08,10/31(金)
イナダ イナダ買うてさあ故郷にぶら下げて
ワラサ、イナダ、ハマチ…。妻の故郷は甲斐の国。昔から海から離れている。
『大和古寺風物誌』
「仏像に対していると、彼は自らは語らず、私にのみ多くを語らせようとする」『大和古寺風物誌』ー亀井自身の内なる思念や欲望が饒舌に語られているにすぎない。無意識の投影として、仏像が語りかけてくるかのような幻想が生まれる。呟きの幻想である。しかし、亀井はときとして鋭利な現実批判をするのである。「乞い願う」…次第に観光地化されていく奈良に、聖地としての再生を、自ら伝統主義者ゆえに、「神と仏の博物館」巡りへと堕ちてゆく未来を予見しつつ、それを拒んだ。法隆寺に対して、「自己の伝統にうぬぼれて、何事にも勿体をつけようとするあさましい寺になっている」といった、激しい批判も辞さなかった。旧制高校的伝統主義、いわゆる趣味的な陶酔、深刻そうな観念主義、思わせぶりなポーズなどである。同じころ古寺巡りをしている岡本太郎など、「法隆寺は焼けてけっこう」とまで言い放っている。赤坂憲雄・民俗学者08,10/30日経
オペラ
オペラの本質は官能。オペラは演歌の世界。官能の海におぼれることができる。「とんでもない法外、ムダがいっぱいの祝祭、あられもない興奮、嘘っぱちだらけ」という音楽評論家、許光俊氏の言葉は名言です。(三枝成彰しげあき・作曲家08,10/30日経)
08,11/2(日)晴れ
百目柿結跏趺坐せる大悟かな
かうもり草抜ゐて畑を手仕舞ひぬ
手仕舞ったあとの畠の上に広がる空は気持ちよく晴れ渡っていた。
イモ虫は掘り起こされて角立てゝ苦土は苦土なりかはひさうだよ
蛙さんは助かった。でも角の生えた芋虫さんは踏まれて死んでしまった。
ば様は、その虫は悪いことをするからだ、と云ふ。
木枯らしや歯と耳と脚かへしゆく
かみさんのば様の目があやしくなった。
ば様は見たものが「ひっかしがる」と云った。
ここいらあたりと信州北のほうでは「かしがる」を
「ひっかしがる」と云う。傾くことである。
木枯らしや土間に連れ来る葉一枚
庭にも大量に葉が舞い込んで来た。ば様は朝一番で苦万ざれ。
柿紅葉みれば見るほど葉一枚
をのをのの勘違やら秋の施肥日和よけれははてそゝっかし
施肥は早すぎてもいけない。葉がまだ落ちきらないうちに施肥すると、
木は勘違いして、また成長しようと頑張ってしまうからだ。
けふこそは大根の日の辛さかな
施肥して、満遍なくかき回す。肥料がよく土に馴染むようにすることと、
根の酸素不足の解消である。土の表面があまり固すぎると根は酸欠を起こす。
農は、ほんたうにうまくできてゐる。手当が涵養となる。





