蓼科山登山。

なにがなし、いやなにがなんでもよかったのです。このままぢゃあ六月が終わっちまう。梅雨晴れ間、それぢゃあ出掛けましょうと云ふことで、前日急遽蓼科山登山に。蓼科山は将軍平の小屋を過ぎてから上、ややこしいゴロタ石、岩が積み重なるやうに列を為し、さてかか様は大丈夫かと危惧したものの、少しけしかけて(笑)、勇を奮って出掛けたのでした。お天気は薄晴れ、登山入り口の鳥居辺りで12℃くらいと少し肌寒い。ケルンには去年の物故者の数だけ石を積んでなむなむ。天狗の露地からはジクザグのザレ場を妻の『はなさかじいさん』『カチカチ山』のものがたりを聴きながらいつのまにやら蓼科荘の小屋に到着です。

そこからはキビシイ転太石、岩の洗礼ですね。緊張が途切れないように三点確保で這い上がります。岩の合い間に懸命に咲いてゐるイワカガミの紅色の花が励ましになります。10時40分ころには頂上に到着してしまいました。あいにく北アルプス方面は雲がたなびいています。期待していた八ケ岳には雲海が立ち込め、辛うじて横岳、赤岳、阿弥陀、権現岳の黒いシルエットが垣間見える程度でした。

間もなく妻は74歳に、わたしは80歳に。このまま梅雨籠もりして何喰はぬ顔をした時の流れに押し切られて仕舞うのか、いやだから、なにがなし、なにがなんでもよかったのです。頂上の下、按配のよい岩のテラスにランチボックスを拡げ、大いにけふの快哉に乾杯したのでした。

八ケ岳山麓、原村、茅野、諏訪辺りからも縄文人が登って来たのでしょうね。天狗の仕業か、大山祇(おおやまつみ)の采配か、蓼科山の頂上は大きな楕円を描き、その天蓋の下ことごとくに岩や石がまるでロックガーデン、遠くに見える人の影はまるで豆粒の如く、そして歩く足元を覚束なくさせるのです。

蓼科神社の鳥居を潜り、八百万のこと、けふはとくに「6・23」(沖縄敗戦日)、二礼二泊手なむなむをしました。諏訪の御柱はこの山から伐り出されると云ふ。あゝ、ほんたうに神様ってきっといらっしゃるのですね。

 

倉石智證

 

 

 

梅雨に入る。

/カボチャの仔にお座布団だよ雨が来る

/なかなかに胡瓜の意地や曲がり癖

/畑にはスイカの仔らも賑わひぬ

/スイカの仔転ばり出でて気も漫ろ

/あゝついに天が破れて雨の日にスマホをいじり生欠伸する

/雨垂れやショパン奏でる軒伝ひ

/遅起きの年寄りの家梅雨籠もり

/肉詰めのピーマンいかが畑から

/跫(あしおと)で育つとも聞く夏野菜畝を見巡り挨拶をす

/紫陽花や父の日を父、病院に

心筋梗塞と脳梗塞と併発した兄は長野日赤で恢復途上。

娘はその父を見舞いに、写真では安堵の笑顔。

/茄子預金トマト貯金を畑にする

余りてあればそののまゝにする

/疎(をろ)抜くや蔓バッサリと振り向かず

蔓ものの類、南瓜、西瓜、胡瓜の子蔓、孫蔓を整枝する。

/ノドグロのけふのお薦め安からず

/名にし負ふオシロイバナの夕かてゝ

 

倉石智證

緑陰。

洗車。

整枝。

/蚊に喰はれまうす洗車や梅雨晴れ間

/でで虫の時刻を知らす虹立つや

/涼みおれば影に落ちくる夏落ち葉

/緑陰や涼一入のありがたさ

/緑陰や土鳩無心に鳴きい出す

/緑陰や木陰と云ふもくまんざれ

/朝採りの胡瓜曲がりしまゝもよし

/百姓に生(あ)れたの草と懇ろに

/索麺に添え物ありて涼新た

/茗荷茸スリバンドクの佛性ゑ

/蔓もので御座い整枝の夏模様

胡瓜も南瓜も西瓜も孫蔓まで繁茂し出した。

 

倉石智證