■雇用・フォルクスワーゲン
欧州では自動車最大手の独フォルクスワーゲン(VW)が
1994年に国内工場で導入した「週休三日制」が有名だ。
業績不振に陥ったVWは当時、国内工場で=3万人が余剰とされたが、
休日を増やすことで人員削減を回避した。
しかし、そのVWも日本車メーカーなどの攻勢を受けリストラを迫られた。
2006年には早期退職などで=約2万人の削減に踏み切り、
追加手当なしで勤務時間が延長されたことで
07年から週休三日制は撤廃された。
■組合と雇用と生産性
阪神大震災で被災した神戸工場閉鎖(日本製粉会長)。
ここは私が話しにいくと、途中で席をけって出て行くような組合員のグループがいました。
生産性が最低クラスで早く閉鎖すべきだったのですが、
歴代経営陣が先送りしてきたのです。(跡地を売って復興資金に充てる)
■派遣雇用・ドイツ
企業は直接雇用するという傾向が強いが(期限付き契約で直接雇用)、
08年末「操業短縮手当」の給付を決める。
もともと失業保険を財源とする季節変動の激しい建築業などのための制度。
これを派遣会社など他業種にも適用した。
派遣労働者は派遣先がなくなっても当面、派遣会社からの解雇は免れ、所得がなくなることもない。
企業はまず、有給休暇の前倒し、労働時間の短縮などで働き方を調整。
労使とも苦しいが、解雇が抑えられることで消費の落ち込みや
社会不安が最小限に抑えられ、景気回復につなげやすい。(吉田恵子・ドイツ在住ジャーナリスト)
■雇用・人件費
人件費はコストであると同時に、成長への投資でもある。
■雇用と共産党
景気のいいときはアクティビスト株主、いまは組合(労働者)と共産党。
「自動車産業はは2万人近い人員削減を進めているが、
業界内部留保の0.2%取り崩すだけで雇用を維持できる」(共産党)。
自動車業界の内部留保は=29兆円、といってもそれだけのキャッシュが
埋蔵金のように積みあがっているわけではない。
資金繰り、設備投資、配当・・・。企業の目的は付加価値を生み出すこと。
■減税「レーガノミクス」と金融政策
私は院内総務としてレーガン政権を懸命に支えた。
一番の難問は大幅減税を柱とするレーガンの経済政策、いわゆるレーガノミクスの推進だった。
当時のホワイトハウスにとって、インフレ対策として高金利政策を維持する
連邦準備理事会(FRB)、特にポール・ボルカーFRB議長は
目の上のコブのような存在だった。
82年夏、ようやく高金利政策を緩和する。
(ハワード・ベーカー「私の履歴書」09,1/20)
※政治家は経済がわかっていない典型だな。
■雇用・スタッフサービス社長
人材派遣大手スタッフサービス社長
「製造業、事務職を合わせて全国を見ると、九州、沖縄の派遣雇用は底堅い。
観光・サービスなど人の移動に伴う需要を含め、アジア方面とのつながりが大きい地域だ。
世界と国内を結ぶ軸の向きによって、微妙な地域差が出ている」
「バブル崩壊、三つの過剰を経て日本企業は仕事の中身を吟味、
アウトソーシング(業務の外部委託)や派遣人材を活用するようになった。
派遣労働者の増加と生産性の向上は、表裏一体の関係にある」
「製造業の求人が急減、一方、飲食、販売、介護などのサービス業では人手不足だ。
雇用のミスマッチに対して、求職者を振り向け、
職種の転換に必要な技能教育がいままで以上に重要になっている」
「ワークシェアリングに関しては、意思決定などのコア業務を担う正社員と、
標準化された作業を担当する派遣社員では、仕事の中身と責任が異なる。
一律論で制度を作っても、実際には難しいだろう」
■雇用と農業
あぶれたから農業へ、というわけにはいかない。
大規模農地など構造改革が必要だ。職能が身につかない仕事もだめだ。
■生活保護世帯の急増と雇用悪化と低所得単身高齢者
今年度は月平均=120万世帯に迫る勢い。
1992年度=58万6000世帯の=2倍の水準。
低所得の単身高齢者の急増。雇用悪化の追い打ち。
09年度予算で前年度比=4.7%増の=2兆585億円を計上。
■米国歴代大統領と景気対策
★F・ルーズベルトと「ニューディール政策」
4人に一人という失業の大恐慌の最中、
1933,3/4日、フランクリン・デラ・ルーズベルト
「我々が恐れるべきはただ一つ、恐れそのものだ」と演説。
ニューディール政策を具体化する15本の立法を次々に議会に求めた。語り草の「最初の百日」。
しかし、クルーグマン教授はコラムで、公共事業の大盤振る舞いと思われがちだが、
実は財政拡大を徹底しなかった。景気が上向くと歳出削減や増税で
37-38年の不況を招き、失業率は二ケタにもどった。
経済を救ったのは第二次大戦(の財政拡大)だった。
★ケネディと「ニューエコノミクス」
1961年に就任した民主党のジョン・ケネディ大統領は
「ニューエコノミクス」と呼ばれたケインズ派の学者をブレーンにした。
60年代のアメリカは成長率が高まった。
★ジョンソン大統領と「福祉と戦争」
凶弾に倒れたケネディーの後任リンドン・ジョンソン大統領は
「貧困との闘い」で福祉支出を増やす一方、ベトナム戦争に深入りした。
財政赤字とインフレが頭をもたげた。
★ニクソンと「ニクソンショック」
次の共和党のリチャード・ニクソン大統領は
71,1月に「私は今やケイジアン」と語っているが、
その年の8月、金とドルの交換性を断つ決定をした。
金が裏打ちするドルに、ほかの通貨が固定相場で結びつく「ブレトンウッズ体制」は崩れ、
やがて変動相場制になる。戦後の世界経済のパラダイムが変わった。
★カーター大統領と「デタント」と「スタグフレーション」
70年代の2度の石油危機で高インフレと高失業率が並ぶスタグフレーションに陥る。
財政赤字も膨らんだ。おもに財政政策にたよる伝統的なケインズ派の影響力は薄れ、
政府介入を排した自由な市場の効用を説く新しい古典派経済学が台頭してくる。
★レーガン大統領と「レーガノミクス」減税
ロナルド・レーガン大統領は、81年の就任演説で
「政府は問題解決にならない。政府こそが問題だ」と言い切り、
非国防予算の削減や規制緩和など「小さな政府」を目指した。
「税率引き下げで税収が増える」という特異の理論ははずれ、財政赤字は膨らんだが、
連邦準備理事会(FRB)の果敢な引き締めのおかげでインフレは収まった。
※ポール・ボルカーFRB議長さん
※79年からアフガニスタンへのソ連侵攻と米国
※軍拡→怪我の巧妙「冷戦終結」へ
★クリントン大統領と「強いドル政策」へ
1996年の一般教書演説で「大きな政府の時代は終わった」と宣言した
民主党のビル・クリントン大統領は経済面ではよい結果を残した。
冷戦の終了による国防費減や共和党優位の議会のけん制もあり、
二期目には財政黒字を達成している。
ロバート・ルービン財務長官が「強いドル政策」を打ち出した(1995年)。
※冷戦による米国だけのご褒美(日本はバブル崩壊対応、ドイツは東ドイツ合併で)
※強いドルで世界のマネーを引き寄せ、さらにターンテーブルで稼ぐ。
★ブッシュ大統領「市場の信奉者」
ブッシュ大統領は昨年末の保守系シンクタンクのシンポジウムで自嘲気味に漏らした。
「私はずっとゆるがぬ市場の信奉者だ。最近とった政策と矛盾するようだけどね」。
※「9・11」からの単独主義。
★オバマ大統領と「グリーンニューディール」
経済学は①固定相場制②自由な資本移動③独立した金融政策――のうち、
同時に成り立つのは二つだけだと教える。
変動性で自由な資本移動(グローバル化の大前提)と、金融政策の優位が実現した。
一方、財政政策は為替相場の動きにより効き目が減殺されるという。
オバマ氏は、公共投資や減税で2年間で=8000億㌦規模(70兆円強)の財政出動を表明している。
変動相場下での財政刺激への疑問も、主要国が一斉に踏み切れば話が変わる。
それは08,11月の「G20金融サミット」で確認した「新ワシントンコンセンサス」でもある。
主要国が一斉に財政赤字を膨らませると民間企業の資金調達を邪魔するという懸念も。
とりわけ基軸通貨国の米国の財政赤字膨張は、ドルの信認を揺るがすリスクもはらむ。
(ここまで土谷英夫・日経コラムニスト09,1/19日経)
■雇用・フィリピンなどの「出稼ぎ」送金
フィリピンやインドネシア、海外就労者の雇用悪化。送金伸び悩み、自国景気に影。
フィリピンでは人口の=1割にあたる=900万人ほどが
米欧や中東などで看護師やメード、船員などとして働く。
海外からの送金額は国内総生産(GDP)の=約1割を占め寝床区経済の柱の一つ。
各国、雇用先確保に躍起。