2008年9月23日お彼岸

お彼岸   早々と子が逃げ出せる彼岸かな娘は新宿御苑に逃亡。

友達と会う。写真を撮る。今日はよく晴れた。秋天である。

エノコロ    エノコロや秋はいやいや夏いやいや

えのころ
エノコロは時に赤ちゃんのやうに少女のやうに「いやいや」と・・・。


ミツバチ   ミツバチのまた幾たびかスズメバチ

       恐ろしい安全保障、集団維持原則。みんなでスズメバチを包んで体温で圧殺。

彼岸花   糞袋田の上の彼岸花価値は己の外にある。価値は互いに交換される。

千枚田   千枚田風残しゆく黄金色輪島のある千枚田。日本海に面した絶景。

おむすび   おむすびもこんなでッかい田圃かな小学生らがお手伝いして。

刈り入れ  どの田にも笑顔がありて蜻蛉かな

地方の人はみんなどうしてこんないい顔をしてゐるんだらう。

曼珠沙華  カラカラとい花なら曼珠沙華唐十郎風に。


出光美術館へ―老人ばかりで妙に落ち着く。今回の出し物は「上村松園」「板谷波山」「平櫛田中」「富岡鉄斎」「小杉放庵」「仙崖」などである。陶器の板谷波山は見事だった。何だか知らないけれど芸術家というよりも物理の学者のやうな風貌。とくに一等迫力があったのは「白磁棕櫚葉彫文花瓶」。大きい、すがすがしい、不思議なすっきりと立ち上がった美しさだ。他にも忘れがたい一品がある。鸚鵡を配し宝相花唐草文をあしらった大きな円い壷だ。大正時代の作品とは思えないほど、いやあるいはこの時代だからこそ花開いたモダーンな明るさを印象付ける。小杉放庵は個人的に好きな作家。富岡鉄斎のやうな粘りっこい剛刀ではなく、おんなじ山水でもどこか繊細で懐かしい。夏ごとの妙高。孫を描いた「金時遊行」、あるいは独り山奥の「山中秋意」ではその万葉仮名で書かれた讃が風情を点す。ひらがなで解説に「谷のうへやゆくらゆくらにわたるなる雲よりのみと吾ひとりいる」とある。出口付近に作品「良寛和尚」が。良寛さんが子供たちと遊んでいる絵である。良寛さんも子供二人も絵の中で踊っている。その無心さが放庵その人であることが分かる。清雅は立ち居振る舞いにある。さてむろん、他にも素晴らしい作品が展示されていたが、おしまいに仙崖をひとつ。仙崖(1750-1837年)は、禅宗の坊さんである。似たお坊さんでは仙崖さんがお生まれになった頃亡くなった白隠禅師が有名だ。ともに仏画を得意というか茶飯事で、筆も達者、ご近所の御用達だったようである。信濃の正受和尚さんは厳しくも慈愛に満ちた白隠さんのお師匠さん。若い頃の白隠さんの傲慢の鼻をへし折ってくれたそうである。さてそれから越後の良寛さんへと、ともかく江戸時代の禅のお坊さんはどうもどの方をとっても妙にぶっち切りで天才肌の人が多かった。

 ちゃうど季節は秋。仙崖さんの秋の風雅を何点か。

一番有名というか知られているもののひとつに「○△□」

「秋月画賛」―目を推せハ二ツでて来る秋の月なんだか分かりやすい。

「菊画賛」―此の花を菊とハいへと耳もなし葉ハ有リとても食飲ハせす

      菊と「聴く」。

「菊画賛」―そしるなよ庭のあたりに菊の花

そんな仙崖さんも晩年にはほとほと人情に追い回はされるご自身に堪えきれずに、

「絶画碑画賛」―墨染の袖の湊に筆すてゝ書きにし愧をさらす浪風

1837年にはあの大塩平八郎のが起きている。

出光美術館からの外景 出光美術館からの夕景

天皇   すめらぎのまします宮の落暉かな夕食は水餃子、貝割れ寿司など。


2008年9月24日

ジャム    秋晴れて妻はぶだうのじゃむつくり携帯プレーヤーの調子が変だ。

雀       雀らの賑わひバジルの穂が揺れてベランダに来た来た。

花豆     豆しぼり手もみん赤い花咲けり茨城県大子町遺伝子操作で「花豆」。

コスモス   コスモスや子を肩車空高し子の背をこえるコスモスゆへに。

病       秋深し隣は深く病む人ゾ一軒隣の林田さん。65歳くらいのはずだかその杖を引く後姿は

完全な老婆だ。マンションの廊下をパジャマ姿で。「パーキンソン病よね、きっと」と妻。

能登の海   能登の海晴れてご褒美練習機輪島飛行場隣に航空学園。規律,座学,実地

「能登の海は本当にきれいで日本一だと思います」とにこやかに教官。

内閣      内閣はいもたこなんきん紙芝居第92代内閣総理大臣。

夕餉      南瓜と芋炊き合わせインゲンの青味飾りて食べる倖せ