰り返されるてびらがねのリズムに乗せられて、
気分は次第に古代の世界へと漂ひ運ばれゆく。
(1)神武・・・・(10)崇神(11)垂仁(12)景行(13)成務(お兄さんが日本武尊)
(14)仲哀(奥さんが神功皇后)
(15)応神(16)仁徳
・・・・(21)雄略
・・・(26)継体天皇、507年頃のことである。
「四人烏舞」という演目
日本書紀からの題材で、日本の国土を生んだ万象始祖の神々、
伊邪那岐いざなぎ神と伊邪那美いざなみ神の両二神が、仲睦まじい鶏の姿ととして
軽やかに、しかし厳かに舞う。
この日は、素戔鳴命すさのおのみことと櫛名田比売命くしなだひめの4人で舞う演目に。
始まりの始まり、「天地あめつち初めて發ひらけし」頃、単性生殖で無性の獨ひとり神が
続いて誕生したが、やがて伊邪那岐神と伊邪那美神が初めて夫婦と成り、
国々を、神々を産んでいった次々と神々を産み国造りを始めたが、
女神は火の神を生んだ時のやけどがもとで、この世を旅立ってしまう。
黄泉の国へ――あまりに変わり果てた妻の姿。
逃げ帰った男神が体についた「けがれ」を落とすと、
天照大御神、月読命(つく読みの命)須佐之男命が生まれた。
男神は昼と夜と海をその子らに委ねますが、スサノオは背き、
天を追われて長い地上への旅に出されます。
⇒スサノオは出雲で櫛名田比売命と結婚する。
※ときに神は私たちの目前、あらゆる自然現象のなかに無数に顕現する。
「私たちをいつか支配している」語らざる者。彼らには顔がない。
「天降り」という演目
猿田彦大神が荒れていた天下を平定し、瓊瓊杵尊ににぎのみことの使いの3人の神を迎え
天鈿女あめのうずめは猿田彦を森に導き出し誘惑して結ばれる。
外地の人が「稲」を本州にもたらした。同盟が成立したのだ。
「天孫降臨」
瓊瓊杵尊は天照大神の孫、父は天忍穂耳尊あめのおしほみみのみこと、
天照大神の命で、三種の神器を持ち多くの神を従えて、
高天原から高千穂峰に降臨した。
稲穂を手にしていて、かかっていた霧を払った。
『高千穂』─高く千々に稲穂が実る。イネを伝承した。
木花之開耶姫このはなさくやひめと結婚する。❋木花之開耶姫〓海幸・山幸の母。
「八幡」という演目
応神天皇が★八幡大神の称号を授けられたことを再現する演目である。
護国の戦神である応神天皇とその兄、品夜和気ほむやわけ命が、ずっしりと力強く勇壮に舞う。
「八幡大神弓矢をつがえ、四方矢先に悪魔射落とす」太鼓打ちが歌かけする。
四隅に弓を放つ仕草、四方に印を結ぶ振りに、
四方鎮護・悪魔祓い・家内安全守護祈祷の念が込められる。
古代ローマは征服した異教徒の神を中央に集め祀った。
古代の日本はローマとまったく同じ。★地方の神々に位を授け、
律令政府の神祇官に納めることによって日本は行政的にも宗教的にも中央集権化した。
おそらく、出雲の神であった大国主が大和に移動させられた理由も
そこにあるのかもしれない。天皇家の神々は天つ神、地方の神々は国つ神。
神の力はその族の勢力、或いは天皇家とのつながり次第。
※応神天皇は地方の・九州の国つ神だったのだらうか。
雄略天皇(478年)
わが国最初の詞華集アンソロジー「万葉集」全20巻は若菜摘みの歌から始まる。
籠こもよ み籠持ち 掘串ふぐしもよ み堀串持ち
この岳をかに 菜摘ます兒こ
家聞かな 告のらさね
そらみつ 大和の國は おしなべて われこそ居をれ
しきなべて われこそ座ませ
われにこそは 告らめ 家をも名をも
詞書ことばがきによれば
「泊瀬はつせの朝倉あさくらの宮に天あめの下知らしめしし天皇すめらみことの代御世」
すなわち皇統譜によれば人皇第一代に数えられる
雄略天皇の御製歌おおみうたとなっている。
しかし、おそらくは大和国を支配する神の、
自らの妻となるべき処女なる巫女に呼びかける愛の歌が、
伝説上の大王の歌に付託されたもの、と思われる。