09,1/5(月)晴れ

はま矢持て道行く人や淑気たり二丁目の交差点を横切る。


橙の色あたゝかき家あらむ

回青橙とも云う。春になるとまた青くなる。「代々」となるわけだ。


はんなりと餅花ゆかし襟白粉

京都ではお大尽の家とか商家などに飾られる。

屋内喜は柳でそうした事柄が室礼しつらいとして定着した。


御火、神火、無病息災けら参り

「をけら参り」である。めでたい火「をけら火」を持ち帰り、それで餅をたいて頂く。


蝋梅や空の青さにうろうろす

蝋のやうなまっ黄色な花びら、空は真青だ。いいかほりに誘われてついうろうろと。


三条の橋を越えたる御慶かな(森川許六)


09,1/6(火)晴れ

干し芋を欲しいもと云ふ妻の謂い

常陸中市で、1週間の間天日に干す。家族労働(主に夫婦)と近隣の間の雇用関係。


モツにして脱腸といふ春萌す

今年は脱腸の手術。鼠径部という漢字が書けるやうになった。


踵から冷へゆく夜や冴え返る

小宮山さん。一般参賀、2回も。今夜は寒い。


09,1/7(水)晴れ

白粥や菘すずな、蘿蔔すずしろ、搗きかてゝ

ヴェランダの大根を収穫する。葉の青々と。貝割れからの育ち。驚きである。

けふは七草粥。妻はスーパーでセリを買ってくる。

「七草なずな 唐土の鳥と 日本の鳥が 渡らぬ前に――」

昔おふくろが唄ってくれたやうな・・・。


水仙の厠に立てる寒さかな二丁目店のトイレの活け花。


平潟に鮟鱇吊るす肝風に

茨城県平潟港。鮟鱇の吊るし切り


ふく函に泳げる春のナズナかな

河豚は函になって泳いでいた。

今日は七草。平潟の入江にはカマメが翔んでゐる。松の緑がきれいだ。


どぶ汁や七つ道具といふ易さ

ここいらでは船上で鮟鱇のどぶ汁。もちろん捨てるとこなし、である。


小寒や七草粥の浅みどり

小寒は1/5日から。春は必ず来る !!


ままならぬことのなぬ日や七草の姫なることもポニョのまゝなり

なかなか自分の構造改革は進まない。小寒は5日、はや七草。


お隣「千代通信」、お酒の(ガ)義(ギ)愚(グ)下(ゲ)(ゴ)

(ガ)の酒で我を通し、義(ギ)の酒に泣き、愚(グ)の酒で反省し、下(ゲ)の酒で罵られ、

(ゴ)の酒で後悔します。趣味の暴露に怯えながらも、何度もコレを繰り返すのは、

やはり、男として、我義愚下後の音が好きなのかも知れません。

一方、母音のアイウエオは、声帯のみで出せる音で、

サブリミナル・インプレッション(意識下の印象)もシンプルだそうです。

因みに「義」の母音の「イ」の音は、意識対象にまっすぐ進むそうです。

「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」の著者、黒川伊保子氏に拠れば、

人間は音声を発する時に、声帯以外の部位も同時に動かし、

その動きと連動した幼児体験や生理現象により、

サブリミナル・インプレッション(意識下の印象)が構築されるそうです。

因みにガギグゲゴは、口内部位の動かし方が膨張+放出+振動に対応し、

男性生理の根本にある、エロ系サブリミナル・インプレッションに繋がるそうです。

男性はなぜ「イった後で痙攣(振動)するか」なんだそうです。


宮沢賢治「農民芸術概論綱要」(WEB天海さんより)

正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。

しかもわれらは各々感じ 各別各異に生きてゐる。

まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう。

詩人は苦痛をも享楽する。永久の未完成これ完成である 。

理解を了へばわれらは斯る論をも棄つる。

畢竟ここには宮沢賢治一九二六年のその考があるのみである。