08,10/24(金)時雨れ聞く

 

捩り草   身もふたもあられもなくて捩り草不図思う。

 あられもなく捩れてゐる。なぜだ。花はピンクできりきりと空に向かって捩れながら可憐に咲いてゐる。

分子の統合の表象としてあらゆるものは現れる。ではなぜ、文字摺草は文字摺草なのか。

「カラスはカラス、鳶は鳶、なにか恥かし」と云って、貞心尼さんは良寛さんの手を引いて田圃の道を歩き行く。

微生物から人間まで、ありとあらゆる存在。それらのなかにとうとうと流れてゐる、みなそれぞれの分子の物語。

微分的ゆらぎ・・・。


 情報を解体するため、消化は行われる。例えばタンパク質。タンパク質はアミノ酸の連結による高分子で、アミノ酸は個々のアルファベット、タンパク質はそれによって書かれた文章にあたる。そしてすべての生物は、固有の文法と文体に従って構成された文章からなる一大物語といえる。食物とは、それが動物性のものであれ、植物性のものであれ、もともと生物体の一部であったものだ。そこには持ち主固有の情報が満載されている。この情報がいきなり、私の身体の内部にやってくると、わたしの身体固有の情報系と衝突、干渉、混乱が生じる。これを回避するため・消化酵素は、物語と文章を解体し、意味をもたない音素のレベルに還元する。そのアルファベットを吸収して、わたしたちは自分固有の物語を再構築する。実にこれが生きているということなのである。(福岡伸一・分子生物学者08,10/23日経)