2008年9月14日(会津) 会津駒ケ岳登山

4時15分、起床。わたしだけ風呂に。妻はお山の弁当つくり。ゆっくり朝食。納豆に御飯、しっかり頂く。

5;50マンション出発→小出インター着6;18銀山湖方面へ、湯之谷村を過ぎてシルバーライン6;28→長いトンネルに入る。いつも冷や冷やと感じるトンネルだ。水が壁面とか天上からじくじくと滲み出ている。寒々とした蛍光色のぽつんぽつん、ときにカーブにはびっくりするくらいのコーション・マークが点滅する。ヘッドライトが濡れた壁面照らし出し、ごつごつした壁面が乱反射する。およそ10㌔ほど行ったところで、右折、銀山湖に出る。右に懐かしい山女、岩魚の釣堀を見てすぐに左折、尾瀬、桧枝岐方面へ6;44銀山湖(奥只見湖)を常に左に見て湖岸沿いに北上するかたちとなる。右側はときに峨峨たる山が迫ってくる。山からあふれ出る水は滝となってところどころ道路を横断している。恋ノ岐橋で大きく左に回りこんで何台かの釣り人たちの駐車せる車を左右に見て山道を登り、またこれも粋な名前の恋ノ岐峠を越えて送電線の大きな鉄塔を右に見ながらさらにアップダウンのうねうね道は続くのである。やっと最期の船着場に出た。水位は大きく下がり、岸から対岸を望むと赤い土がむき出しになって、ボートにはこれから漕ぎ出すのか何人かの人が乗っているのが見えた。鷹巣部落へと漸くカーブ道から開放されて暫くゆったりした上りの直線道路へ。むろん道幅は狭い。痩せた土地が点々と山間に細々と、そして思い出したように家というか掘っ立て小屋のような建物が、あるいは重い雪に棄てられたかして傾いているような家もあるが、思いがけずそんな家の屋根から朝餉だらうか、薄く煙が立ち上りなんだか風情がある。何軒かの登山小屋をかねた山小屋風の建物も。右側に過ぎる清四郎小屋はいつも気になる小屋だ。尾瀬の三条の滝へと上る基点にもなっているようである。楢などの広葉樹林を左へ緩やかにカーブしたところで橋になり清流が流れ下っている。新潟と福島の県境である。ここいら辺りも釣りのポイントなんだらうか、道路の脇に何台かの車が駐車している。東京、神奈川、千葉、会津、ナンバーは様々である。カメラアングルにもよいのであろう、橋上にちょうど三脚を構えた人がいた。さて鷹巣から尾瀬御池に向かい、また道はカーブの連続となる。右側に双耳峰の燧ヶ岳が朝もやのなかにずんと見えてきた8;00


新潟・福島県境 燧ケ岳

→右左と下りカーブを連続すると右手に御池の大きいパーキングが目に入ってきた。今日も登山客で賑わっている。駐車場もいっぱいの様子。尾瀬は相変わらず人気がある8;10くらい→下りへ。モウカケの滝あたりは鋭い下りカーブが何回か、そして緩やかな直線道路になる。右側は清流である。キリマンテを過ぎて(モウカケとかキリマンテとか不思議な名前だ。アイヌの言葉なんだらうか)やがて桧枝岐温泉に入る。スピードを落として登山道入口の看板を探す。左、滝沢口入口へ。上り口左にすぐに公衆トイレが。右側に水音を聞きながらうっそうとした杉林を過ぎ、広葉樹のカーブ道を上って行く。やがて道路わきに何台もの駐車の列が。うまいこと道の先の方の駐車場に一台分が空いており、妻をその場に立たせて最初の駐車地点より車を移動、ほっとした。
さて身支度をととのえて登山である。駐車場より右にゆっくり上って行くとすぐに登山道入口。標識とその脇にまっすぐに木の階段がお山へと。

登山口
8;30、登山道へ。

登り口は少々きつい感じである。湿った登山路がジグザグと続くがぬかるみほどではなく、比較的上りやすいといえやうか。広葉樹林。すぐにミズナラの大木が目立つようになる。花はないが、秋のキリンソウがぽちぽちと木の下道を明るくしている。



麒麟草登ってすぐに ミズナラの大木

8;53「図根点見出標」。何故かブナの幹に少し埋もれるように(長い年月のうちにすっかり幹の肌に取り込まれつつあるのだ !!)赤い識字のブリキの標識があり、その下に例の測量標識がある。みだりに移動したり毀損する者があれば罰せられますよと。黒板があり。「樹木を大切にしませう」と書いてある。木漏れ日が気持ちいい。唐松、ブナがそろそろか。「キリンソウなぜ秋なのか妻の謂い」。ほんとだねえ。



図根点 落書き

9;08(標識・4.1㌔ポイント)。老人夫婦とその娘さんであろうか(下山にふたたび会うが、聞いたら媼は73歳とか)3人を追い抜く。いつも追い抜かれることはあっても追い抜くなんて初めてのことである。「山路来て人追い越してアヴィエルト(スペイン語、開けたという意味)。青年が一人、つば広の帽子に眼がね。「下にいませんでしたか」。追い越した3人は家族であった。ブナの林に入った。見事な大木が、その木の根が、そしてなんだらうか、このお山のブナの幹にはたくさんな落書きが切り刻まれ延々と続くのである。相当古いものもあるやうで、幹高くもりあがって消えかかっているのもある。

9;15「落首されブナ滾滾と溢れたり」。泣いている。「下山するカウベルかろく鳴りひびき」。カップルが下山して行った。若い女の子は弾むように青年のあとを追いかけて。



落書きのぶな

9;20、なんとごぼう抜き。中年のおばさんたちが3人、最後尾におじさんが一人。4人のグループ。ゆっくりした歩調である。追い越して会話が林の中に聞こえる。「登山してときに少女の声となり」。見かけばかりじゃないね。ガマズミの赤い実が。まだ林は夏の名残が青々と。しかし、もう秋が点し始めているのだ。「山姥は赤い実食べた、青バッタ」。妻の足元の木の根を青い青いバッタが。「背景が青いとバッタも青くなるのよね。枯れ草色のところのは枯れ色に」と妻。

9;34「食べられて天辺欠けたか延齢草」。エンレイソウはお花の部分がなくなっている。



ぶなの根と妻 水場

9;42。水場。1分ほど下りたところにあるらしい。「帰りにね」と妻は言うがそんなわけがない !? 標識「3.2㌔ポイント」。ブナの林は続く。「秋来ぬとブナの林は冷えてきた」。ひんやり。ここいらあたりから栂の大木が目立つようになる。シラビソである。幹には相変わらず落書きが。しかし硬い幹だ。ブナほどではない。

妻との会話。過日の燧ヶ岳の身障者(一人の人は脚が不自由で、ズボンは泥だらけ、自分の脚を引きずるように)の二人連れの話を。頂上は絶対無理だよね。引き返したかしらね。あそこから下山するのも大変だわよね・・・。

10;02。わぉ、竜胆である。リンドウが初めて径の脇に。写真を撮りまくるがどうしてもこの花はいつもながら容易にピントを合わせてくれない。妻からはだいぶ遅れがちになる。シラビソの幹の間に峰が見えてきた。「リンドウに空たらし込む碧さかな」



リンドウ穂苅 切り株

10;16「切り株の休みを誘う秋の口」。妻の催促は先刻よりしきりである。腰掛けて水の補給。

10;25標識「2.2㌔ポイント」。さてここで突然「白ヤギさんからお手紙着いた、黒ヤギさんたら読まずに食べた。白ヤギさんのご用はなあに。黒ヤギさんはお手紙書いた・・・」のやりとりになる。ロンドは登山にいいんじゃない。このリズムで登ったら早くなるよね。「ロンドン橋」もいいんじゃない。としばらく。

10;44標識「1.7㌔ポイント」。頂上が見える。若者と話している妻の後姿をパチリ。「頂上はどこかしら」「・・・分かりません」。若者は栃木に在住。至仏も燧ヶ岳も登った。会津駒は3度目だという。しかし、頂上は? 「分からない」?? 「登山する一人のひとのガマズミだー」と韓国風に。「山まさにリンドウ揺らす秋の風」妻作。季重ねだがそんなことは気にしない。木道が始まった。



若者と妻 まつぼっくり

11;00「まつぼっくり」とは云わないか、大シラビソ(青森トドマツともいう)のぼっくりを妻が指差す。木道を下ってきた人がそれを説明してくれた。青黒いぼっくりが枝の先に数個かたまっている。もうシラビソの林も背丈は低く、その林の向こうに駒ケ岳の峰が緩やかに見える。


カップルともうすぐ頂上へ 何の花白い花

湿原、それから草原ののぼりになる。ツリガネニンジンの白いレースの花がところどころ。木道は右にやや傾くようにして山荘を目指す。

頂上小屋が 駒の池分岐

11;19「駒の大池」。休憩地である。左上に山荘が2軒、しゃれた感じに秋空に建ち、標識は右に頂上を目指す。ベンチ付きのテーブルが何台かあり、いくつかのグループが昼食の最中である。山の影と雲を映す池、めぐりめぐる人、覗き込むカップルとか。お池から秋が始まろうとする草原を峰のほうに横断しつつ、次第に左の方にせり登っていく。


分岐、食事 駒の池


駒の池遠景に妻が アザミ

木道は段々になり、左に薊が少し群落に。右はコバイケソウの枯れた群落があちこちに。突き抜けてなだらかになり、


頂上へしらびその林が
頂上への分岐 振り返ると山小屋が


石楠花

頂上

シラビソの低い林に入るとすぐに標識があり右上、頂上へとある。段々が続き胸突き八丁にきつくなる。左右は身長ぐらいの石楠花の群落が覆い、やがて頂上に出る11;40

11;40頂上。巨木のような頂上の標識が立ち、おばさんたちのグループが記念写真に忙しい。妻は写真撮りをお手伝い。一等三角地点があり、山上お山のスペクタクル図があり、しかし、頂上からの展望はあまりよくない。かまびすしいおばさんたちのグループからそそくさと右手へ。


頂上から中門岳へ 湿原1

藪林はすぐに途切れ眼下に広大な草原が見はるかされる。中門岳への木道が遠く遠く空へと続いている。右側は深く谷へと切れ落ちてまたせりあがり山となる。対山へと白樺が裸木のまま秋を飾る。まず下り、それからおほきな寛容な見たこともない動物の背中をさまよへるかのように深々と草原を歩み出すのだ。
何の花白い花 チングルマ模様にダンス

 草原は空の上にあった。浮きただよへるおほきな気持ちのよい草むらであった。湿原はあちらこちらに小さなあるいは程よい大きさの池塘をあつらへそれらは眼に極上の安らぎをあたへる。


馬の背2 湿原2
馬の背 湿原1

お花の季節は去り、ゆへに草原はしずかな威厳さえ感じさせるおほきなシルエットとなってぼくらを包んだ。花はない、とはいえよく見ると枯れ果てたチングルマのかげ、草むらのあいだあいだに小さき桔梗、名前のわからぬ穂の、白き、淡き、薄紅そして赤くゴマつぶのような実を結ぶ花もあった。すべて思い出のやうな花でそれだからこそ余計に立ち去りがたく、妻は木道のはるか彼方にたちまちその点景を映す。いまはわたしは急ぐことのない旅人のやうに胸にいっぱいの息を吸い込み、屈み、伸び、眼庇をし、考える詩人となる。起伏はなだらかにゆったりと伸び縮みしながら続く。行き交う人はそれほどおほくはない。湿原は右左に。ワタスゲの白い毛の風の形に残る群むらもあり。木道にまたリンドウの花咲くもあり。今日のうちで一番きれいなてふキリンソウも行く人帰る人を慰める。

12;20シラビソの低き林を過ぎると中門岳の標識のもとに出た。お池がひろがり、ベンチが三台しつらえてあった。










風が動く、立ち止まると少し寒いくらいに感じる。「高原に妻の布袋や秋の風」。妻が木道の先に立ち止まり、わたしの来るのを待っている。