https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/gakkai/isc2010/201003/514327.html

 

今月の31日で早いもので6年経過になります。

 

僕の状態だと5年以内に再発が濃厚で長くは生きれないかもという事だったので

いつも覚悟はしています。

 

そして毎朝目が覚めることに感謝しています。

 

ですからこの5年間ぶっ飛ばして生きてきましたし、これからも精一杯生きていきます。

 

そう考えると時間がないです。やりたい事だらけです。

ぼくのやりたい事リスト(辛い時に書き溜めたもの)が全然消化できません。

 

家族もその事知ってかどうかわかりませんが(僕の症状は医師から直接聞いています)

 

長男結婚、今2人目がお腹に居ます。

長女は昨年結婚、子供はまだですが。

 

こんな父親だから相談も中々出来なかったと思うけどしっかり自立してくれてありがたい限り。

 

そんな中

 

嫁は相変わらずの鬼嫁っぷりで・・・

 

うちの父親(※1)は自分の事しか考えておらず、僕の病気の事知っているはずなのに日々事件を起こしてくれています。それに怒る妻。

 

イメージはケンシロウみたいになります。

 

毎日大変です。

 

出来れば

 

この父よりも長生きしなければという思いと

長女のところの子供見れれば僕の人生に悔いはないかな・・・

 

無理しないよう目的意識持って生きるようにしています。

あと残された人が困らないよう遺言も書きました。(数年ごとに更新は必要かな)

 

実は今年に入り調子悪い日が続いていたので

今更ですがセカンドオピニオンではないですけどいつもと違う病院に行って検査してきました。

 

軽度な梗塞が何か所かにあった。

早く気付いて良かったというべきか。

 

そして衝撃の新事実が!!

 

 

 医師:「この状態で血液をサラサラにする薬を飲んでいないと再発リスクが跳ね上がるよ」

 

との事・・・

 

 僕:「え?!・・・ですが、主治医が瘤を固めた所が溶け出すと流れて詰まるので・・・」

 

との説明したところ

 

 医師:「その医師若いんでしょ?この症例だと急性期以降は飲むのが良いとされています」

 

・・・と。

 

 僕:「確かに34歳くらいで、教授に聞きながら対応されてたから、変な安心感はありましたが・・・」

 

 医師:「この病気は延髄梗塞の中でも1~2%くらいしかない特殊な症例なので対処を知らない医師も多いんです」

 

確かにレアケースで生きてる事自体が稀とは言われてたが・・・

 

 医師:「希望されるなら継続してここで診ますか?」

 

 僕:「もちろん!」

 

 という事で、あっさり乗り換えてしまった尻軽な僕。

 

【血液をサラサラにする薬】

クロピドグレルが処方されました。

 

この薬は免疫力低下するのでこの時期に・・・というのはありますが(汗

 

※1)父親の家系は代々長寿、病気一つしたことなく、未だ現役。今年78歳かな。元気でありがたい限りなんですが元気過ぎて自己主張が強いからすぐ喧嘩になるという・・・。

 

今日も頭痛と吐き気、調子は最悪、体の痺れも半端ない。

痛みは強すぎて、半身表皮を剥がされたようなヒリヒリ通り越してズキズキ感覚。

体は重く動かしづらいのでしんどいです。

 

仕事も休んでおりますが、幸いテレワーク。。。

 

今日はゆっくり出来ることします。

 

スクラッチアートかな(・∀・)ニヤニヤ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かれこれ6年経過になりますが

 

倒れて救急車で運ばれて

病院で処置してもらっている時

 

目は見えず、言葉も出ず、体も動かず、ただ耳は聞こえてる状態でした。

その間にCT撮ったり、採血、点滴してくれたり、服を脱がせてくれたりしてくれてたようです。

 

廻りの看護師さん達も、僕の状態から気を失ってると思ったことでしょう。

医師達も反応ない僕を見て意識がないと思った事でしょう。

 

しかし、僕は何もできませんが耳は聞こえてました。

 

そして当時の後の主治医になった先生が慌てふためきながら電話で教授に指示を求めてたのも知ってます。

ステントをしたかったようですが教授に止められた事も。

 

それから意識がもうろうとした中での出来事

 

僕の足と、手を誰かが持っている

 

体が軽くなっていく感じがしていて、とても気持ちいい

次の瞬間

 

目下に自分が寝ていて、看護師さんが廻りを取り囲み処置してくれている

 

あれ???

 

僕の足、手を持ってる人は

 

僕の母親、父方の祖母、母方の祖父母だった。

 

みんな亡くなっている

 

でも自分は既に天井から自分を見てる、変な気分

 

そうこうしてると真っ白な世界が広がった

 

何もないところを、歩いても歩いても真っ白な世界

 

正にドラゴンボールでいう、「精神と時の部屋」そのもの

それから歩いて、歩いて、歩いて・・・

 

重力の部屋みたいに体が重くなったり

手や足が何かに引っ張られたり

 

必死で見えない何かと戦いながら

 

誰かが呼ぶ声が聞こえる方に向かいました

 

姿が見えたと思ったら・・・

僕の足と手を持ってた母達が笑ってました。

 

話しかけようと思ったら病室で目覚めました。

 

倒れてちょうど1か月後の事でした。

 

後でわかりましたが

 

妻や、子供達が僕の手足をマッサージしたり動かしたりしてくれてたり

呼びかけしてたようです。

 

それが意識のない僕の白い世界での戦いの見えない敵の正体でした。

 

意識がなくても語り掛けたり触ったりする事は決して無駄ではない

 

と僕は思いました。

 

亡くなってもしばらくその辺に居てみてるんでしょうね・・・

 

この経験をしたせいか、僕は人のオーラが見えるようになりました。

 

ドラゴンボールで言えば、スーパーサイヤ人になった時の黄色い光

 

元々霊感は強い方でしたが

 

色でその人の状態がわかるという・・・

 

変な能力が身に付きました、何の役にも立たないけど。

 

 

 

 

 

 

 

痛みの知識があっても「痛いものは痛い」しとは思いますが

僕がよく見る、よくまとめられてるサイトを紹介します。

でも未だ理解できませんし一生理解できそうにないです。

 

痛みまとめ

 

脳卒中性疼痛

 

<疼痛(視床痛)とは>

脳または脊髄に障害があり、末梢の侵害受容器(触覚、深部覚)からの入力がなくても、
あたかも受容器が強く刺激された時に生じるような激しい痛みを疼痛(視床痛)といいます。


視床の出血や梗塞後、時間をおいて3~4週間たつと以下のような変化が生じ視床痛(疼痛)が出てくる。(脳卒中患者の8~11%が発症)
 

脳梗塞後時間がたって浮腫が改善してくると、運動麻痺が改善してくるとともに、頑痛系が脱抑制により、自発痛、ジンジン、ビリビリが発生してくる。

病態生理学的には、体性感覚系では、「痒み」は「軽い痛み」と理解されている。つまり刺激が強ければ「痛い」、刺激が軽ければ「かゆい」、弱ければ「心地よい」となる。

シビレなどの感覚障害を見るときには、温・痛覚(表在感覚)の障害か、触覚・深部感覚の障害か? 両側性か片側性か? 左右対称性か、非対称性か? を診る。
感覚障害の様々なパターンを下に示す。

 

 

まとめるなら、複雑怪奇極まりないという事です。

麻酔医とかだとこの辺の知識が元になったりするのかなと思います。

奥が深いですね。

 

体って神秘です。

 

ちなみに臓器なんかは外的な痛みを感じない部分もあります。ですから切っても焼いても痛くない。これは生物が何億年もかけて危険な事を体でわかるようにしてきた結果であって、痛いという事は生きている事なのかなと思っています。

それが必要でない痛みにしても。