09,1/9(金)すごい雨
白黒のアーカイブこそものさはに記憶に響く雨のシャコンヌ
「バッハのシャコンヌ」NHKクラッシック・アーカイブス。外は雨。
今日は六本木で高校の仲間が集まってゐる。
鍵盤の上に魚がをどり居る春来るまへの白魚の指
清冽なアレグロ・ヴィヴァーチェ二楽章などて世界に戦やはある
20世紀最後のカリスマ、Carios Cleiber 指揮、ベートーヴェンの「交響曲第七番」。
ナポレオン戦争の後かと思う。カントが出て、ヘーゲルが出て、フィヒテが出て、
近代の心性が育まれた時代であろう。
二楽章は嬰児のやうに瑞々しく、疑念がなく、伸びやかで、
人生と人間の歴史の将来への希望に寄り添ってゐるかのやうだ。
パレスチィナ・ガザでの戦いは続く。ウクライナのガスは止まったままだ。
ブルガリアのスズキの工場がストップした。インドのミタル製鉄所もだ。
09,1/10(土)晴れ
かみさんの実家・南アルプス市へ
遊びたき犬も泣き出す賀正月
私の財のあとしざりして松の内
みんな不景気で縮む一方だ。
寒月や大安売りも間に合はづ
「カインズ」「バリユー」、本屋の「よみよみ」も。駐車場からは丸々としたお月様が見える。
バリューの鮮魚売り場の大量のお魚さんはどうなっちまうんだ。
この時間で(夕方5時半)お客さんがぱらぱらだ。
八ツに雪雲かゝりけり大盆地八ツは八ヶ岳。
剪定の話半ばに小正月
古里は框に座はす暗香梅
玄関の框にある梅の盆栽。すでにいい匂いである。
数の子を朝から浸けて子は来たり
ちょうどいい塩梅。ば様の愛情。
火の用心声さへ見えず鐘の音
火の用心しばし炬燵で耳の冷へ
信州は林檎に正直ありにけり
寒柝たくの闇に消へけり火の用心
しんしんと冷えてくる。
「ことずら」とようやくにして寒の入り
「ずら」はここいらあたりの山梨訛り。
古里は恋と雇用と出奔と
古里は様々な噂で満ち満ちてゐる。
嫁がせてやがて首吊る丹前は夫のものなり人の口の端
わが国最初の詞華集アンソロジー「万葉集」全20巻は若菜摘みの歌から始まる。
籠こもよ み籠持ち 掘串ふぐしもよ み堀串持ち
この岳をかに 菜摘ます兒こ
家聞かな 告のらさね
そらみつ 大和の國は おしなべて われこそ居をれ
しきなべて われこそ座ませ
われにこそは 告らめ 家をも名をも
詞書ことばがきによれば
「泊瀬はつせの朝倉あさくらの宮に天あめの下知らしめしし天皇すめらみことの代御世」
すなわち皇統譜によれば人皇第一代に数えられる雄略天皇の御製歌おおみうたとなっている。
しかし、おそらくは大和国を支配する神の、自らの妻となるべき処女なる巫女に
呼びかける愛の歌が、伝説上の大王の歌に付託されたもの、と思われる。
春の初めに萌え出る若菜を摘んで神前に献げ、献げた若菜を神前から下して食べることは、
その年の若々しい生命を文字通り神々から戴くこと。
その若菜を摘むことはまだ男を知らない処女たちの為事しごとだったのだろう。
「万葉集」巻第一巻頭第一首から何百年もたった
延喜5(905)年に撰進せんしんされた「古今和歌集」巻第一春歌上に並ぶ
「読人よみびとしらず」(詠人不知)の若菜摘みの歌には、まだその気分が残っている。
み山にはまつの雪だにきえなくに 宮こはのべのわかなつみけり
春日野かすがののとぶひののもりいでてみよ 今いくかありてわかなつみてん
梓弓おして春雨けふふりぬ あすさへふらば若菜つみてむ
正月七日、七に因んで七種ななくさの若菜を羹あつものにして食べる風習は
平安朝初期に始まり、公家社会に拡まったらしい。
「枕草子」百三十段に
七日の日の若菜を、六日、人の持て来、さわぎとり散らかしなどするに・・・
鎌倉末期の「河海かかい抄」では、
セリ、薺、すずな、スズシロ、ホトケノザ、ゴギョウ、ハコベラ。
(高橋睦朗09,1/10朝日)