まだまだ体力が不足していること
余震が続いていること
などなどを理由に
歩いて帰れるところ
つまり日帰りで楽しもうと計画していました。
4月26日火曜日
義理母から電話がありました。
おじ様が亡くなった、急だったと・・・・。
このおじ様は
義理母の妹の夫で
私たちの結婚式に 仲人 をしてくださった方なのです。
とても穏やかな人でした。
昨年末に胸水が貯まった状態で 肺がん が、発覚
夏ごろから
歩行時に息切れしていたけれど、歳のせいと
本人が思い込んでいたそうです。
夫婦で トルコへ旅行したり
一見元気だったそうです。
レントゲン上
原発巣はわからず
肺に点々としたものが、多数あったそうです。
煙草も吸っていませんでした。
本人の希望で
在宅での療養をしていました。
酸素はもちろん
息苦しさのために、塩モヒでコントロールしていたそうです。
本人は
死を受け入れ
お葬式のことや連絡してほしい人など
まとめていたそうです。
新幹線に乗って
お別れとお礼と
行ってきました。
2人の子供(=主人のいとこ)とそれぞれの家族と
年賀状でのお付き合いでしたが
今回、初めてお会いできました。
それぞれに子供がおり
幸せそうでした。
私の体力を考慮し
2泊3日で行き
お通夜は主人と義理母
私はホテルでゴロゴロしていました。
告別式の日は朝から火葬場までそのあとの49日法要も一緒に
なんとか出席できました。
3日目の朝
義理母を最寄りの空港まで見送り
私たちは新幹線で帰宅しました。
仲人を快く引き受けてくださり
とても感謝していたのですが
恩返しができていませんでした。
おじ様は
男性の平均寿命くらいだったのですが
ピアノ や 絵画 や 登山・・・・
たくさんの趣味があり
お孫さんも
小学生と 1歳半 とまだまだ幼く
もっと生きたかったのだろうなあと思います。
義理母を空港で見送った後
どっと疲労感を感じ
新幹線に乗ったとたん、眠っていました。
今日で1週間すぎましたが
まだまだ疲れており
昨日は、昼食後~19時に起こされるまで寝ていました。
昨年の今頃からすると
体力も体重も食べる量も(≡^∇^≡)増えましたが
この疲労感と上手く付き合っていくしかないんだなあ
卵巣ホルモンが0なのだから(* ̄Oノ ̄*)
最近は
目標を立てなくなっていたことに気づきました。
だめですよね
こんなんじゃ~
2年目までは、慎重にって主治医に言われていました。
野菜も不足しています。
今年の夏は
計画停電もあるだろうし
今のうちに
体力をつけておかなくですね
