「これからの日本」NHK(続き)



岡本行夫/危ない発想だ。世界がやっているのに「乗り遅れる」と云う発想が垣間見られる。

確かにタリバンは降って湧いたわけではない。米国の国益なのか。

本当に日本の「フリーライド」なのか。少なくともソマリアの問題は警察治安の問題で、

政治的安全保障の問題とは違う気はするするが。

アフガンのみならず、「アメリカは嫌われているのだ」

「アメリカとその文明が嫌われているのだ」。

共に行動をするならば、当然細心の注意が必要になる。



安全保障に関しては、ブラジル・アマゾンの “マヌーの森”。

蔓植物が自分の幹に巻き付くのを防ぐために、みずから自分の皮を脱ぎ捨てる。

とか、自分の幹に蟻を住まわせることで、幹に寄ってて来る害虫を防いでもらったり、

また蟻酸などによって周囲の植生を抑えてもらったりしている。

植物の世界には、こればかりではなくおよそ考えられないくらいの

安全保障の進化が見られる。しかも、安全保障に関しては、植物の世界ばかりでなく、

動物の世界でも複雑怪奇に入り乱れ、成り立っているのである。



安全保障に関しては、米国の〓60数兆円の規模に上がる軍事予算から考えてみよう。

1274年ハプスブルク家が神聖ローマ帝国の皇帝になった。

もとより軍事より強大なマネーのお蔭と言わざるを得ない。

中国の軍事予算(〓もはや13兆円)の伸張率も鑑みながら、

日本は独自の安全保障の領域に踏み込んでいかなければならない。

行夫さんの考えには「万が一日本が攻められたら、アメリカの核の傘無しでは──」

と云う発想があり過ぎる。歴史の進化を見よ。時代遅れだ。

1648年「ウェストファリア条約」→内政不干渉。スイスの独立と「永世中立国」。

1902年「日英同盟」と日露戦争。

1921年「ワシントン条約」と米国の圧力で日英同盟廃棄に。植民地主義の否定と「国際連盟」創設。

1930年「ロンドン条約」

1933年 日本<国際連盟>脱退。

1939,8月<モロトフ・リッベントロップ秘密議定書>

1940,9月「日独伊三国同盟」

1945,2月「ヤルタ協定」/ソ連参戦と、戦後の政治的世界支配協定。→冷戦へ。

1951年「サンフランシスコ条約」と日本の独立。同時に「安保条約」(片務条約)も。

1952年 ダレスが来る。吉田首相は苦笑い。「軍事化を要請に来た」

1955年「バンドン会議」アジアの独立と政治的不干渉。

1956年「日ソ国交回復」

1960年「日米安保条約改定」/片務条約から相互防衛条約へ。

1964年 中国原爆実験成功

1965年「日韓基本条約」調印

1967年「ASIAN」創設

1968年? ジョンソン大統領の「日本ただ乗り論」

1970年「ニクソンショック」<スミソニアン合意>日本に無理無理、水田蔵相。

1971年 キッシンジャー、日本の頭上を越えて中国へ接近。

繊維交渉

1972年「日中国交正常化」

1978年「日中友好平和条約」

1985年 「プラザ合意」日本に円高カードを切るように。

半導体交渉

1990年 冷戦終結

1994年<ナショナルミニマム>主に米国の圧力

日米自動車交渉

1997年末「ASEAN+3」のマレーシアのマハティール首相が提案。

1997年「京都議定書」

1999年 EU創設/同一為替。

2001,9,11「9.11」事件

2001,12月 中国のWTO加盟

2001年「ドーハー・ラウンド」



八代さん/バランス感覚。

「公教育がフリーなのに格差が生じるのは改革がないからだ」。

社会保障に対する公正で繊細な意見。

世界の、特に先進国で若者も含めてみな内向き志向なのは、

グローバルに対しての先の見えない不安感、不確実、

ないしは直接的に自分の雇用や所得が犯されることによる、

さらに政府レベルでの保護主義の台頭によってであろう。

選択の多様性と、自国の文化の重要性。



勝間♀の方/気鋭。言っていることは正しいが、もっと重厚に納得させるように。

「教育、教育、教育」「老人より子供に予算を」も分かりやすい。

たとえば私なら「戦艦大和なのですか。それともゼロ戦なのですか」と問いたい。

道路も含めて、日本の予算配分には様々な領域でその配慮が決定的に欠けている。

他の方の意見は、失礼ながらまさに“情緒的”だなぁ。